第44話 まったり日常が戻ってきました

 黒竜討伐は意外な結末を迎えた。

 マールブレンは捕らわれ、ツェーリエにある魔法使い専用の牢獄に入れられることとなり、リウハルド伯爵も同じく囚われの身となった。


 彼はどうやら魔物になっていたときのことは記憶にないらしい。気がつけば仰向けに倒れ、空を見上げていたと証言し、あれよあれよという間に拘束されたとの証言だった。


 村への被害は最小限に抑えられ、他の魔物たちも退けることができた。

 黒竜により魔瘴が払われたことはその場にいた者たちが目にし、村民たちも信じられないと言いつつも、危機的状況を救ってくれた彼に対して感謝の意を示した。


「というか、リウハルド伯爵のほうが真っ黒だったなんて。まあ、驚きはしないけど。やっぱりって感じだったけど」

「無事に人間の姿に戻ったとはいえ、終身刑らしいよ」

「そりゃあ外道魔法使いと組んで国家転覆を目論んでいたんだから、当たり前でしょう」


 後処理があらかた終わり、リタとこうしてお茶ができる日常が戻ってきた。

 お屋敷のテラスでいただくお菓子がおいしい。


「それでも、魔物のとして退治されるよりはよかったってわたしは思うんだよ」

「アイカは優しいわね。その優しさにつけこまれないようにしないと、いろんな人に騙されそう……って、まあアイカには団長がいるもんね」

「え、ええ……?」


 リタの率直すぎる意見に藍華は目を白黒させるばかりだ。

 彼の近くにいるのは、自分が女神の客人だからであって、それ以上のものではなくて。

 だから藍華は最近思うのだ。そろそろ独り立ちをせねばいけないのではないかと。


(じゃないと……後戻りできない気がするんだよね)


 おもに自分の気持ちが。


「でも、黒竜はこの国の危機を救った英雄ってことになったじゃない? 平和が戻ったし、わたしもそろそろ今後の身の振り方を考えないといけないと思うんだよね」

「強制的に話題を変えたわね」


 リタが半眼になった。その眼差しに対して、藍華は少し肩をすくめてケーキを口に運んだ。今日のメニューはシフォンケーキだ。ふわっふわのケーキの横には生クリームが添えてある。そして上にはチョコレートソースもかかっている。

 季節はそろそろ秋の装いだ。この国でも栗があるらしく、藍華は今から栗スイーツを開発するのが楽しみだ。


「このお屋敷から独立すると、シェフの皆さんと一緒にお菓子作りの研究することもできなくなるのか。それは寂しいなあ」


「そもそも、アイカ。どうしてここから出て行く話をしているんだ?」

「うわっ!」


 リタに向けて話しかけていたのに、返事をしたのがクレイドで藍華は文字通り飛び上がった。

 上官の登場にリタが慌てて立ち上がり、藍華もそれに倣う。


「今日は宮殿に行かれていたのでは?」

「今帰った。そして客人だ」

 クレイドはそう言いながら視線を下に落とした。


「ポチ!」


 彼の足元には黒いカピバラの姿があった。あの山に今後も住まうことになったのではないのか。別れはちょっぴり、いやかなり寂しかったのだが。ぐすん、と涙目になったのに、どうして今この場にいるのか。


「これが黒竜の仮の姿なんでしたっけ?」


 リタが若干引きつった声を出した。彼女には大体の事情を伝えてあるため、ポチはリタに向かって「これはこれでなかなかに気に入っておる」と話しかける。

 話しかけられたリタは現実についていけないのか、目を泳がせている。


「それで、アイカ。きみの家はここだろう? 独立も何もないだろう。きみが出て行くとみんな悲しむ。もちろん私もだ」

「!」


 何かとんでもない台詞が聞こえてきて、藍華の顔が瞬時に火照った。こういうシチュエーションに慣れていないのだ。


「だって、その。自立した女性が目標なのでしてね……。それにはまず、一人暮らしかなあと」


 目を泳がせながらも自分の考えを述べてみる。いつまでも彼の好意に甘えるのはだめだし、何よりもここで暮らしていると贅沢に慣れてしまう。メイドと執事に至れり尽くせりお世話をされる日々なのだ。

 藍華は日本ではごく一般的な家庭に生まれた普通の人間なのだ。王子様と一緒に暮らしていい身分ではない。

 そのようなことをつらつらと告げる。


「アイカ、言いにくいんだけれど……」


 リタがその言葉通り、歯切れ悪く口を挟む。

 クレイドがリタに対して先を促すような視線をやり、彼女はごくりと息を飲んでさらに続ける。


「アイカはもう立派な聖女だし、十分にベレイナ王国の重要人物だよ。しかも黒竜を手懐けてペットにして」

「我はペットではない」

 即刻突っ込みが入った。


「作ったチョコレートと光魔法のコンボで魔物化した人間を元に戻して。いや、どう考えても一人暮らしは駄目でしょ。ここで守られていないといろんな人に狙われるよ。大人しく団長と一緒に暮らしなさいって」

「う……」


 自分では自覚などとんとないのに、なぜだか周囲からより一層聖女とあがめれるようになってしまったのだ。一体どういうことなのか。理由はリタが述べた通りなのだが、いかんせん感覚が日本生まれ日本育ちのため理解できない。


「それに、ポチ殿から預かっているものの件もある」

 と、今後はクレイドが口を開いた。


「ポチ殿はアイカを信用してそれを預けた。ということはアイカにも責任があるのではないか? ここなら安全だし、私も一緒に見守ろうと思う」

「うぅ……」

「それに……」


 クレイドが藍華の手をそっと握り持ち上げた。


「私はアイカに側にいて欲しい。私のこと嫌いか? 一緒に暮らしたくないと思うほど、何かやらかしてしまったか?」


 目の前でそのようなことを言われたら顔を横に振るしかないではないか。

 だって、彼のことを嫌いだなんてそんなことありもしないのだから。


「では、今後も私の側にいてくれるってことでいいか?」

「は……い」


 最後は頷くことで精いっぱいだった。

 間近で見せられたリタはお行儀よく明後日の方向を向いておいた。


「そうか。では、今日の本題だ」

「え?」

 クレイドがにこりと上機嫌な声を出した。


「今度宮殿で舞踏会が開かれる。アイカは私のパートナーとして出席だ」

「えええっ!」


 今日一番の爆弾投下に、藍華の絶叫がテラスにこだました。

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