第4話 お仕事の斡旋

 翌日から藍華はこの世界のことについて学び始めた。今藍華が滞在しているのはベレイナという名前の国だという。王都の名前はツェーリエで、気候は温暖。国王がこの地を治め、近隣諸国との関係も良好。戦の気配もないとのこと。


 クレイドはこの国の王の三人目の子どもで、兄と姉がいると教えてくれた。兄が将来王位を継ぐ予定で、姉はすでに他国に嫁いだ。彼は魔法と剣の訓練に励み、十代中頃から騎士団に所属し集団生活をしてきた。御年二十五歳で、現在は王立グランヴィル騎士団団長とのこと。


 藍華は現在社会人一年目の二十三歳で、その自分よりも二歳しか年が違わないのに、クレイドはすでに一騎士団を率いているのだ。さすがは王子様だと感心した。


 王子様で騎士団長という、ハイスペックなお方から個別授業をしてもらっているのだが、大丈夫なのだろうか。


 団長って忙しいのでは、と思うのにクレイドは毎日藍華のために特別講義をしてくれるのだ。内容は多岐に渡る。主にこの国で生きていくための基礎知識である。


 少々心苦しくなった藍華は講義開始三日目にクレイドの側近に質問をしてみた。


「いいんじゃないの? 女神の客人であるアイカが元気になって嬉しいんだよ。殿下は自分が末っ子だから、妹ができて嬉しいのかもしれないな」

「なるほど」


 藍華とクレイドはたった二歳差なのだが。

 質問に答えてくれたのはダレルという名の男だ。黒髪に薄茶の瞳で、年はクレイドと同じ二十五歳。クレイドよりも体つきはがっしりしている。明るく気さくな話し方をするため、藍華もすぐに気を許してしまった。クラスに一人はいるようなムードメーカー的オーラをまとっているからかもしれない。


「女神の客人が現れた記録はこの数十年ないから、あの日は本当に貴重な体験だったよ。空の色がありえない色に変わったところを生きているうちに見られるとは思わなかった」


「じゃあ、あの日の空の色が変わったところを見た人たちは、異世界から人が来たことを知っているってこと?」


 会話を始めた当初、ダレルから敬語はいらないと言われたため、今では友人に対する言葉遣いに落ち着いている。


「そうだな。ツェーリエでも噂になっていて、王家が女神の客人を保護したと触れを出した」

「何かすごい大事になってる……」


「触れを出さないと、女神の客人の偽物が現れるかもしれないからな」

「ええっ!」

 偽物。そんなものの需要があるのだろうか。


「女神が異世界から呼んだ存在だ。それに多くの人々が客人がこちらに呼ばれたことを知った。そうすると当然、どこにいるのか、どんな人間なのか興味がわく。それに乗じて良からぬことを考える人が現れないとも限らない。王家で保護したと触れを出せば、抑止力にもなる」


 背後からクレイドの声がした。二人は同時に振り返った。


「過去に現れた女神の客人も、その当時の王家や貴族家などに滞在していたらしい。女神の付与した力を貸してほしいという思惑もあったようだが」

「じゃあここの王家の人たちもわたしにそういうのを期待しているってことですか?」


「そういう側面もあるだろう」

「殿下も王家の人間なのに、他人事のような言い方ですね」

 茶化したダレルのことをクレイドが横目に見た。


「女神がこちらの世界に呼んだ客人だから、無体な真似はできない。そんなことをすれば天罰が下る可能性がある。ただ、せっかく自国に降り立ったのだから、できれば力を貸してほしい。いわば幸福の象徴だ」


「わたし、何か力が与えられたっていう自覚なんて、とんとないのですが」

「それに関しては気負わなくてもいいよ。要は、女神の客人がこの国にいるっていう事実が人々の心を明るくするんだ」


 クレイドはそう言って話を締めて、別の話題を口にする。


「それで、アイカは本当に働きたいの? もう少し、ゆっくり過ごしていても構わないんだ。慣れないことの方が多いだろう?」

「よくしていただくのはありがたいのですが、何か始めないと気持ちが落ち着かないんです」


 彼が心配するのも無理はないのかもしれない。藍華はベレイナで職を探したいとお願いした。このままずっと客人扱いされていてはこの国に根ざすことはできないと思ったからだ。

 帰ることができないのなら、自活していく方法を模索するべきだ。それに、やることがあったほうが生活に張りが出る。


「きみがそれを望むのなら、私は喜んで協力するよ」

「ありがとうございます」

「とはいえ、まだベレイナに慣れないアイカを一人放りだすことはできない。だからうちの騎士団で働いてみないか?」

「グランヴィル騎士団でですか?」


 藍華は目をぱちくりとさせた。騎士団というと、剣と魔法の実戦部隊だ。まさか藍華に魔法使いになれと言っているのだろうか。まだどのくらい魔力があるのかも計測していないというのに。


「ああ。騎士団にも色々な仕事がある。剣を振り回すだけじゃなくて、運営するためには金勘定も必要だし、物資の調達も必要だ。日々の書類仕事も存在する。アイカには後方支援の手伝いをしてもらいたい」


「なるほど。事務方ってわけですね」

「そういうことだ」


 それなら藍華にもできそうだ。一応社会人一年目として一通り研修を受け、先輩の下で働いてきた。もうすぐ丸一年、冬が終わり春になれば後輩が入ってくるはずだった。そんなことを思い出して胸の奥がちくりと痛んだ。


 藍華はそんな思いを振り払うかのように明るい声を出す。


「わかりました。たくさんご配慮いただいてありがとうございます。精一杯働きますね」

「そんなに力まなくて大丈夫だ。ゆっくり慣れていこう。それに、アイカには魔法の勉強も控えているし」


「魔法!」


「そういえばアイカの世界には魔法がないんだっけ」

 ダレルが口を挟んだ。


「魔法は架空のものだったので。いざ自分が使うとなると……というか、わたしに使えるのかな?」


 今一つぴんとこないため、これが一番不安要素だ。


「大丈夫。大丈夫」

 ダレルが無責任に笑うため、藍華は心の中でうーんと唸ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る