第5話 魔力測定と騎士団本部

 善は急げとばかりに翌日、藍華は王立魔法師団の建物に連れていかれ、魔力測定をすることとなった。


 ベレイナに来て二週間ほど経過して初めてお屋敷の敷地外に出たため、テンションが上がった。馬車から見える街の風景に釘付けになり、初めての建物に目をきょろきょろと動かした。


 魔力測定は大きな水晶に手をかざして行われた。まさしくファンタジーの世界そのものって動作で、内心興奮したのだが、二十三歳という矜持で持って封じ込めた。

 魔力量は水晶の内側の色の変化によって分かるのだと最初に説明を受けた。そして藍華は見事に色を変化させた。濃い色になればなるほど魔力が高い。


 どうやら、異世界転移の瞬間に女神から魔力を付与されたらしい。自覚がないだけに「ほえ~」としか思えず、反応が鈍くなってしまった。


 クレイドの説明によると、この魔力測定は国民全員が一度は受け、人々は自分の内に秘める魔力量によって身の振り方を決めるのだという。


「この世界の人間は皆魔力を有しているが、その量は様々だ。魔法使いとして仕事を請け負うには一定量の魔力が必要なんだ」


 この世界には職業として魔法使いがいるのか、とこっそり感心した藍華である。


「さすがは《女神の風》によって運ばれてきた客人だ。アイカの魔力は強い。きちんと鍛錬すれば魔法使いとして名を馳せることもできるよ」

 測定が済んで、藍華の横を歩くクレイドが朗らかに言った。


「そのためにもまずは魔法の練習だな」

「ええと、わたしは魔法使いになりたいわけでもなく……。普通の事務でいいんですが」

「だが、魔力のコントロールはできるようになっておいた方がいい。暴走したらことだ」

「今も自分の中に魔力があるかどうか、半信半疑なのに……暴走ですか?」


 藍華が首を傾げると、クレイドが至極真面目に頷いた。


「ああ。予期せぬ事態に陥って、無意識に己の中の全魔力を解放してしまうことも起こり得る。普段からコントロール訓練をしていれば、危機的状況下に陥っても、混乱を治められるよう、感覚が覚えているはずだ」


 藍華はふんふんと頷きながらクレイドの説明を聞いた。自分の限界やらなんやらを知っておけば役に立つということだろう。魔法の訓練は反復あるのみということだ。体育の授業に似ているのかもしれない。


 話をしながら回廊を歩き、王立魔法師団の正面玄関に戻ってきた。これからいよいよグランヴィル騎士団本部へ赴くのだ。

 玄関前に待機していた馬車に乗り込み、約十分強。魔法師団の建物と似たような白い壁がまばゆい建造物が藍華を出迎えた。


 馬車の中でクレイドからこの辺りは王宮の近くで、国の中枢にかかわる建物が多く並んでいると聞かされた。だからだろうか、市民の姿は道すがら見かけることはなかった。


 馬車が停まり、扉が開いた。

 先に降りたクレイドが藍華に向けて手を差し伸べる。その手に自分のそれを重ねてしまっていいものか。躊躇うが、ここまでしてもらって無視をするのも人間としていかがなものか。


 葛藤の末、藍華はクレイドの手を取った。相手は涼しい顔をしているため、自分だけ意識しすぎているのも恥ずかしく、藍華は顔面の筋肉を動かさないよう努力する。と言っても、彼は始終手袋をはめているから、直接手に触れるわけではない。


 一応藍華だって、男子と手を繋いだことくらいはある。悲しいことに恋愛面ではなくて、大学の英会話の授業でハンドシェイクをしたのが最後だが。


 入口に佇む兵士の敬礼を横目にクレイドは藍華を建物内へ案内する。


「ここが王立軍所属の各騎士団の本部が集まる建物だ。大所帯だから、少し入り組んでいる。最初は私が案内するから、迷子になる前に言うんだ」

「ちょっと……ですかね?」


 すでにいくつもの中庭を横目に歩いたせいか、自分のいる場所がさっぱり分からない。


 中庭は植栽で整えられていたり、白い床石が敷き詰められた訓練所と思しき場所で会ったりさまざまだ。途中男たちの野太い声が耳に届く。訓練か何かをしているらしい。


 ぽかぽかと気持ちの良い天気のため、見かける騎士たちの中には上着を脱いでいる人も見受けられた。だが、クレイドは騎士服だろうと室内着だろうと着崩したりせずに着こなしている。さすがは王子様である。きっと、暑さとも無縁の存在なのだ。


 クレイドはとある扉の前で立ち止まり、藍華に入るよう促した。彼に続いて室内に入る。そこは、藍華の知るオフィスに雰囲気が似ていた。


「ここがグランヴィル騎士団の後方支援部署だ。書類仕事など事務手続き全般を行っている場所だ」

「団長」


 クレイドの姿を確認した人々が立ち上がり敬礼する。そして、今誰か「団長」と言わなかったか。


(王子様だもんね……。団長でも驚かないけれど……先に一言言っておいてほしかった)


 社長に道案内をさせる新卒社員の図を思い起こし、藍華は顔を白くした。何うちの団長にパシリのようなことを指せているんだよ的なことを思われないだろうか。


 藍華の内心など気づきもしないクレイドは事務官たちに視線をやり「ケイン」と発した。すると一人の男性がクレイドの前に進み出る。三十代と思しき男性だ。


「こちらアイカ・ミナミ嬢だ。先に伝えた通り、《女神の風》によってこの世界に呼ばれた客人だ。彼女は元の世界でも書類仕事をしていたのだそうだ。こちらの世界の生活に慣れるために、明日からここでの仕事を手伝ってもらう」


「ええっ。異世界からのお客様に仕事をさせてもいいのですか?」

「彼女たっての希望だ」

 驚くケインを前にクレイドがくつくつと笑った。


「あの。至らないことも多いと思いますが、何卒宜しくお願い致します」

 藍華ががばりと頭を直角に曲げると、ケインが「お、おう」と返事をした。


「今日はまず顔合わせと施設内の案内だ。リタ、アイカのことを頼む」

「はい。団長」


 今度はクレイドよりも濃い銀髪の女性が前に進み出る。髪の毛を首の後ろで一つに結わえており、ブラウスとジャンパースカートのような装束だ。ひざ下のスカートからは革のブーツが見えている。


「同性の方が何かと相談しやすいだろう。リタ、彼女のことをよろしく頼む」

「かしこまりました」


 どうやら直接指導をしてくれるのはリタという女性のようだ。藍華は彼女に向かってもう一度「宜しくお願い致します」と頭を下げた。


 勢いのよいお辞儀に、リタも「え、ええ……」と面食らった顔を作ったのだが、藍華は気が付かなかった。


 顔合わせが済むと、リタとケインが施設内を軽く案内してくれた。しかし、同じような建物がブロックのように連なっているおかげで迷子になりそうだ。これは慣れるしかないため、藍華は一生懸命目印になりそうなものを目に焼き付けながら歩いた。


(明日から一人で事務所までたどり着けるかな……)


 本日は本当に顔合わせと施設案内だけで終わり、帰りもクレイドと共に帰宅した。帰ると藍華の世話をしてくれるメイドが制服を手渡してくれた。


 お礼を言って部屋に入り、姿見の前で合わせてみる。リタが着ていたものと同じデザインだ。明日から本格的にこちらでの生活が始まるのだと思った。


 その日の夜、藍華はガサゴソと荷物を漁った。異世界トリップしたときの手荷物である。大きなトートバックの中にはお財布やスマートフォン、それからお菓子とムック本。


 毎年バレンタインの時期に催されるチョコレートの祭典を楽しみに生きてきた。あの日はまさにその一年に一度のイベントへ向かう真っ最中で、どのチョコレートを買おうかわくわくしていたのだった。


 ムック本には世界各国の名だたるショコラティエたちが写真付きで紹介されている。そして麗しいチョコレートたち。


 未練がましく今年の新作セレクションを眺めていた藍華はため息を吐く。


「できればこっちの世界でもチョコレートがあればいいんだけど……」


 せめて。せめてチョコレートくらいあってもよさそうなのだが、あいにくとまだ一度も見かけていない。


 藍華は日本で買ったチョコレート菓子のパッケージを開けて、包みを一つ取り出し口に含んだ。

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