第16話 弱小冒険者の寄り道店舗は水の精霊を魅了する。その三


「さてどうしよう。困ったな」


 気分転換はできたものの問題が解決したわけではない。まあただ現実逃避してただけだからな。いつまでも親方を待たせるわけにもいかない。

 さてどうするかと考えながら歩いてるとなぜか自然と昼ご飯を食べに安酒場へと到行きついた。

 いつまでも親方を待たせるわけにもいかない、しかし腹が減っては戦はできぬという不文律が存在するのもまた事実であったために、僕は断腸の想いで酒場の敷居をまたいだ。


「ごめん親方! さて飯食うか」


 酒場に入るとハリスがいつものように飯を食っていた。


「おうヨルクどうよ。時計台のほうは今日一日鐘の音が鳴らねーからどうも調子が狂っちまうよ」


 ハリスの言葉に僕は肩を竦めることで返答した。


「ああ、マルベルいつものお願い」


 やってきた顔見知りの給仕に注文を告げハリスの隣に腰かける。


「いや、どうにかなると思ってたんだけどさ。どうにもならなかったんだよねー」


 ハリスは首を傾げる。


「さっぱりわからん」


「時計台を修理するために虹色の歯車が必要で、その歯車がミルクさんとこに置いてたのを思い出して行ったんだけどさ。誰か買っていったってんだよ。一足遅かったってこと。なんか骸骨みたいな人が買っていったってさ」


「はあ。じゃあどうするんだ? 時計台の鐘はどうなるんだよ」


「それが悩みどころなんだよ。ああマルベルありがとう」


 置かれた豆スープをつつく。

 豆スープをすくいスープを口に運び、いつものように今日訪れた武器屋の話をハリスに話し出した。

 炎の剣があれば自分だってもっと難易度の高いクエストを受けられるなど、あの武器屋の店主は魔法銃を自慢するためだけに自分の店を壊す変人であることなど。


「まあ、あの武器屋の店主はちょっと異常だよな。俺もこないだ剣の手入れを頼みに行ったらよ、まあとことんあの親父の自慢に付き合わされたよ」


「そうそう、あの親父、悪魔の手ってやつを手に入れたってすごく自慢してきたよ。ただの丸太を精巧なドラゴンの木像に変えちゃったんだ。親父が自慢するだけあって確かにすごい品なんだけど付き合わされるほうはたまったもんじゃない」


「じゃあ行かなきゃいいじゃないかと言われればそうなんだがー」


 ぼくとハリスを腕組み唸る。


「腕は確かなんだよな」

「見てて飽きないんだよな」


 うーんと二人は感慨深く唸る。


「あの、すいません。ちょっとよろしいでしょうか」


 突然の声にふと顔をあげるとそこに一人の男が立っていた。その男はひょろりと背が高くぎょろりとした目をしていた。どこか狂気じみ目は焦点があっていない。

 まるで骸骨のような男だった。


「あっ―」


 僕はすぐにこの男がミルクさんの店に訪れた男だと気づいた。


「僕はクーポ・アランと申します。不躾で申し訳ないんですが、さっきの悪魔の手の話、もっと詳しく聞かせていただけませんか」


 口をポカンと開けながらも、こくりと頷いた。

 悪魔の手の話。店の場所。その他もろもろの話を彼はとても真剣に聞いていた。その目はどこか狂気じみた喜びを浮かべている。


「ありがとう! 君のおかげで抱えていた案件がなんとかなりそうだ、すぐにその店にいってみるよ」


 男が立ち去ろうとした瞬間、僕は慌てて声をだす。


「あの! クーポさん一つ僕もお尋ねしたいことがあるんです」


「??。なんでしょう?」


「あのクーポさん道具屋で虹色の歯車を買われませんでしたか?」


「? ああ、これのことかい? とてもよく出来た歯車だったから思わず買ったんだ」


 クーポは荷物袋から虹色の歯車を取り出した。まさにミルクの道具屋に置かれていた物だった。僕はこの機を逃すまいと口を開く。


「そ、それです! あのその歯車が僕どうしても必要なんです。お願いしますそれを僕に譲ってくれませんか? もちろんクーポさんが売ってもいいという値段で構いませんから!」


 ハリスが僕の言葉にぎょっと目を見張る。


「お、おまっ、そんな金持ってないだろ?」


「あ、そうだった……。そ、その僕が払えるくらいの金額で売ってくれると嬉しいです。他はなんでもします」


「あ、かっこわる」


 ハリスのつぶやきは無視する。

 クーポはしばらくヨルクと歯車を見比べ、やがてにこりと笑う。


「いいよ。これあげるよ。はい」


 クーポはヨルクに歯車を手渡す。


「え!? タダで!?」


「タダというか、何より悪魔の手の情報はぼくが長年探し求めていた情報だからね。もちろんその歯車はとても精巧に作られていて手放すのはおしいけど。ぼくとしては充分すぎるほどの収穫だった。遠慮せずに貰ってくれ」


 僕がさらに口を開こうとするとすでに彼の後ろ姿はすでに酒場の入口を開け放ち街へと消えていった。

 

                    ●●●


 随分遅かったなとジト目で迫る親方に平謝りをして色々あったのだと言い訳を繰り出し、虹の歯車を親方に手渡した。


「よーし。これで大丈夫じゃ。街に鐘の音が戻るぞ」


歯車がはめ込まれ、動きを止めていた歯車が動き出す。回転が繋がっていく。針を動かす歯車が回り、かちりと音を出す。

 連動した虹の歯車が鐘を鳴らす歯車が動いた。


 ゴォーーンゴォーン


 鐘が夕暮れの知らせを街に奏でる。


「……」


 夕焼けに染まりいく街にそろそろ夕餉の時間だと住民に知らせていく。

 一日の終わりを告げられたようでどこか鐘の音は寂しさを匂わせる。だけど悪くない寂しさ。今日という日の別れを想い、明日という日を迎える準備を促す音。


「これで街の時間が流れ出した。また明日じゃな」


 親方が僕の肩をぽんっと叩き誇らしげな笑みを浮かべる。

 胸にじわりと温かいものが生まれていく。ヨルクは思った。ああ、街は人はこうやって日々を繰り返し生きていくのだなと。


「また明日ですね」


 僕も笑った。


 こうしてヨルクは無事に時計台の修理のクエストを成功させたのだった。

 それにしても虹色の歯車をくれたクーポ・アレンとは一体何者だったのか。


                 ●●●


 昼を知らせる鐘が街に鳴り響くと僕はいつものように安酒場に足を運びハリスとともに昼飯をつついていた。


「知ってるかヨルク」


「何をだよ」


「勇者一行の話さ。どうも水の迷宮を攻略して無事に水の精霊の加護を受けたらしい」


「ほんとか! これでまた魔王討伐に近づいたな」


「迷宮の試練を受けるための船が手に入ったって話らしいよ。それもとてつもなく高度な性能を持った船だったらしい」


 ハリスが物知り顔で告げてくる。


「へぇー」


「なんでも勇者達が乗った船ってのは物凄く精巧な竜のような船だったらしい。とても丈夫で耐久性も抜群、しかも見た目にも他を圧倒する芸術性があったらしい。その船を見たやつはこれはまるで悪魔が作りだした船だって言ってたらしいぜ」


「はぁー、悪魔が作った船。なんだかめちゃくちゃすごそうな船だな。でも迷宮を攻略するのに芸術性って必要なのか?」


「なんでも水の精霊ってのは芸術に対してとても厳しいって話よ。話によれば水の精霊はその船のあまりの美しさに二つ返事で勇者に加護を授けたらしい」


 ハリスは肩を竦める。


「はぁー見事に水の精霊を魅了したってわけだ。精霊を魅了する船って一体なんだよ。いったいそんな大層な物誰が作ったんだろな」


「それがよ。なんでもその船の船大工はひょろりとした長身で、ギョロっとした目をしたまるで骸骨みたいな奴だったって話だぜ」


 その言葉に僕は「ん?」っとハリスに顔を向ける。ハリスも思い当たる節があるのか苦笑いを浮かべている。


「「……まさかな」」


 僕らはこれ以上は考えまいと席を立った。


「さー、クエスト、クエスト」「おうよ、俺らには俺らの冒険があるってもんよ」


 二人は昼飯を済ますと、昼下がりの街へ繰り出した。


                    ●●●


 ちなみに悪魔の手を手に入れたクーポ・アランは勇者の乗った船を見事作りだした船大工として水の都でその名を轟かせたのだった。

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弱小冒険者の寄り道店舗は世界を救うカギとなる 九重 まぶた @18-18

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