第14話 弱小冒険者の寄り道店舗は水の精霊を魅了する。その一

 太陽が青空に昇るころ、僕はいつものように大きなあくびしながらクエストを求めギルドを訪れていた。

 

「おー、ヨルクおはようさん。今日もいい天気だな」


 ハリスがカウンターからこちらに手を振ってくる。その手にはジョッキが握られている。

 気のせいか少し顔が赤いようだ。どうもこんな真昼間から酒を飲んでいるようだ。


「??」


「ヨルク知っているか。勇者カミュの話なんだけどよ」


「勇者? 何の話だよ」


 ハリスはこの手の情報にはとても詳しい。どこから仕入れてくるのかは知らないが、勇者の最新情報を知りたくない冒険者はこの街にはいない。

 ハリスもそんな僕の様子を見てとったかしたり顔をして話だす。


「それがよ、勇者一行があの火山大陸で見事、火の精霊の加護を無事に受けたって話よ」


「ほんとかよ! それは世界にとっていい知らせじゃないか。これで魔王討伐に一歩近づいたんじゃないか」


「そうなんだけどよ次に勇者一行は水の精霊の加護を受けようと水の迷宮に向かったらしいんだけどよ。どうも迷宮攻略に手こずってるって話だぜ。聞けば船が必要だとか」


「船? 船なんかその辺で調達すればいいんじゃないのか?」


 ハリスがずいっと身を乗りだす。


「それがよただの船じゃダメらしいぞ? 加護を受けるには水の迷宮の奥、精霊が住む城まで行かなきゃならないらしいからな。迷宮には様々な試練が待ち受けているそれを乗り越えることができる特別な船が必要ってわけよ」


「はー。やっぱり世界を救う旅ってのは一筋なわじゃいかないんだな。勇者は大変だ」


「まあ、ヨルクには関係のない話だけどな」


「おい、ハリス。知っているぞ? メルティが銀ランクに上がったらしいじゃないか?」


「ヨルク。お前ブーメランって知っているか?」


「知っているけど、なんだよ?」


「その言葉、そっくりお前にも返ってきてるからな」


「……確かに。ランクの話はやめよう。そういや、今メルティの荷物持ちしてるらしいな? それで昼間からやけ酒しているのか?」


「言うなっていったろー!」


 ハリスは涙と鼻水を滲ませカウンターを叩いた。


「……あの、ギルドの受付を酒場のカウンターに見立てて持ち込みのビール煽るのやめてもらっていいですか?」


 受付嬢のアリシャが困った顔で言ってくる。


「なんだよアリシャー。傷ついてんだよー、こんなときはもっと優しくしてくれよー」


 泣き崩れやけ酒を煽り続けるハリスにアリシャは冷徹な眼差しを送っている。

 アリシャにうざ絡みをしているハリスは放っておいて僕はクエストを見に行く。

 

 掲示板の前にはすでに人だかりはなくあらかたクエストが剝がされた後ではあったが何枚か残っている。


「何かいけそうなクエストはーっと」

 

『不器用な私』……水の都に案件を抱えているにも関わらず自身の腕のなさが不甲斐ない。構想は完璧であるのになぜ神は僕に才能を与えてくれなかったのか。冒険者の方、どうかこの僕に起死回生の知恵を教えてください。


『時計台の手伝い』……時計台の調子がおかしく修理しようと思ったのだが、弟子がここ最近体調が悪く人手が足りない。修理手伝いの依頼を頼む。


『南の街へのキャラバン』……南の街へはウーサの森を抜けなければいけない。森には山賊や魔物の目撃情報が、被害にあったとの情報もある。そこでキャラバンの護衛を求む。

 

 僕は『時計台の修理』のクエストを剥がした。

 

「ハリスー、じゃあ僕はいくからなー」


 声を掛けると、ハリスが手だけ振っている。まあ、すぐに立ち直るだろうと僕はクエストの依頼主の元へと向かった。


                   ●●●


 混沌街のビルネツアは今日も盛況である。荷馬車は行き交い、露店には見たこともない魔物の尻尾や爪などが並び怪しさと熱気を街に醸し出している。


「今日も盛況だなー。この街には休日という言葉はないのだろうか?」


 農村生まれの僕も随分と働き者だったけど、この街の人には負ける。朝から晩までこの熱気は冷めることはない。時は金なりと言わんばかりに商売に精をだす。

 そんな馬車馬のように働く人たちに時間を知らせるのが時計台の鐘だ。


 鐘の音は針が時刻を指すと鳴り響く。この時、街の住民は時が経ったことにようやく気づくのだ。

 農村では時間という概念は希薄だった。空の闇が薄くなると起きだし、日が昇るとともに働きだす。日が沈むと働くのをやめる。

 それが農村での僕の生活であった。

 時計台の鐘の音は僕がこの街にきた感動の一つだった。

 

 風切り通りを露店通りにぶつかるまで歩き、そこを右に曲がると、夕焼け色の傘を被った時計台が見えてくる。

 文字盤の針はもうすぐ11を指す。すると更に上の鐘が鳴るという仕組みであった。

 カチリと針が進み針は11を指すが、鐘は鳴り響かない。


「ほんとに故障したんだ。そういえば朝も鳴っていなかったよな」


 僕は建物の扉を開き階段を上がっていく。耳に歯車が噛みあう音が聞こえてくる。

 階段が終わると、天井から梯子が下りた部屋に出る。

 依頼人らしき人物は見当たらない。この上の階だろうか。


「すいませーん。ギルドから依頼を受けて来た者ですけどー」


「おお、来たか。そこの梯子を昇ってきてくれ」


 僕は梯子に手をかけ更に上へと昇っていく。

 ぽっかり空いた天井を抜け顔を出すと、そこは無数の歯車で埋め尽くされていた。

 僕は圧倒され、思わず感嘆の息を漏らす。

 縦に噛みあっている歯車に横に噛みあっている歯車。何か棒のような物の先に溝があり、それに噛みあっている歯車も。


「すごい。どの歯車が噛みあって動いているのはさっぱりわからない。ほんとうにこれ全部が必要なの?」


「もちろんじゃ。この一つ一つの歯車のどれが欠けてもこの時計台の時計は動かぬ。結果、鐘が鳴ることはない。だからこそわしらが必要なのじゃ」


 飛び切りでかい歯車の影から髭を蓄えた好々爺といった初老の男がひょっこりと顔だした。ただその体は今だ現役であることを主張するように腕の筋肉はヨルクなんかくらべものにならない太さだった。白い麻のシャツにポケットのいくつもついた茶ズボン。腰袋には数えきれない工具が刺さっている。

 まさに親方といった風体だ。


「あ、ぼくギルドから依頼を受けてきましたヨルク・コンフォートです。今日はよろしくお願いします」


「ああ、よろしく。わしはこの時計台の管理を任せられとるファン・リルキンじゃ。さっそくで悪いんじゃがお主に探してきてほしい部品があるんじゃ」


「部品ですか」


「ああ、どうも時計の針が稼働する部分と鐘のなる仕掛けの部分の歯車が破損しておるみたいでの、代わりの歯車を探してきてほしいのじゃよ」


 リルキンさんはそう言うと、歯車差し出してくる。それは虹色の歯車で中心から亀裂が入っている。どこかでみたような……。


「この歯車は特別な素材で作られていての、わしは代わりを持っておらんのだ。そこでお主のような冒険者であれば見たことあるかもしれないと思っての」


 僕はじっとそれを見つめる。確かにこの歯車どこかで見かけた気がする。どこだったか、とても灰汁の強さを食らった記憶が残っている。


「……っあ、ミルクさんの道具屋!」


 そうだ、確かあそこで虹色の歯車を見た。


「リルキンさん。僕に任してください」


 胸をドンっと叩いた。


                 ●●●


「え!? 売れた?」


 金髪ツインテールのミルクが肩を竦める。

 

「ええ、ついさっきね。なんかこんな精巧な歯車みたことないって興奮して購入していったわよ」


「どんな人だったか覚えてます?」


「ええ、特徴ある人だったから覚えているわ。ひょろっとした長身で目がギョロっとしててどこか狂気じみた人だったわ。こう目が落ちくぼんでて何日も寝てないのか隈もできててまるで骸骨みたいな顔してたわよ。間違っても友達にはなりたくない相手ね」


「ひょろっとしてて長身、そして狂気じみた眼孔。まるで骸骨……めちゃくちゃ怖いですね」


「あら、狂気じみた人だったけど礼儀正しい人だったわよ」


 ミルクさんは別にそんな人間はそこまでめずらしくもないとその平然とした顔で告げてくる。特徴はある人であったが、別にめずらしくない。それはこの街の妙な層の厚さを思い知らされる。


 僕は店を後にしミルクさんの証言のもとその人相の人物がいないか街を探し歩いた。

 だがこの混沌街と呼ばれるだけあって特定の会ったこともない人物を探しだすなど砂丘に落ちた砂金を探しだすことと同等の行為であることに気づき、すぐに弱音が漏れるのだった。


「当てが外れたなー。さてどうしようか」


 露頭に迷っているといつの間にか周囲の壁が板張りで補修された場所に辿り着く。そこに青い扉があった。

 扉の上には剣が描かれた看板が揺れている。


「武器屋だ。気分転換にちょっと寄っていくか」


 ――カランと鈴の音が鳴る。


「いらっしゃい」

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