第15話 弱小冒険者の寄り道店舗は水の精霊を魅了する。その二

 

 店内にはずらりと武器が並んでいた。

 

 ショートソードにロングソード、ダガーにチェーンクロス。こんなの誰が扱えるんだというほど大きなバスタードソードが立て掛けられている。他にもツボに無造作に差し込まれた錆びた剣の類や、先が削られた魔物の骨などなど。


「くうー、やっぱりいいな武器はテンションが上がるなー」


 僕の持っている銅の剣も中々の業物であるけど、やっぱり他の武器にも憧れる。

 バスタードソードなんか扱えないと分かりきっているのに、やっぱりこれを振り回して魔物をバッタバッタと切り倒す想像を膨らませるのは冒険者の性というものか。


 扉を開いたすぐに目に付く壁には人気のある魔法剣が飾られている。

 炎の加護を受けた赤い宝石がはめ込まれ、刀身にはその加護を発動させるためのルーン文字が刻まれている。あとは使い手によって魔力を送り込まれることで剣の力は発動される。


「いいなー。この炎の剣があれば僕だってダンジョンの魔物をばったばったと討伐してすぐにでも銀ランクの冒険者になれるのにさ。そしたら、勇者のパーティに入って魔王討伐だって夢じゃない」


 僕はディスプレイの前でまだ見ぬ自身の未来の躍進を想像しテンションをあげていく。そんな僕の夢に水を差す輩が奥のカウンターから顔を出す。


「なあ、ヨルク。ちょいちょい、うちに来てくれるのはありがたいんだが……、まあ、なんだガラガラの店内よりは人が入っているほうが流行っている店みたいでいいからな。ただよ、おめえがその剣持ったって、どうにもなんめーよ。武器ってのはそれ相応の者が持たねーと、ただ振り回されて使われるのがオチだ。それにおめえ、そもそもその剣買えるだけの金もってねーだろ」


 スキンヘッドの大柄の武器屋の店主が呆れたように言ってくる。実はこの武器屋、ヨルクはちょくちょく通っていた。

 店主の名は、シーク・コルビジュ。昔はそこそこ名が通っていた元銀ランク冒険者だった。その為に武器にはかなりうるさいのだ。

 お金があったとしてもシークがその客に見合わないと判断すれば決して売らないという徹底ぶりである。

 僕は溜息を吐き、せっかく武器を見て気分をあげていたのに余計なお世話とはこのことだとぼやく。


「いいだろ。見るのはただなんだから」


「別にいいけどよ。おめえ金があるわけじゃないんだろ? あっても今のおめえには売らないけどな」


「この間、銅ランクになったんだぞ」


「胴ランク程度の冒険者にはその炎の剣は荷が重いって言ってんだ。いいか? 銅ランクと銀ランクの間には途方もないほど開きがある。銀ランクに上がった者は冒険者ギルドに置いていわゆる看板冒険者扱いになるんだ。そしてそれはそのまま冒険者ギルドの力を表す」


 店主が得意げに腕を組み目を閉じる。


 僕は炎の剣をあきらめ、他に目を移す。そこには魔法銃と呼ばれる武器が飾られている。

 扱っている冒険者は少なく珍しい品である。元々は魔法を扱えない種族が微量の魔力でも戦える術はないかと発明されたアイテムらしい。


 トリガーと呼ばれる部分には使用者の魔力を送り込むルーン文字が刻まれ、引くと中に装填された弾が発射される。という仕組みらしいが実際に使ったこともなければ持っている冒険者の知り合いもいないために今一よくわからない代物である。


「お、そいつはこの間仕入れた代物でな従来の魔法銃とはとちょっと一味違うんだぜ」


 店主はスキンヘッドをキラリと光らせる。

 この店主は度々珍しい武器を仕入れては訪れる客に講釈をするのが生きがいなのだった。

 それだけならかまわないのだが、こういう人種は何故か話が長い。


「あ、ぼく帰ります」


「まあ、聞いていけってどうせ暇だろ?」


「あ、いや、マジで暇では――っ」


 ガシッと襟首をつかまれる。ぐ、しまった。


 店主は聞く耳持たず魔法銃を手に取ると起用に指でくるくると回し、バッと構える。銃身は壁に焦点を合わす。


「こいつはな従来の魔法銃とはちょっと違ってな、これは魔法使いのための銃よ。トリガーに刻まれたルーン文字の使用が書き換えられ、素材も強い力に耐えられるように強度の高い物が使用されている。ここに俺の魔力を込めると――」


 銃の撃鉄と呼ばれる部分を店主が起こすと、トリガーと撃鉄の間に取り付けられた青い魔法石に稲光が起こる。


 指がトリガーを引いた。


 ズドンっと雷魔法が轟いたような音が銃口からほとばしり、青い閃光に包まれる。


「――っ」


 耳の鼓膜を突き破らんばかりの轟音に一瞬意識が飛びそうになる。

 光が治まると壁にぽっかりと丸い穴がきれいに空いていた。


「なななっ――」


「どうよ? 保持者の魔力を稲妻として変換し打ち出す。その魔力量が多ければ多いほど威力は膨れ上がっていくって代物よ」


 店主は指先でくるくると銃を回し得意気に言ってくる。

 なるほど、壁が板で補修されていた原因はこれか。このオヤジ試し打ちと称して武器の性能を訪れた客に自慢するのが好きだったな。以前は氷の剣を手に入れたと危うく氷づけにされそうになったことを思い出した。


「あんたそのうち捕まるぞ?」


 店主はニカッと笑みを見せる。


「そういやこの間めずらしいの仕入れたんだよ」


「無視か。この街の商人はみな自分中心か?」


 店主は奥から紫銀色のガントレットを出してきた。それは魔物の手を模したようなガントレットで不気味な光沢を放っている。

 どこかおぞましささえ感じさせ背筋をゾッとさせた。


「悪魔の手って言うんだ」


「悪魔の手?」


「おうよ。ガントレットはまあ手を保護する役目持つことは知ってのとおりだが、こいつはな武器を扱う為の補助器具の役割を持つんだ。使い方は簡単、手にはめるだけだ」


 すると店主はすぽっと自身の手にはめた。おいおい大丈夫なのか? ぼくだったらあんなおぞましいガントレットはめたくないぞ見た目からも絶対呪われているよ、あれ。


 「そして――」


 店主はその辺に並んでいた一本のダガーを手に取り、どこに置いていたのか店主の腕ほどはある丸太をテーブルにドンっと置く。


「そんでこいつでだなー」


 店主は悪魔の手でダガーを持つと、持った瞬間にガントレットに淡い紫紺の魔力が循環しだす、すると奇妙な駆動音を響かせ始める。


 店主が「ほいっ」と丸太を宙に放る。ゆっくりと宙を回る丸太が店主の眼前に落ちてくると、その悪魔の手にもたれたダガーがキラリと光った。

 幾筋もの剣閃がパッと丸太に走る。


 トンっとテーブルに着地した丸太に目を見張った。


「す、すごいっ」


 ただ一言そう漏れた。


 そこには丸太ではなくドラゴンが鎮座していた。

 鋭い爪に獲物を射殺すような眼光そして鱗の一枚一枚がとても丁寧に削られている。折りたたまれた翼の部分は木目がまるで血管のように浮き出ている。

 まるで今にも動きだしそうなドラゴンの木像である。

 

「こんなもんよ」


「いや、これは、すごすぎる。シークさんこんな特技があったんですか」


「バカ言っちゃいけねえよ。確かに彫り物が趣味だが、さすがにここまで精巧にはできねえよ。ここまで精巧にできるのもこいつの、悪魔の手のおかげよ」

 

 店主は別の木像をごとりと出してくる。それはお世辞にも上手いと言えるものではない。なんだろうブタ? ブタかな。


「まあ、普段の俺ならこんなもんよ。まあこれでも中々の出来栄えであることは確かだけどよ」


「ブタですか?」


「グリフィンだ」


「……とんでもない代物ですね、その悪魔の手」


「こいつはその昔、ある剣士が持っていたものだ。その剣士は右に並ぶ者はいないとまで言われた剣士だったが、その剣士はだからこそ自分の人の限界に気づき絶望した。そこに悪魔が囁いた。死後お前の魂をくれるならば願い叶えてやろうと。剣士は悪魔と取引をおこない悪魔の手を手に入れたって話だ。こいつを手に入れた剣士は当時悪魔のような強さを誇ったって話だぜ。一節にはその剣士は魔王として君臨したって話もある」


 一瞬にして精巧に削られたドラゴンの木像をみてその性能の凄まじさにごくりと喉を鳴らした。


「ま、おめえには過ぎたアイテムだから売らねえけどな」


「え、いやじゃあ、ださないでよ」


 店主は満足したのかもう何も言わずに店に置かれている武器の手入れを始めだす。


「いや、自分が満足したら客はもう見えないのか?」


 ふん、今に見てるがいいさ。ゆくゆくは勇者パーティに入り、捲るめく冒険の旅に出やるさ。その時に金を貯めてその悪魔の手は貰っていく。

 そしてぼくは世界一の剣士としてこの大陸に名を馳せるのだ。


「そろそろいくか」


「まあ、頑張りな」


 扉を開き外へ出た。


「いやー、今日も中々いい物見れたなー」

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