第13話 弱小冒険者の寄り道店舗は呪われた少女の明日を切り拓く。その三
「おう、ヨルク。地下水道はどうだったー?終わったのかー」
案の定、酒場ではハリスがジョッキ片手に一杯やっていた。
ハリスが座ってるテーブルには見覚えのある二人が座っている。
アルバートと確かすごい非力の猫人だ。名前は聞いていなかったな。
ハリスがこちらに手を振ってくる。
「おうヨルク。こちらアルバートさんだ」
もちろんそんなの知っている。銀ランク冒険者のアルバート・クレッツォと言えばビルネツアでも屈指の冒険者の一人だ。そもそもなぜこんな大物とハリスがパーティを組めているのか謎だ。
「あっ、そのどうも、僕ヨルクと言いまして、そのハリスと、その……」
「ははっ、なーに緊張してんだヨルク。まるで村里に降りてきたゴブリンみてーだぜ?」
この野郎、自分がアルバートさんと同じパーティであることを暗に自慢したかったんだな?
大方、今日は自分が奢りますとか言ってこの安酒場にアルバートさんを連れてきたんだろう。そもそも僕のどこに村里に降りてきたゴブリンの要素があるんだよ。
「ヨルク・コンフォート君だろう? 知っているよ。僕はアルバート・クレッツォだ。よろしく」
(――な!? あのアルバートが僕のこと知ってくれているのか。これは嬉しい。まあ、大方、ハリスから猫専門の冒険者とでも面白可笑しく伝えられているだけだろうけど)
「猫専門に仕事を請負っているって有名だ」
やっぱり。
僕はテーブルに突っ伏した。
ハリスがケタケタと笑い僕の背をバシバシと叩く。
(この野郎、いつか見てろよ? 見返してやる)
「なあ、ヨルク君。少し相談なんだが」
(……ん?)
僕は顔をあげるとアルバートさんが真剣な目でこちらを見てきていた。
「相談ですか?」
●●●
「……なるほど。メルティさんが扱える武器を知らないか、ですか」
僕は困ったなと頭を掻く。ハリスに聞かれたときもこれといって思いつかなかったのだ。
メルティと呼ばれる猫人は隣で猫耳をしゅんと折れさせ、申し訳なさそうに顔を伏せている。
いや、確かに猫専門の冒険者と呼ばれているが、猫と名のつくものであればすべて請負うとは言っていない。というより猫専門を認めているわけでもない。
ただ、アルバートさんがあまりにも真剣なので僕はもう一度、自分の記憶を総動員して考える。
「すみません。やっぱり、僕もそんなに軽い武器は……」
「そうか、いやすまない猫専門だと聞いて、メルティも猫といえば猫だし、もしかしてと思ってな」
アルバートさんのその言葉にふいに疑問を湧いた。
(……この人、結構、天然なのか?)
猫専門とメルティさんが猫人であることで、ここは繋がっていることは理解できるが、だからといって、呪いを掛けられたメルティが扱える軽量の武器を知っているかどうかは別の話だ。猫のキーワードが入っていれば何とかしてくれるかもしれないとそう思うほうがどうかしている。悪い人ではないのだろうけど、少々鈍いのではないだろうか? そもそも――、
「ヨルク? おいヨルクどうした?」
「――っ!? ああ、いや、なんでもない。とにかくすいません。お力になれず」
メルティは更に意気消沈したように俯いている。
アルバートはやってきた料理をメルティによそおい「食べろ」と父親のような顔を見せる。
聞けば彼女メルティは魔物が巣くっていたダンジョンに囚われていたらしい。アルバートさんとハリスはそのダンジョンの攻略中メルティさんを発見し、助け出したということだった。
なぜそんな所にと聞けば、故郷で人狩りに捕まり、奴隷として売られていく最中に魔族に襲われ、捉えられたということだった。アルバートさんによれば恐らく何かしらの実験の為に。
そこで彼女は魔族によって非力になるという呪いを受けた。
僕はメルティに視線を向ける。
彼女は目の前のスープを飲もうと木製のスプーンを掴むがその手は震え、重さに耐えきれなったのかスプーンを落としてしまった。
「あ、ああ、ご、ごめ、ん、なさい……」
彼女にとってみればあのスプーンは鋼よりも重いのだ。
あの木製のスプーンよりも軽く、彼女が持てる武器があったとしても、それを武器として扱えるのかは疑問だ。
「大丈夫だ。僕が食べさせてあげるよ……」
アルバートは給仕に替えのスプーンを頼むと、そのスプーンでスープを掬い、かいがいしく彼女の口元に運んでいた。
なんとなく察した。きっとアルバートさんは彼女に生活の為の手段を与えようとしているんじゃないのかと。冒険者として強くなれば、彼女はきっと自分がいなくなってもやっていけると。
僕は、なぜアルバートさんがハリスをパーティにしているのかなんとなく察した。たぶんこの人、底抜けに人が良いんだ。
少しズレているこのアルバートという冒険者を僕は心の底から尊敬した。
なんとかしたい。心からそう思うが何も浮かばないのがくやしい。
「すまない、もし何か思いついたりすればハリス伝てに教えてくれ」
僕は頷きそこで話は終わった。
その後は、いつものように安酒場の一番安い料理を頼み、一日の締めとして、ハリスやアルバートさんメルティに今日訪れた防具屋の話をした。
せめて訪れた店での僕のばかばかしい体験を聞いてもらって笑ってもらいたいと思ったのだ。
「それがですよ? ハーピーの羽でできた防具があったんですけど、軽いのは分かるんです? でも着たらちくちくどころじゃないんですよ。あんなの防具じゃないですよ!」
身振り手振りを交えてできるだけ大仰に話す。ハリスは爆笑し、メルティもくすくすと笑った。僕は嬉しくなる。僕が体験した店のあれこれを話すこのときが僕にとって一番楽しい時間であると共に、少しでも笑ってもらえることが僕にできる唯一のことのような気がしたのだ。
ただ、アルバートさんは考え込むように一点をじっと見つめている。
あまり面白くなかったかな?
「ヨルク君」
「っは、はい?」
「その店の場所、詳しく教えてくれないか?」
「え? はい別に大丈夫ですけど」
アルバートさんに詳しく店の場所を教えてると「すまない用事を思い出した」お代を置いて酒場から出ていった。
僕とハリスとメルティは顔を見合わせる。
なんだろう? とは思ったが考えてもしょうがないので、その後も酒場で飲んで食べて騒いで一日を終わった。
●●●
次の日、ギルドへと向かった。そこで管理局の人たちと落ち合う約束をしていたからだ。ただ、気がかりが一つ。
「おはよーございます」
すでに管理局の人たちが来ており、なにやら受付のアリシャと何事か話をしていた。
僕の姿を認めると、管理局の人とアリシャが具合の悪そうな笑顔をこちらに向けてきた。
(やっぱりか……)
「あ、ヨルクさん。あの今回のクエストの件なんですけどー」
アリシャさんが言いにくそうな顔をしている。
僕は察する。別にめずらしいことじゃない。よくあることだ。期限付きのクエストにかけては特に。
管理局の人たちも申し訳なさそうな顔でこちらに頭を下げてくる。
この人たちだって仕事なのである。いつまでも弱小冒険者に付き合っている暇はないのだ。
「いや、タハハ。確かに今の僕じゃスケルトンは荷が重いです」
「おう、おはよう! あっ、ヨルクヨルク」
いつものようにハリスがギルドに顔だし僕に近づいてくる。
僕は拳を握りしめ、なんとか笑顔を作った。
「お。おう、おはようハリス。今日もいい天気だな。よーしクエスト頑張るかっ」
「おう、そうだな。頑張ろうぜ。でさ、お前にアルバートさんから預かりものだ」
「アルバートさんから? なんだよ」
「お前、防具の類一切持ってないだろ? それでアルバートさんがお前に礼がしたいってよ」
ハリスは手に持っていた布に巻かれた物を渡してきた。
僕はそれを受け取り、布を解く。
「お礼? とくにお礼されることやってないけど――、これ、竜の皮の盾じゃないか!?」
それは防具屋で見つけた。竜の皮の盾であった。
「なんで!? こ、これ結構高いやつだぞ?」
「ん? それがよお前が昨日教えてくれた防具屋に精霊シルフの加護を持ったグリーブがあっただろ?」
「あ、ああでもそれが一体」
「まあ結局よ。手で扱えそうな武器は諦めてよ。だったら元々の駿足を活かしてはどうかって案をアルバートさんが出してね。そこであのシルフの加護を持ったグリーブで更にスピードを強化してみたのよ。これがよ俺もびっくりしちまったよ。もう目で追えねえってくらいのスピードなのよ。あれは驚いたね。そんでよ、そのスピードから繰り出される蹴りったら岩さえ切り裂きやがった。足には呪いの影響はないからよ。ま、実際、実践で試してみねーとわかんねーが。ははッ、とにかく猫専門の冒険者に任せて正解だったな」
僕にはすでにハリスの声は聞こえておらず皮の盾を見ていた。これがあれば、スケルトンの攻撃を防ぐことができる。
僕は管理局の人たちとアリシャが話を進めようとしているところに割って入った。
「??」
「あのっ、もう一度、もう一度挑戦させて貰えないですかっ。今度は必ず浄化室までお連れします。お願いします! もう一度チャンスをください!」
僕は何度も頭を下げ続けた。管理局の人たちは少し困ったように顔を見合わせると根負けしたように笑った。
「では、お願いします。ただし、今回ダメであったら他にお願いしますよ? 私どもも仕事ですから」
「――はいっ! 必ずあの骨野郎ぶっ倒して浄化室まで道を切り開きます!」
やってやる。やってやるぞ!
僕はさっきまでとは別の意味で拳を握り込み己を奮い立たせる。
●●●
地下水道に降り、昨日と同じ道順を辿り、浄化室前に辿り着く。
カタカタと耳障りな異音が納まるとそこにスケルトンが姿を現した。
伽藍洞の暗闇に赤い眼がちらつき、こちらを覗く。
僕は剣を抜き放ち、竜の皮の盾を装備した左手を前へ向ける。
「リベンジ戦の開始だ。かかってこい!」
スケルトンが力任せに振り降ろしてきた剣撃を盾で受け止める。衝撃に腕がしびれるが、盾は充分に機能し剣撃を防いでくれた。
(いける――っ)
僕は盾で剣を打ち払う。
斬りかかる僕の剣をスケルトンはならばと盾で防いだ。剣は受け止められ肉薄する。
「こなくそっー」
スケルトンがゆらりと動き、僕の体をいなす。バランスの崩れた僕に向かってスケルトンが盾をぶつけてくる。
(待ってたぞ!)
大振りに放たれる盾の攻撃を僕は間一髪で避け、振りぬいた恰好の隙だらけのスケルトンに、盾の体当たりをお見舞いしてやる。
「お返しだー!」
ドンっと突撃の衝撃にスケルトンがよろめき倒れる。
僕は剣を振り上げた。スケルトンは盾で防ごうとするが、残念ながら僕のほうが早い。
盾で塞がれる前に、顔がこちらの姿をとらえた瞬間その頭部に剣を突き立てた。
「――っ」
伽藍洞の光が明滅しやがて消えていく。あれだけ苦労させられた骨の魔物の身体が灰のようにあっけなく崩れていき煙のように消えていった。
地下水道の流れる音だけが聞こえていた。
ヨルクはスケルトンを倒したことを理解するとその場にぺたりと座り込み、拳を握りこみ込み上げる激情を解き放った。
「――勝った! 勝ったぞおお!」
勝利の雄たけびと管理局員の賞賛の声が地下水道に響き渡った。
その後、無事に管理局の人たちは浄化室の魔法石を交換し地上まで戻りクエストは終了したのだった。
こうして僕、ヨルク・コンフォートはまた一歩冒険者の階段を上った。
●●●
ちなみにハリスのパーティの猫人の少女はそれから大活躍を見せ、『暴食のトード』を倒し、『伯爵魔人』も倒してしまった。
彼女の駿足はシルフのグリーブにより神速へと進化しそこから生み出される蹴りはまるでかまいたちのような鋭さで斬りかかり、一瞬のうちに魔物を切り刻んだと言われている。その姿に、『風神』の二つ名で呼ばれるようになる。
もちろんハリスはあっさり彼女に追い抜かれ、少女は銀ランク冒険者に、後に彼女は自身の脚力とグリーブの強化、そして精霊シルフの魔法を会得し、ついには鋼を紙でも裂くように蹴り裂いたと伝えられる。
ビルネツアの金ランク冒険者といえばという酒場の話題には、まず必ず『風神』メルティ・ラグナの名が上がった。その後、彼女は世界の英傑に数えられるに至るが、それままだ先の話である。
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