第26話 お茶会

 お茶会は三日後にセッティングされることになった。それぞれ急きょスケジュール調整をしての開催となった。


 藍華はサークウェルと料理番と一緒に準備に奔走した。アリシアの到着に合わせてお菓子も準備した。今日はチョコレートづくしだ。アイスクリームもつくった。


(ただ……これもわたしの独りよがりなんだよね)


 アリシアは自分の心を軽くしたいからクレイドに謝りたかったのだ、と自嘲気味に微笑んだ。今の藍華もそれと似ている。二人のためと言いつつ、何か気になってついあんなことを言ってしまった。これこそ余計なおせっかいというものではないだろうか。


 あれからそんなことを頭の中でぐるぐると考えていたのだ。


 日差しを避けるため、お茶会は室内で開くこととなった。庭から摘んできた花をガラスの花瓶に挿しながら藍華はふうっと息を吐いた。


「アイカ、元気がないな」


 ぽん、と頭の上に温かいものが乗せられた。いつの間にやらクレイドがすぐ近くに立っていた。


「クレイドさん」


 彼はそのまま藍華の頭をぽんぽんと撫でた。子供をあやすような優しい感触に、顔がじわりと熱くなる。思わず目が合うと、彼は柔和に瞳を細めた。その中に、どんな感情があるのだろうかと藍華はじっと見つめる。


 一人で突っ走っているような気がしなくもない。

 手を止めているとすぐそばで「ゴホン」とサークウェルが咳払いをした。


「お客様が到着でございます」

「うわぁ!」


 気配が全くしなかった。忍者か。藍華は慌ててぱたぱたと厨房へ駆け込んだ。


 料理人と最後の仕上げをして客人のもとへ向かうと、メイドがお茶を淹れ終わったあとだった。この世界にもちゃんとお茶があって、色も味も紅茶と変わりがない。ただし緑茶はないらしい。南方からの輸入品だから発酵済みの茶葉でないと保存が利かないのだ。


「アリシア様。今日はようこそおいで下さいました」

「わたくしの方こそ、お招きいただきありがとうございました」


 今日のアリシアは薄紫色のドレスを着ている。胸元や袖飾りにりぼんがついていてとても愛らしい。

 藍華もここからは茶会に同席する。着席すると心得たメイドがスィーツ皿を各人の前に置いていく。


「これは……?」

「チョコレートのタルトです。アイスクリームと一緒に食べるとおいしいですよ。付け合わせはベリーのソースです。甘いものと酸っぱいものの組み合わせは最高です」


 藍華の説明を聞き終えたアリシアが美しい所作でチョコレートタルトを口へ運ぶ。何をしても絵になる光景に思わず見とれてしまう。


「おいしいです」


 アリシアは感嘆の声を出したあと、もくもくとタルトを攻略していく。藍華に進められるままアイスクリームと一緒に食べたり、ベリーのソースを絡めてみたり。そのたびに彼女は何度も「おいしい」と言った。


 喜んでくれて藍華も嬉しくなる。にこにこしながら見つめていると目が合った。するとアリシアがはにかみ、その顔が愛らしくて意味もなく頬が赤くなってしまう。


「甘いのにさっぱりしているな」

「はい。そこは料理長と一緒にこだわりました」


 藍華がこういうお菓子を作りたいと説明すると「だったらこういう製法はいかがでしょうか」とアイディアを出してくれるのだ。


 ベレイナのお菓子というとそれまで素朴なものしかなかったが、藍華には技術はなくても知識はある。卵白だけを泡立てて作るお菓子や、牛乳をどうにかして分離してつくる生クリームなど、拙い説明から料理人たちはアイディアを得て、それを形にしてくれるのだ。


「わたくし、チョコレートの虜になってしまいそうですわ」

 アリシアが蕩けるようにうっとりとお皿を眺める。


「チョコレートはいずれベレイナが誇る産業になるだろう。他国への輸出も考えている。そのときはレヴィン嬢の嫁ぎ先に真っ先に売り込みに行こう」

「ではわたくし、あちらの王宮でたくさんたくさん薦めますわ」

「ああ。そのときはよろしく頼む」


 二人は視線を絡ませ、微笑み合った。最初はなんとなくぎくしゃくしていた場の空気が解けていくのが分かった。


「わたくし、こうして殿下ともう一度和やかにお話がしたかったのです。あなた様はわたくしにとって兄のような存在でした」

「そうか」


「殿下はいつもわたくしたちに平等に優しかったのですわ。わたくしには兄はいませんが、もしもいたら殿下のようにお優しい方がいいな、と思っていましたの」

 ぽつぽつとアリシアが言葉を紡いでいく。


「ですから殿下。わたくしをお叱り下さい。わたくしは臆病がゆえに殿下を傷つけました。殿下と仲直りしたいのです」


「……アリシア嬢。確かにあのとき、あなたに拒絶されて何も思わなかったと言えば噓になる。だが、あなたが恐怖した気持ちも分かっているつもりだ。だが……そうだな。もしも、アリシア嬢が次に何かに恐怖した時は、そのことを素直に伝えるといい」


「伝える……」

「ああ。私も今こうして過去の心情を口にしたことで少しすっきりした。互いに心の内を晒せばよかった」


 アリシアはクレイドの言葉を噛みしめるように瞳を閉じた。銀色のまつげがかすかに揺れている。

 次に彼女が瞳をぱちりと開いたとき、もうその中に揺れはなかった。


「たくさんお気遣いいただき、ありがとうございました」

「こちらこそ。最後にきちんと話せてよかった」


 二人はどこかさっぱりした顔つきで、笑いあった。

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