第45話 夢のような舞踏会

 生まれて初めて身につけたコルセットがどうにも苦しい。お姫様のようなふんわり膨らんだドレスはまるでコスプレのようで、自分に似合っているのかどうか。


(ハロウィンのコスプレって思おうとしても無理ある……。だって、本格的すぎる)


 デコルテのラインは出ているし、二の腕だってばっちり晒している。一応長手袋をつけているとはいえ、ぴちぴちしすぎてはいないか。


(絶対にダイエットする!)


 毎日チョコレートとケーキ三昧な食生活を見直すいい機会になった。舞踏会出席によって自分を見つめなおすとは。悲しい現実を鏡の前で突きつけられ、突貫工事のダイエットは行ったものの。

 淡いピンク色のドレスはどこからどうみても可愛い系。ビジューやレースがふんだんに使われている。しかもこのビジュー、本物の宝石なのだから心臓に悪い。


「アイカ、準備はできたか?」


 ノックの音とともにクレイドが入室してきた。つい先ほど身支度は済んだのだが、まだ彼の前に出る心の準備ができていなかった。


 だが、それとは別に藍華の心臓が大きく跳ねた。

 騎士団の礼装だというクレイドはまさに、映画や漫画の中に登場する麗しの王子様そのものだったからだ。白い立襟の上衣には肩章が縫い付けられ、また胸元にはいくつもの勲章がきらめている。


 彼の銀色の髪も今日は一層輝いて見える。衣装に着られることなく、きちんと自分のものにしている。さすがは王子様だ。藍華は変なところで納得する。

 あまりのまばゆさに口元を吐くはくさせている間に、クレイドは藍華の正面へとやって来た。


「とてもきれいだ。似合っている」

「!」


 流れるように褒められて余計に呼吸困難に陥った。

 クレイドの藍色の瞳に藍華の姿が映っている。恐れ多いと感じるのに、目を逸らすことができなくて。心臓が余計に大きく音を立てる。


 微動だにできずにいると「殿下、アイカ様。ご入場のお時間です」との女官の声が止まった藍華の時計を動かしてくれた。


「では姫君、お手を」

「え、あ、はい」


 気障な台詞ですらうっとりするほど耳に心地よくて。

 藍華はおずおずと彼の手のひらの上に自分のそれを重ねた。ふんわりと感じるクレイドの体温がどこか心地いい。


 きっと、それは相手がクレイドだからで。

 宮殿の大広間へと向かう途中、多くの人たちとすれ違った。自分などが王子様の隣にいて大丈夫なのだろうかと現在進行形で疑問に思うのに、その彼が「私の方が今日は緊張している」と言うのだから、少しだけおかしくなってしまう。


「クレイドさんでも緊張するんですか?」

「もちろん。アイカを格好よくエスコートできるか。とても緊張しているよ」

「うそ」


 思わず笑うと、同じく目じりを下げたクレイドと目が合った。

 そうやって笑い合うと不思議と緊張が解けてきて、藍華はその日夢のような時間を過ごした。


 それはまるで、某夢と魔法の王国の映画の世界にでも迷い込んだかのような体験だった。天井からつり下がった大きなシャンデリア。クリスタルの光が反射し、大広間を明るく照らしたその下では色とりどりのドレスを身にまとった人たちがくるくるとダンスに興じる。


 まさか、自分がドレスを着て舞踏会に出席するだなんて。

 それにダンスのお相手は正真正銘の王子様なのだ。

 踊っている今も信じられない。

 習った通りにターンして。まるで自分の背中に羽が生えたかのよう。

 ダンスを間違えたらどうしよう、なんて足が震えていたのは最初だけで。楽団の音がどこか遠くに感じる。今、藍華の目に映るのはクレイドだけ。


「そういえば、母上がきみとチョコレート談義をしたいと言っていた」

「え、本当ですか? わあ、嬉しいなあ。今度産地別チョコレートの試食会をしようと計画していたんです。王妃様もぜひご一緒に」

「母上に話しておくよ」


 相手は王妃だけれど、同じスイーツ大好き同士だと思えば親しみも沸くというか、全力でスイーツ談義をしたい。

 その気持ちがクレイドにも漏れているらしい。彼は微笑ましそうに見つめてくるから、ちょっとだけばつが悪くなる。相変わらず、チョコレートのことになると理性が飛びかけるのだ。


「そうそう、ポチさんがアリシア様の嫁ぎ先の国まで背中に乗せて飛んで行ってくれるそうなんです。今度ちょちょっと行ってきますね。新作チョコスイーツ届けてきます」

「まったく。ポチ殿はアイカに弱いな。あの山を終の棲家にするのではなかったのか」


「どうやらチョコレートのおかげで気力と体力が湧いてきたので、隠居ばかりだとつまらないみたいです。単にお菓子にハマっただけですね。でも、カピバラ姿に癒されるのでわたしは遊びに来てくれると嬉しいです」


「その、アリシア嬢へ会いに行くときはわたしも一緒していいか?」

「お嫁に行った先で大事にしてもらっているか、気になりますよね」

「それもそうだが……。私はアイカと一緒に出掛けたいんだ。ポチ殿の背中の上では、きみと二人きりになれるだろう?」


 クレイドはじっとこちらを見つめたあと、右手を引き寄せ藍華の手の甲に口付けを落とした。


「!」


 それはちょうどダンス曲が鳴りやんだタイミングで。

 多くの人々に彼の気障な仕草を目撃され、しまいには拍手までされる始末。

 藍華は全身を真っ赤に染め上げたのだった。


☆**☆☆**☆あとがき☆**☆☆**☆

最後は駆け足更新になりましたが、無事に完結となりました。

書籍化・コミカライズのチャンスがかかっているカクヨムコンテストにエントリーしています。読者の皆様の☆投票によって審査が行われます。

皆様の投票お待ちしております。(最新話下の☆☆☆を押すと投票完了です)

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