記録情報No.7


「来てくれたか、〈×××××〉」



 一体、それはいつだったのか。


 誰にも、世界にも気づかれることなく、【虚言ファンゲン】の傍には、一人の女性が現れていた。


 整った顔立ちではあるものの、先程まで戦っていた少女や女性と比べれば、やはり少し見劣りする。それに、派手さのない私服とその上に身に付ける水色のエプロンが、余計に女性の華を潜めさせていた。



「やめてよ、私はしがない保育士だよ? その名前で私を呼ぶの、【虚言ファンゲン】だけじゃない。ま、そもそも、私を知ってるのだって貴方と貴方の弟チェンシャンに、【魔王タイフェル】、【混沌カオス】、それに今は亡き【冥王マイユーン】ぐらいのものだけど」


「其方の前に【×××××】の言能を身に宿した言能者やつは、それはそれは有名だったがな」


「〈全て屠りし王ハルマゲドン〉、だっけ? まぁ、文字通りの最強だしねー。だって、私のこの力を、余さず振るうんでしょ? ほんと、まともに戦えたのって、今言った人達と、【不変カハラズ】に【コ―ロス】ぐらいじゃないの?」


「単体で戦えたのはな。単独じゃなければ、【失明シィニヨン】【失聴シィティン】兄弟を筆頭に、幾つかは台頭勢力がいたものだ。幾ら【×××××】が最凶最悪だろうと、いつの時代でも言能者は力を振り絞って必ずそれを潰してきた」


「じゃあ、今度は私が闇落ちしないように、ちゃんと見張っててね?」


「ようやく×××××〉などと呼ばれている【×××××】の言能者だ。言われるまでもない」



 少々昔話に興じ過ぎたと思ったか、その女性は、はっ、と息を吐いて話題を断ち切った。それから、周りに広がる惨状を見渡す。先程の【虚言ファンゲン】よろしく、その目には憐れみも悲しみも見て取れない。



「前回の襲撃はだったのにね。なんだか、どんどん増えていくね、


「今日はとうとう【忘却ヴィスムキ】が来た。あいつは自由奔放だから気にしなくてもいいかもしれんが、頻度だけでなく、襲撃する言能者の力もどんどん上がっていっている。防衛軍の死者も百だの二百だのなら優しいぐらいだ。誰かが襲撃を手引きしてると考えた方が、自然だろうな」


「しかも、下手したら、私の言能をすり抜けて、ね」


「そうだ。それも、其方に気付かれずだ。相当強力な言能の持ち主だろう。〈違言〉の可能性もある」


「私がいくら探しても、見つからないからね~…。私にだけピンポイントで言能を叶えてるのかも」


「あり得るな。だが、目的が見えない。こんな無駄なことをする理由が……」


「まぁ、警戒して、探索する以外に出来ることないでしょ。変に悩まない方が良いよ」


「…そうか。其方が言うなら、そうなのかもな」


「ちょっとー、そんな大層なことじゃないって!」



 その女性は、ふふっと優しい笑顔を、とても当たり前に浮かべた。子供が見れば泣いて逃げそうな【虚言ファンゲン】の厳つい顔にも、つられて笑みが浮かぶ。


 それから女性は左手を右肩に当てながらぐるぐると右手を回すと、両手で頬を叩いて気合を入れた。



「よっしゃ! じゃあ、始めよっか」


「よろしく頼む」


「任せて~。流石にこんな作業、【虚言ファンゲン】にだって任せられないから。大変だしね」


「不甲斐ないな」


「いーのいーの! 私が表舞台に出ないように色々図ってもらってるのに比べたら、こんなの小っちゃいお返しだよ」



 今度はにっこりと、無邪気で明るい笑顔で、その女性は言う。



「たかだかのなんてね!」



 女性の明るい声が、乾いた風の駆け抜ける大通りに響き渡った。


 そして彼女は、言能ねがいを叶える。



「【××××××××××××××××】」



 抉れたアスファルトに土が戻り、割れた窓に破片が戻り、大通りがみるみるうちに回復していく。それが終わりに差し掛かった時、女性は次の言能を叶えた。



「【××××××××××××××】」



 衝撃波で跡形もなく吹き飛ばされた草木が路上に生え始め、死に絶えていた人型族ヒューマノイドに血の気が戻る。よろよろと立ち上がった彼らは、大通りに立つ二つの人影に焦点を合わせようと努力する。だが、その努力が実るよりも早く、女性がまた次の言能を叶えた。



「【××××××××××××××××】」



 【忘却ヴィスムキ】が白濱城しらはまぎ大門ゲートに現れてから今までの時間が消去される。世界が光に包まれたのち、大通りから幾多もの軍人が消え、そこに再び喧騒が満ちた。人々の多くは、大通りの中央で奇妙な動作をしている二人を、気にも留めない。これだけでも充分だろうに、女性はさらに念を入れることを忘れなかった。



「【×××××××××××××××××××】」



 人々の記憶は無論、世界の記憶からも、この出来事を忘れさせる。これで、如何なる言能者も、この記憶を辿ることは出来ない。


 もう大通りには、その二人の姿さえもなかった。

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「言能」 〜全世界データベース オールパーパス・インターフェース〜 萩原稀有 @4-42_48

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