第25話 アリシアの告白2

 それから、とアリシアは続けた。誠実なその紳士はできうる限り直接会う機会を設けたのだという。アリシアの父はそのことに感激し、最後の最後で二人きりになった。


「そのお方は自分の力不足によりこのような結果になって申し訳がないと謝ってくださいましたわ。とても誠実でお優しいお方なのに……わたくしは」

 アリシアがぎゅっと唇を噛んだ。


「わたくしは……そのお方に向けて恐怖を覚えてしまったのです。黒竜の呪いの力が、わたくしに移ってしまったらと。そのようなことを考えてしまい……最後の挨拶を拒んでしまいました」


 挨拶というのは、騎士が女性の前に跪き、その手を取るというものだ。騎士はそのような所作を取ることがあるのだと習った。


「彼は……わたくしの失礼な態度にも微笑みを崩さずに接してくださいましたのに……わたくしはとても酷いことをしてしまいました。嫁ぐ前に、そのことを謝罪したかったのです。これがわたくしの懺悔ですわ、聖女様」


 彼女は過去の過ちを反省し、許されたいと願っているのだ。きっと結婚前の心残りなのだろう。この国を離れるのだから余計にそう思うのかもしれない。


「その……黒竜の呪いを……?」

「ええ。あなた様が解いたのだと、わたくしは聞かされましたわ」


(まさかわたしの作ったチョコレートで?)


 それしか考えられない。しかし、クレイドは出会った当初から壮健だった。とても呪いを受けているとは思えなかった。


(ううん……わたし、一度見た。ホットミルクを作ってもらったとき、クレイドさん苦しんでいた)


 きっとあれは呪いの力と戦っていたのだろう。どうして気が付かなかったのだろう。悔しくて藍華は奥歯を噛みしめた。


「アイカ! レヴィン嬢!」


 少し遠くから男の叫び声が聞こえた。二人はつられるように同時に顔を動かした。

 近づいてくるのはクレイドだった。


「心配した」


 彼は肩で息をしながらそれだけ言った。クレイドは息を切らしている。騎士でもある彼は基本的に体力はある方だ。藍華は軽い気持ちで街歩きをしていたのだが、心配をかけてしまったようだ。


「すみません」

「きみはまだツェーリエに慣れていないんだ。いくら治安がいいとはいえ、女性二人で歩くのは感心しない」

「一応アリシア様の付添人も後ろにいたから完全に二人きりではないかと……」


 事実を伝えてみるも、クレイドが目を眇めたため最後尻すぼみになった。完全に教師と生徒の図だ。


「二人とももう少し責任ある行動を取って欲しい。心配したこちらの身にもなってくれ」

「ごめんなさい」

「ごめんなさいですわ」


 二人は素直に謝罪した。クレイドの心配が本物だと分かったからだ。


「あの、わたしがアリシア様を散歩にお誘いしたんです。だから彼女を怒るのは止めてください」

「こういうとき私はどちらも平等に説教することにしている」


 取り付く島もなかった。それから彼はくどくどと一人歩きの危険性について二人に聞かせた。確かに深窓のお嬢様を連れ出したのは自分である。そこは軽率だった。

 ひとしきりお説教をして満足したのか、クレイドはここにきてようやく二人が一緒にいるという事実に疑問を抱いたようだ。


「ええと、アリシア様はチョコレートに興味があるそうで、開店初日に買い物に来てくださいました」


 嬉しくて心持ち胸を反らして藍華が説明すると「だったら店の上階に案内すればよかっただけの話ではないか」と突っ込まれた。その通りなのだが、内緒話がしたかったのだ。

 すぐに返事をしなかった藍華に含むものを感じたらしい。クレイドが嘆息した。


「……その様子だと、いくつか事情を知ったみたいだな」

「……はい。クレイドさんの事情とアリシア様の後悔を知りました」

「……そうか」


 今度もやはり沈黙が落ちた。

 それを破ったのはアリシアだった。息を吸い言葉を発する。


「今回のことはわたくしの独りよがりが招いたことですわ。わたくしは嫁ぐ前に懺悔がしたかったのです。あなた様に酷い態度を取ってしまったことをなかったことにしたかったのです。わたくしは自分の心を軽くしたいがために、あなた様のお心も考えず、謝罪の押し付けをしてしまいました。本当に申し訳ございません」


「いや。怖がることは仕方のないことだ。だからレヴィン嬢が謝る必要はない」

「でも」


「未知の魔法の力だったんだ。恐れるのは致し方のないことだ。私自身恐怖した。これが誰かに伝染ったらどうしようかと。だから、そこまで心を痛めないでほしい」


 クレイドは言葉を重ねるが、アリシアの表情は硬いままだ。自分を責めてどうしたらいいのか分からなくなっているのかもしれない。

 一方のクレイドもアリシアの顔が晴れないため、困ったように彼女を見つめ続ける。


「あの!」


 藍華はつい大きな声を出してしまう。この場をどうにか収めたいと思ったのだが、具体的に何をすればいいのだろう。いや、藍華に何かできることはないだろうか。

 二人が声につられて藍華を注視した。


「ええと……、わたし、今度新作のお菓子に挑戦するので、三人でお茶しましょう!」


 藍華はついそんなことを言ったのだった。

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