第20話 温泉に行こう

 家に帰ってそのことを話したら、サモサじいさんはすごく憤慨。

 ダルーばあさんは娘の心配をしてる。

「そういった不心得者は牢に繋げばよいのだ! 誇り高き堕天使の名を汚す愚か者が」

「娘さん、大丈夫かねえ? 勉強の無理強いなんて、辛いだろうにねえ」

 これが普通の堕天使の反応だよな。

「熱を出したなんて、よっぽど辛かったんだねえ」

「ギリギリ耐えてたのが、重圧加わって切れたのかも」

 深い知恵を授けるアイテムなんか持ってこられたら、おれ死んだかも。

 その子には賢者の羽根は重すぎたんだ。

 お土産を持ってパパドのところに行った。

「パパドの羽根って触ると知恵がつくんだって?」

「うむ、そのようにいわれておる」

「じゃあどうして賢くならないの、おれ」

「それは元々の頭の出来よ。そればかりは我でも如何ともしがたい」

「あーはいはい地頭が悪いんですね、すいませんね」

「よいではないか、お前は葡萄を選れるし戦いもできる」

 ……思いっきり肯定したな、パパド。情け容赦ない賢者。

 パパドは切り株の上で土産の干し肉をつついてて、なにか思い出したようにおれを見た。

「サエキ」

「なに?」

「温泉に行かぬか」

 お・ん・せ・ん?

 温泉!!

「行きたい! 絶対行きたい!」

 憂鬱な気分、吹っ飛びました。

「収穫祭が終わったら、我も二日ほど羽根を伸ばそうと思ってな」

「この近くに温泉なんかあったっけ? 聞いたことないけど」

「二十日ほど飛んだところにある」

「往復一か月半も休めるの、パパド?」

「森の先の丘に便利な者がおるではないか」

 そして。

 便利な者は、ぶーたれてる。

 そういえば帝都の近くのご主人に聞いたな。蛇は瞬間移動できるって。

 自分以外も跳ばせるのか。すごい。

「おれをただの移動手段だと思ってるんだな、あいつっ」

 草の上にあぐらかいて、サマエルふくれっ面。

「でもほら、パパドだって休みなしじゃん。たまには羽根伸ばさせてあげようよ」

「手で持って両側に引っ張れば?」

 そういう話じゃない。

「サエキも行きたいの? 温泉」

「そりゃもちろん」

 サマエル、目を閉じて首を傾げて、右手で金髪の頭掻いてる。

「……しょうがないな、してやるよ、送迎」

 やったね!

「魔力ガッツリ使うから、やなんだけどねー。お前とパパドの頼みならしょうがない」

「ありがと! お土産なにがいい?」

 サマエルは堕天の実しか食べないから、お土産難しい。

「そうだなあ……じゃ温泉の素」

 でも考えてみたら、肝心のおれが休めるかどうかわからない。

 帰って、サモサじいさんに話した。

「ふむ、パパドと温泉か」

「休まない方がいい?」

「いや、お前は不平も言わずによく働く。温泉くらい行ってこい」

 許可をもらえたのは、それは嬉しかったけど。

 それより、じいさんに認めてもらえてたのが嬉しかった。

 人間界でおれを認めてくれてたのは、太極拳の師範だけだったから。

 温泉楽しみ!

 でも先に収穫祭。

 村のみんな総出で二日前から準備した。

 おれも大鍋とか借りて、そりゃもう一生懸命。

 麦の粉分けてもらって塩水で練って練って練りまくり。

 親の仇くらい練りまくり。

 親が殺されても仇なんかとる気ないけど。

 で、昆布みたいなのと煮干しっぽいものでダシとって。

 あちこちでバイトしたからなー、突出して優れてるのはないけど、なんとなくできちゃうんだよな。

 醤油欲しかったなー、少しでいいから。

 今度似たのがないか探してみよう。どこかにありそう。

 それで当日、朝のうちに練った粉を伸して五ミリくらいの幅に切って。

 料理のテントがいくつも立って、祭りが始まる。

 普段は村に下りてこないパパドが来て、陛下の親書を読み上げた。


『我が愛しき国民、勤勉にして精励なる民たちよ。

 余はそなたらのたゆまぬ尽力によってこの国が支えられていることを誇りに思う。

 支えるそなたらを誇らしく思う。

 こたびの収穫祭、存分に楽しみ、互いを労い合うがよい。

 祭りに際し、ささやかだが余からの労いの品を納めてほしい。

 最後に、我が臣民たち、これからも互いに支え合い、己の職に誇りを持ち、精励してくれるよう願う』


「——以上、陛下より賜りしお言葉である」

 村民、感激でダダ泣き。おれまで泣いた。

 銀のスプーンが配られた。村の世帯分、一家に一本。

「銀は手入れを怠ると変色するのだ」とパパド。

 このスプーンをくすませないように、仕事も日々頑張れってことか。

 うん、頑張れそう。

 そしてお祭りスタート!

 おれ渾身の手打ちうどん、食ってくれー!

 これが受けた。ほんとに受けた。

 こんなうまい汁や食感の食べ物は初めてだって、みんな大騒ぎ。

 気合入れて練った粉を茹でて、昆布のようなものと煮干しのようなもので合わせダシとって、塩で味つけただけなんだけど。

 でもみんな喜んでくれたからいいや。

 村民全員、飲んで食べて踊って、三日間のお祭りが終わった。

 それから三日後、ついに温泉!!

 さすがにフクロウの姿では行けないから、実体パパド。

 よく見ると、背、高いな。

 スラッとして、百八十センチくらいある。

 フクロウの時とは印象が違う。穏やかで慎ましい感じ。

 なんか、パパドといる実感がないなあ。

 長い銀髪を首の下でゆるく束ねて、茶色の地味な服。

 無理だって。周囲に溶け込めないって。

 渋い銀髪と金色の目。目立つって。

「おれに合図するサイン覚えてる? じゃあ飛ばすからね」

 サマエルがおれたちに手をかざして、一瞬だけ軽い衝撃があって。

 目を開いたらもう周囲の景色が変わってた。

 あちこちに白い湯気がたってる。

 お店や宿が点在してて、すごく賑わってる。

 ほんとに温泉だ!

「まずは宿を決めねば。のちに温泉だ。実に久しい」

 パパドは上機嫌で歩き出した。

 誰かと温泉、めっちゃ嬉しい。

 パパドとどんな話をしようかな。

 サクサク歩いて、パパドは無造作に高そうな宿に入ろうとする。

「ちょ、待って、おれそんなに手持ちないよ」

「我が誘ったのだから我が払う。気にするな」

 パパド、金持ち。

 部屋は床ピカピカ。家具もピカピカ。

 盾とか剣とか兜とか、すっごい高そうなのが普通に飾ってある。

 部屋にカバンを置いたら、さっそく温泉だ!

 温泉は露天。

 宿の外にいくつもあって、いろんな効果効能があるらしい。

「傷を癒やす湯、疲れをほぐす湯、美を磨く湯、一時的に魔力を上げる湯、精がつく湯、他にもさまざまな湯があるぞ。どれもみな効く」

「おれにも魔力のお湯って効くの?」

「効かぬことはなかろうが、お前、術を使えぬであろう」

「……そうでした……」

 パパド、ちょっと嬉しそう。

 どれくらいぶりに森を出たんだろう。

 引きこもりが外に出たくなるくらい、温泉が好きなのかな。

「我が目指すべきは、まず、あれよ」

 ……なんの迷いもなく、美のお湯に行きました。

 ここか。あんたの目的はこれか。

「この湯に浸かれば我が羽根もさらに輝きを増すというもの」

 外見気にしてるなら、フクロウに擬態とかやめればいいのに。

 おれもつき合って、美しくなる湯に浸かった。

 おれには効果効能ない気がするけどなー。

 パパド楽しそうだし、まあいいや。

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