第12話 弱小冒険者の寄り道店舗は呪われた少女の明日を切り拓く。その二
店内にはずらりと防具が並んでいた。まず目についたのは店の中央に飾られたプレートアーマーだ。冒険者であればまず憧れる鎧の一つだ。全身を金属で覆われているためにどこを攻撃されても隙がない。その分、重く、装備する人間を選ぶ鎧である。
僕が装備したらその重量で動けず、ボコボコにされるだろうな。
壁にはチェインメイルやラウンドシールドに魔法石をはめ込んだいわゆる魔法の盾が飾られている。他にも高価そうな氷のような透き通った盾。
床には精霊シルフのレリーフが施されたグリーブと、隣には僕をかるく包み込んでしまえそうな大盾が置かれている。
「あるある。いいなー。僕だって防具の一つや二つ装備してれば、あんなスケルトンに後れを取ることなんかなかったんだ。この銀のプレートアーマーとかいいよな。あ、それともこっちの氷みたいな盾なんかも良さそうだ。それとも頭を守ったほうがいいかな? こっちの鉄兜なんか……。いや僕じゃこんな重いの無理か。お、これは精霊シルフのレリーフがカッコいいグリーブだ」
「あんら、お客様お目が高いわ。それは精霊シルフの加護がかかったグリーブよ。装備すればその加護によりすばやさが増すわ。あととっても丈夫ね。掘り出し物よ」
声に振り向くと、ぎょっとした。カウンターに上半身裸の筋骨隆々の男が立っていた。その体を惜しげもなく披露している男がどうやらこの店の店主のようだ。
「『鋼の心屋』のマスター、ヴィヴィアン・ホーガンよ。お見知りおきを」
筋骨隆々の男がくねくねとカウンターから出てくる。
「ヴィヴィアン、さん?」
「んっんっん。ヴィヴィアンでいいわよ。それでどんな防具をお探しで?」
「ああ、いえ、そうですね。僕そんな筋力がないので重い物は無理っていうか、できれば軽い防具が欲しいんですけど。タハハ」
「あんら、だったらこれがいいわ。これ」
そういうとヴィヴィアンが持ってきたのは、黄金に輝いた――。
「ティアラなんかいかが? これなら軽さの割に太陽の女神の加護によって防御力も申し分ないわ。それに、あらー。あなたよく似合うわ。まるで茨のお城から抜け出してきたお姫様のようよー。うふ。ちなみに推定防御力は51よ」
「51!? え? ティアラなのにそんなに防御力があるんですか!」
推定防御力とはその防具が持っているおよその防御力の数値である。この数値は国家機関の耐久試験によって算出され、防具類を買う一つの参考にされている。
あくまで定番の防具類(例えば皮の鎧であれば防御力8だとか)だけに行われる耐久試験であるために、この世界にあるすべての防具に試験を行ったわけではない(そもそも行えない)ので、推定という言葉が使われているのだが。
「ほんとーですか?」
僕は疑心に満ちた目でヴィヴィアンを見る。
「あら、何よ信じられないわけ? これでも私は防具鑑定士としての国家ライセンスも持っているのよ。ほら」
そう言うとヴィヴィアンは一枚の銀のプレートを取り出した。そこには車輪と鎧が彫られている。
「このライセンスに誓って、嘘は言わないわ。もちろん環境や相手によっても防具類の防御力は上下するから確実だとは言えないけどね。あくまで参考ね」
僕はそれをまじまじと見る。なるほど本物のようである。まあ言われることすべて信用できるかと言われれば首を捻るが、その辺の悪徳商人よりはよっぽどまともな商売をしている人のようだった。
ただ――。
「僕はお姫様じゃないので、これはちょっと。他のないですか?」
「あら? 今時お姫様に男も女も関係ないわよ? なーに? あなた古臭い考えの人? 残念ねー。とても似合っているのに」
(いや、さすがに男がお姫様だったらおかしいだろ)
「他のはないですかね? 軽くて防御力抜群で、あと男性用で」
「そうねー。これなんかどうかしら?」
店主が持ってきたのは黒い羽で覆われた鎧のような物であった。
「フェザーアーマーよ。どうかしら? これなら軽いし、結構防御力もあるのよー。推定防御力58って所かしら?」
「58? こ、これほんとにそんな防御力あるんですか? わっなんですかこれよく見れば骨組みみたいな物に羽をつけているだけじゃないですか」
「この羽がミソよ。この羽はね、ハーピーの羽なのよ」
「ハーピー?」
ハーピーと言えば女性の頭を持つ鳥の姿の魔物で、北の山に生息している凶悪で冒険者からはかなり嫌われている魔物である。その理由は食料を見つけるとむさぼり食い、あげく食い散らかした食べ残しに汚物を残していくというまさに不潔の代名詞のような魔物だからだ。
ただそのハーピーから放たれるフェザー攻撃はかなり強力だという話である。
噂では鉄の盾を貫通させる個体も存在するとか。
「そう。ハーピーの羽はね。繊維がとても固く鋭いうえにかなりの軽量。ちょっと着てみてちょうだい。きっとすごく似合うわ」
そう言うと店主は僕にフェザーアーマーを着せてくれた。
「わっ、本当だこれは軽い。へー、知らなかったな。でもこれなら僕でも大丈夫そうだって、痛い! 羽の繊維の一本一本がまるで針のように僕に刺さってくるんですけどっ。ちくちくどころの騒ぎじゃないよこれ!」
「でもとても丈夫なのよ? それに刺激的、あと派手ね巷の視線を独り占めよ?」
「いやこれ刺激的過ぎますよ。それに巷の視線を独り占めしたいとも思いません。というか敵から防御できたとしても、この鎧が僕にダメージを与えてくるわ。敵と戦う前に力尽きるわっ。次の日、街の路地に羽を纏った人間が倒れている光景しか想像できんわっ」
僕はフェザーアーマーを「いつつつ」と脱ぎ店主に戻した。
「あの……」
「そうねー、じゃあこういうのはどうかしら?」
「あの、普通のでいいんですけど」
「これよこれこれ」
店主が取り出してきたのは、半透明の鎧だった。手触りは皮よりもブヨブヨと柔らかい。
「これは、なんですか?」
「これはスライムアーマーよ。私も製造方法は知らないけど、賢者の秘術か何かでスライムと皮を合成するそうよ。それをなめして鎧として加工した物がこのスライムアーマー。軽量でしかもスライムの打撃攻撃を寄せ付けない特徴を兼ね備えているからかなりおすすめの品よ。推定防御力は、48ね」
僕は着用して驚いた。
「へー、さっきのフェザーアーマーと比べて少し重いけども。これぐらいであれば全然気にならない。なにより動きやすい。腕の稼働をまったく妨げない。これ、すごいですね」
僕は素直に感嘆してしまった。しかも打撃を寄せ付けない防御力。剣撃にも対応するという。これは掘り出しものだ。
「こ、これ、いくらですか?」
「おおまけに負けて五万ルノってところね」
「た、高い……」
店主は肩を竦める。
「結構貴重な防具だからこれ以上は値段は下げられないわねー。そうだ、だったらこれはどうかしら? 割とお求め安い価格よ」
すると店主は壁に掛けていた盾を手に取った。
一見すると普通の皮の盾に見えるが。
「これだったらもっとお安いわよ。皮の盾。定番のアイテムね。でも、ただの皮の盾じゃあないわよー」
(ただの皮の盾じゃないってどういうことだろう)
僕は店主から盾を受け取る。重さはいわゆる普通の皮の盾と変わらない。いや少し軽いかな? 皮の部分は確かに他と比べて固いか? うん、いやこれはかなり固いぞ。
僕は店主を見ると、にこっと店主は笑う。
「それは竜の皮が使われてるの」
「竜!?」
「そう竜よ。といっても小型竜種のリザードラゴンの皮だけど。比較的竜種の素材としては入手しやすい部類のものね。だけどそこはさすが竜種。その辺の動物の皮とは段違いの硬さよ。そして皮だけに軽量だしね。推定防御力は18って所かしら」
(18。いわゆる普通の皮の盾の推定防御力は4、いいとこ6である。盾でこれだけの防御力だったら。た、確かにこれなら……、うん、良い、いやすごく良い)
僕の心はすでにこの盾に奪われていた。単純な強度だけなら鉄の盾だろうけど、そうなってくると重量があり、僕みたいな筋力に自信のない冒険者では重くて動きが鈍くなる。
でもこれなら竜種の皮という安心感、しかも加工されているために更に強度は増しているだろう。その上この軽さ。
(いける。この盾だったら、あのスケルトンの攻撃に耐えることができる)
僕は店主に視線を向けた。
「あ、あのっ、これ買います! ください」
ヴィヴィアンはにこりと笑顔を浮かべ手をパンっと叩く。
「まいどあり。お値段は一万ルノだけど、ちょっとだけまけてあげて九千ルノよ」
「……あの、二千ルノまでだったらなんとか」
にこっと笑う。ヴィヴィアンもにこっと笑う。
「またのご来店を」
――バタン。
カランっと鐘の音が虚しく夕暮れの街並みに響いた。
「いや、いい防具屋だったなー。すごい良かった」
さ、酒場に夕ご飯食べにいくかな。
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