第19話 パパドの羽根

 東の町までほぼ十日。

 これはなかなか縮まらないな。葡萄酒運んでるから。

 乱暴なことしてビンが割れたら困る。

 ガラス製品貴重だから高いんだよね。

 なので無理しない。

 胸ポケットにパパドの羽根。折れたらもったいないから。

 いつどこでまたなにがあるかわからないから、持ってろって。

 羨んでもしょうがないけど、いいなあ、パパドは。

 生まれも育ちもよくて、ずば抜けて頭がよくて、

 不可能っていわれてた、捕虜交換条約をまとめる実務能力もある。

 なのにどうして、北の農村の守護なんてやってるんだろ。

 陛下にも可愛がられてるのに。

 力のある者は弱い者を守れって言うのに、自分はなにをしてるんだ。

 パパドにはパパドの都合があるんだろうけど。

 もしかして、めっちゃ弱いとか。

 完全に頭脳派で、バトルはあんまり強くない?

 引きこもりだもんな、肉体労働には向かなそう。

 いや、でもそうしたら帝都で管理職やればいいんだよな。

 出自がよくて賢者なんだから、トップクラスの官僚とかなれそう。

 机の前に座って、書類にサインしてるパパド——なんか変だな。

 やっぱり、おれにとってのパパドはフクロウだ。吸血フクロウ。

 パタパタ飛んで荷車引いて、予定通り十日で着きました、東の町。

 堕天者生活も一年あまり。立派に飛べるようになりました、うん。

 酒屋さんのおかみさんともすっかり顔なじみ。

「ご飯食べて行くかーい?」と言われたけど、ちょっと用があるからあとでいただきますって言って、肉屋を探した。

 なにしろ牛四分の一だからな、予約しておいた方がよさそう。

 町の中を歩いてたら、なんか雑貨屋みたいな感じの店があって、店頭に見覚えがあるような物体。

 魔界の文字に弱いのでPOP読めないんだけど……『パパド』だけはわかる。

 銀色の、羽根の形をしたチャームが付いたペンダントとか、イヤリングとか、ブローチとか。

 そうか、これって『パパドの羽根』だ。

 銀色の羽根のペンもある。

 これ、染めてるな……。

 要するにあれだ、観光地のお土産屋で売ってるお守り的ななにか。

 すごいなパパド。こんなものまであるんだ。

 超エリートにして全国民的著名人。

 感心しつつ肉屋をみつけて肉を注文。酒屋に戻った。

「お帰り、お腹減っただろう。しっかり食べるんだよ」

 店の隣にあるテラスでご飯をいただく。

 美味しくて、ボリュームたっぷり。

 夜勤を終えた兵士さんたちはお酒飲んでる。

「ん? それは賢者の羽根ではないのか?」

 向かいで飲んでた兵士さんに声をかけられた。

「ええ」

「ずいぶんと手が込んだ細工だな。本物のようだ」

「本物ですよ。おれ、パパドの村に住んでて」

「本物なのか?!」

「パパドにもらったんです。旅の途中でなにかあったら使えって」

「すまんが少し触らせてくれんか」

「いいですよ、どうぞ」

 ポケットに差してた羽根を渡すと、兵士さんは嬉しそうに数回羽根をなでて、おれに返した。

「この羽根、なにか特別なんですか? 雑貨屋さんでもいろいろ見かけたけど」

 魔法石に替えられるのは知ってるけど。

「知らんのか?」

「すみません、世情に疎くて……」

「賢者の羽根に触れると知恵を授かるといわれる」

 あー、おまじないか。この石なでると願いが叶うとか系の。

 丸太とか羽根とか、ありがたがられてるんだな。

 生まれ育ち関係なく、自分の力だけで今のポジションにいる……。

 やっぱりすごいよ、パパド。

「手元に置けば深い知性を得る——と伝えられている」

 そうだったのか。おれはてっきり物々交換アイテムだとばかり。

 そして今までも「なにかあったらアイテムに替えよう」と思ってた。

 でも、それを持ち歩いてるおれは、特に賢くなったりしてない。

 やっぱり言い伝えは言い伝え、実際の効力はない。

 あれだね、合格祈願のお守り。

 お守り授かったからって合格できるわけじゃない。

 そこは本人の能力とか頑張りとかによるわけで。

「すまんが、おれにも触らせてくれ。賢者にあやかりたい」

「はい、どうぞ」

 道行く堕天使さんたちも集まってきて、銀の羽根、次々にみんなの手に。

 ——そして、なくなった——。

 人混みに紛れて、誰かが持ち去ったらしい。

 ありえねー、ほんとおれ、この町と相性悪いわ。

 槍の次は財布、次は食あたり、さらに捻挫、そして羽根。

 まあ、槍の時と違って、羽根持って行かれても困らないけど。

 いいや、またもらおう。

 しまいにパパド、ハゲるかな……。

「大丈夫か、あんな貴重なものを持ち去られて」

 兵士さんや周囲の人に心配されたけど、大丈夫。

「すまんな、おれが触らせてくれと言ったばかりに」

「いえ、本当に気にしないでください。ほんと、大丈夫ですから」

 そうだ、おれは羽根にこだわっている場合じゃない。ミッションを完遂せねばならないんだ。

 重要なのが海産物、いいものをゲットしないと。

 でも、とりあえずはひと休み。

 のんびりと市場を回って、情報収集もしたり。

 いや、とにかくいろいろある。

 今回はゆっくり見られる。槍盗られてないし財布もあるし腹も足も平気。

 あった、海産物の店。

 干物いろいろ売ってる。

 ほんとに人間界と大差ないんだなあ。

 干した貝柱うまそう。いいダシ出るよな。

 普通に一夜干しみたいなのもある。イカ? っぽいのとか。

 魚も。アジの開きみたいなのとか、大小いろんな種類。

 冷気箱持ってないし、さすがに生ものは無理だ。距離的に。

 開き干しとかが妥当かな。

 あー、煮干しみたいなのもある。いいダシ出るよな。食べても美味しい。

 そして、なにやら黒くてワシャワシャしたものが視界に。

 嘘っ、これ乾燥わかめ?! そんな感じ!?

 あっ、もしかして隣にあるのは昆布では!?

 羽根のことなんか頭から吹っ飛びました。

 おれの脳は今、まったく違う方にフル回転している。

 よし、買うものは決めた。

 宿屋の一階でお酒飲んでご飯食べて、ゆっくり休んだ。

 明日からハードワークだー。牛の塊なんか運んだことないよ。

 牛と、豚と、海産物。野菜は村でも作ってるから買わなくていい。

 どれも氷結魔術使えるひとがカッチカチに凍らせてくれるから、運搬は大丈夫。

 ぐっすり眠って、宿屋で朝ご飯食べて、酒屋さんに預かってもらってた荷車を取りに。

「お茶を飲んでお行き」と言われ、魔界の銘茶をいただく。うまい。

 周りでは夜勤明けの兵隊さんたちが飲んでる。たまり場。

「村に帰るのか?」

「ええ。近々収穫祭とかで、もう買い出し多くて大変」

「祭りか。それはいい。たまには大いに楽しんでゆっくり休むといい」

 なんて雑談をしてたら、おれの横に人影。

 四十才くらいに見える、ものすごく体格のいい堕天使。

 鍛え込まれた体、すごい。

「嘘つきめ! こんなもの賢者の羽根じゃない、呪いの羽根だ!」

 そういって、パパドの羽根をおれに突きつけた。

 こいつが持って行ったのか。

「うちの娘が熱を出して寝込んだ! どうしてくれる、大事な娘を!」

 ——泥棒に逆ギレされてます……。

 兵士さんたちが厳しい表情で乱入者を見てる。

 出方を見てる。

「呪いの羽根だと知っていたら、誰がこんなものを娘の頭につけるものか! お前らも騙されるな、触れた奴は呪われるぞ!」

 周囲、騒然。

「あの……ひとつ伺ってもいいですか……?」

 ギロッと睨まれて怖かったけど、ここは言うべきことは言わないと。

「なんで戻って来たんですか、効果がないなら捨ててもよかったじゃないですか」

「そっ、それは、羽根に触れた奴らにも知らせるためだ!」

「……泥棒が言うことなんて、誰も信じないんじゃないでしょうか……?」

 おれ、帝国に来て一年あまり。

 初めて見た、悪い奴。

 この国にあってさえ、こんな輩がいるとは……。

 腹が立つというより、むしろ新鮮。新たなる発見。

「ならうちに来ればいい! 熱を出した娘をみろ!」

「そもそも、なんで羽根盗んだんですか」

「娘を賢くするために決まっている! なのにこの羽根は偽物だった!」

「勉強しないと頭よくなりませんよ?」

「一日中勉強させている、将来官僚にするためだ! その大事な娘を、よくも……」

「娘さんは官僚目指してるんですか」

「官僚にするんだよ! 毎日魚より分けて暮らすより、帝都で職に就けた方が楽だし儲かるだろ! さあ、この始末どうつけるんだ!」

 ああ……パパド、おれほんと、初めて悪い堕天使見ちゃった。

 たぶんこの人は若い世代なんだ。

 魔族の歴史に実感持ってなくて、人間のように自己の利益を追求してる。

 それを悪いとは言わないけど、だったら自分が頑張ればいい。

 子供に背負わせたりしないで。

 それ、立派な『教育虐待』だよ。

 この国では、子供は国の宝って言われてる。

 戦争で死ぬ堕天使と生まれてくる子のバランスが崩れたら大変だから、子だくさんは大歓迎だし、ものすごく大事に育てられる。

 もし無理やり勉強させてるとしたら懲罰ものだ。

 おれもこんなの嫌……昔の自分見せられてるみたい。

 親の顔に泥を塗るな、って、二言目にはそれ。

 T大出て役所勤めを経てから秘書、そして……完全に敷かれたレール——。

「おれ、魔界来て一年になるけど、あんたみたいなの初めてだよ。呪いを知らせに来たなんて言って、ほんとはおれに因縁つけに来たんでしょ」

 おれを睨みつけて動かない漁師に、言った。

「その羽根は本物のパパドの羽根。でもあんたの心が歪んでたから、娘さんにとって呪いの羽根になってしまった——パパドに謝れ」

 右手を強く握った。

 現れし、雷の槍。

「おれの名にかけて、パパドの名誉は傷つけさせない」

 そっか……おれ、怒ってるんだ……。

 女の子が虐待されてるから。

 そしてパパドの羽根を侮辱されたから。

 この羽根は作り物じゃない、本当にパパドの体の一部。

 パパドがわざわざ抜いて、おれにくれたものなんだ。

 いい使われ方をされてるなら問題ないけど、虐待の道具んて冗談じゃない。

 本当は、槍を持って一般堕天使を威嚇するとか、嫌だ。

 だけどそれより、おれはパパドの尊厳を守りたい。

 死にそうなおれを助けてくれた。いろんなことを教えてくれた。

 そのパパドに対する誹謗は絶対許さない。

 たとえ脅迫罪で捕まっても。

 この槍を召し上げられたとしても。

 槍の英雄だ、と誰かが言った。

 帝国で知らない者はいないと思う、おれの二つ名。

「木の槍の英雄だ」

 本当はその呼ばれ方は嫌いだ。おれは英雄なんかじゃない。

 でも今は甘んじる。その呼ばれ方が必要だから。

 おれの言葉を裏打ちしてくれるから。

 漁師は呆然としてる。

「どなたか警官を連れてきてください。一度調べてもらったほうがいいです」

 兵士がふたり、男の後ろに立って退路を断った。

「ま、待ってくれ、強請ろうとしたわけじゃない。ただ、娘が寝込んだから、ひと言文句が言いたかったんだ」

「釈明は警官にどうぞ。おれにはなんの権限もないので」

 しばらくすると警官がふたり来て、男を連れて行った。

 おれは荷車を引いて村に向かった。

 気分がよくなかった。

 魔族は一枚岩だと、当たり前に信じてた。

 パパドやじいさんたちや村のみんながそうだったから、当たり前に受け入れてた。

 なのに人間界ですら逮捕されるようなレベルの堕天使もいた……。

 やっぱり軽くショックだった。

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