第11話 弱小冒険者の寄り道店舗は呪われた少女の明日を切り拓く。その一

 

 ビルネツアに張り巡らされた地下水道。街中の生活用水が流れ、十数か所に設置された浄化装置へと送られきれいな水となって海へと排出される。

 浄化装置には高度な術式が組み込まれておりその魔法効果により沈殿したゴミや砂、汚れを消化することで、きれいな水へと戻す方法をとっている。

 各国で一般的に使われている仕組みであるが、これには定期的に動力である魔法石を交換する必要があった。


 今回僕、ヨルク・コンフォートはその定期交換を行う街の設備管理局員の護衛として地下水道へと来ていた。

 

「っこのやろ! ぬぬっ、どりゃー!」


 大ネズミの体当たりを避け、壁にぶつかり動きが止まった所に剣を突き立てる。

 じたばたと暴れもがく大ネズミが僕ごと剣を振りほどこうとする。その動きを見計らいこちらから突き立てた剣を引き抜いた。タイミングを狂わされた大ネズミは再び壁へと激突する。その機を狙い一気に剣を振り降ろした。

 

「ギギイイっ――」


 大ネズミは断末魔をあげるとその場に崩れ落ち絶命した。


「ふうー」


「さすがは銅ランク冒険者! 大ネズミをあっさりと倒しましたな」


「いや、やっぱり冒険者ってすごいなー。僕なんかビビって動けなかったですよ」


 ヨルクは額の汗を拭い、引きつりつつもなんとか笑みを浮かべる。

 とてもじゃないが余裕で倒したとは言い難い。いくら銅ランクに昇格したとしても別に実力が上がったわけではないのだから。

 これが普通の銅の剣であったなら僕の実力では大ネズミの肉を断ち切ることなどできないだろう。

 微量な光彩を纏う銅の剣を見て、この剣の威力に改めて感謝をした。


「ヨ、ヨルクさんっ――」


 管理局員達の驚愕した声に振り向けば、通路の床に黒ずんだ塊がブクブクと音をだし重力が反転したかのように黒い塊が浮き上がり、ある形を作りだしていた。

 それは骨であった。あばら骨が生まれ、腰骨、足の骨が生まれていく。

 カツンっと地下水道の床を擦る金属音が響く。手骨には一振りの剣が握られている。

 そして頭蓋骨が生まれた。その伽藍洞の窪みにちらちらと眼光が揺らめいた。


「――スケルトンっ!?」


 僕はこの『地下水道の護衛』を引き受けたことを少し後悔した。


        ●●●



 いつもの冒険者ギルドへと訪れいつものようにクエストを眺めていた。日課である。


『地下水道の護衛』……浄化装置の定期交換の日がやってきた。地下水道には大ネズミがうようよ棲みついている。今回も私たちの護衛をよろしくお願いします。


『暴食トード』……沈黙の森に暴食トードが現れた。我らエルフの手で始末をつけたいが、我らエルフはあのような穢れたものに触れることはできない。かといってこのままにしておくこともできない。そこで暴食トードの退治できる者を不本意であるが求む。


『高台に朽ち果てた館に伯爵魔人』……最近、街から北へ行ったさきにある高台の洋館にどうもきな臭い者が棲みついている。情報によると魔王軍である可能性が高い。調査をかね、もし魔王軍の手の者であれば至急、討伐せよ。



 僕は危機感を覚えていた。このままでは本当に猫専門の冒険者になってしまうのではないかと。猫脱却のために猫以外のクエストをこの辺で受けないと。

 そこで僕は自分のレベルでも頑張れば達成できる可能性のある『地下水道の護衛』のクエストを選んだ。地下水道にでる魔物は多くが大ネズミだ。大ネズミが相手であれば僕だって後れはとらない。


「おう、ヨルクおはよーさん。今日も盛況かー?」


「ん? ああハリスか。おはよう」


「よう。今日も猫のクエストか? どれどれ」


 ハリスがひょいっと顔を寄せてくる。


「なんだよ。やめろよ」


「兄貴分の俺が見てやるっていってんだ。『地下水道の護衛』? ああ、もう定期交換の日なんだな。銅ランク冒険者にしちゃまたしょっぱいクエストだな」


「誰が兄貴分だ。っこのやろ。お前はどうなんだよ」


 そこまで言って心中で舌打ちした。いつものハリスの手なのである。こうやって自分はこんなクエストを今受けているのだと自慢されるいつものパターンだ。

 しかし、ハリスは肩を竦めた。


「今は大したクエストは受けてねーんだよ。おれんとこに獣人の女がパーティとしてこの間、加入したんだが、これがすげー非力でよ。ダガーどころか果物ナイフさえ持てねーんだよ」


「はあ。果物ナイフ持てないってどんだけ非力なんだよ」


「なんでも腕の筋力を奪われる呪いの魔法を掛けられているらしくてよ。一切の武器が持てーねんだとよ。それでよ非力でも持てる武器はねーかって今は街の店を回っている最中なのさ」


「でもいくら扱える武器があっても非力じゃ魔物にダメージなんか与えられないんじゃないか?」


「それがよそいつすばしっこさだけは大したもんでよ。もし扱える武器が見つかれば化けるんじゃないかってリーダーが言ってんだよ。ここらで戦力をあげてもっと上のクエストを受けたいんだそうだ」


 ハリスを肩を竦めて溜息を吐く。


「そりゃ、大変そうだな」


「まあなー。それでヨルクさ。そんな超軽量の武器が売っているところ知らねーか?」


 これには僕は答えはノーだと肩を竦める。


「ハリス行くぞ」


 ギルドの入口に長身の青い鎧に身を包んだ精悍な顔つきの男が立っていた。

 ハリスのパーティのリーダーである銀ランク冒険者のアルバート・クレッツォである。

 アルバートの背に隠れるように一人の少女がこちらを伺っている。頭に猫耳が生えている。獣人って猫人だったようである。


「今行きますアルバートさん! じゃなヨルク。なんかいい案浮かんだら教えてくれよ。あとクエスト頑張れよ!」


 そう言うとハリスはアルバート達と去っていった。


        ●●●


 その後、僕はクエストの発注元である管理局へと赴き詳しい依頼内容を確認、地下水道の浄化室までの道順を記した地図を貰い、後日改めて管理局の人たちと地下水道へと降りてきたというわけである。

 浄化装置までの道のりを護衛してきたわけであるが……。


 スケルトンは完全に姿を現し、骨をカチャカチャと鳴らしこちらに歩いてくる。

 その手には剣が、もう片方の手には盾が握られている。


「ス、スケルトンって……ちょっと待ってくれよ」


 僕は冷や汗を流す。

 大ネズミなんかとはくらべものにならない強敵である。普通の銅ランクの冒険者であれば別に強敵ではないのだが、僕は運で銅ランクになったばかりである。

 だが僕は目をキッとさせる。いや運も実力のうちだ!


「やれる! やってみせる! 下がっててください」


 悲鳴をあげ管理局の人たちが後ろに下がる。


「さあ、こい!」


 僕は剣を構える。


 スケルトンが僕を獲物と認めると、その剣を力任せに降り降ろしてくる。僕はそれを銅の剣で受け止める。スケルトンはお世辞にも頭のいい魔物ではない。本能の赴くままに敵を認知し、斬りかかる。だからこそ僕にもつけ入る隙がある。


 本能の赴くままに降り降ろされるスケルトンの攻撃を何度も受ける。

 攻撃がワンパターンで戦いの駆け引きなどという大層なものはない。それでも殺気をまとい降り降ろされる剣撃は対峙する僕にとって充分に恐怖だった。

 その恐怖に負けまいと、決して後ろに下がるまいと足を踏みしめる。

 好機はくる。

 スケルトンの放った一撃を銅の剣でいなした。

 金属が重なり走る音と共にスケルトンの体制が崩れる。


(そこだ――っ)


 銅の剣を引き寄せ、がら空きになったスケルトンのあばら骨目掛けて剣を振るう。


――ガキっとにぶい音と共に剣が弾かれる。


(――っ!?)


 スケルトンは盾を使い僕の一撃を受けていた。


(――っな)


 盾を持っているのを分かっていてその存在を軽んじていた。

 体制が崩れた僕にスケルトンの剣が横なぎに振られる。

 僕は無様に地面に転がり間一髪避けた。


「はあはあ……はあ」


 スケルトンの追撃が放たれる。

 僕は転がり避け、体制を立て直す。


(ちょっと油断してた、でも今度は仕留めてやるっ)


 再びスケルトンに立ち向かうが、何度やっても盾によって攻撃を阻まれてしまう。本能だけで戦っている分、命を絶つ一撃には敏感に反応するのか、決して僕の剣をその身体に触れさせることはなかった。

 一方的に攻撃を受け続け、次第に体力は消耗していく。


「はあはあ、はあ……」


 致命傷こそ避けているがこのままだと……。


「っこなくそっ」


 スケルトンの剣を打ち払う。胴ががらあきになった。

 今だ! と僕は剣を突き入れる。瞬間――っ、殴打の衝撃に吹き飛ばされる。


「――がぁっ」


 視界に盾を振りぬくスケルトンを見た。


 (な――んだ、盾か。そうかああいう使い方もできるのか)


 地面を転がり壁に激突する。


「ぐがっ、くそっ、強い――」


 スケルトンが僕に剣を叩きこもうと距離を縮めてくる。


 その時、ガンっとスケルトンの頭部が激しく揺れた。


(――っ)


 ガシャンっと地面にカンテラが転がる。


「っこ、この、化物め……」


 管理局の人がカンテラをスケルトンに投げつけていた。

 スケルトンは何が起きたのか分かっていないのか動きが止まった。沈黙が流れた。

 その沈黙を早々に打ち破ったのは――。


「に、逃げろーっ!」


 僕の叫び声に、管理局員は堰を切ったように走りだし、僕も慌てて立ち上がる。

 僕ら三人は地下水道を全速力で逃走した。


        ●●●


 夕焼けが目に沁みらあと地上へと命からがら帰還した。

 今日はもう遅いということで管理局の人たちとは別れた。その時の管理局員の笑顔はどこかよそよそしく他人行儀を感じさせた。一抹の不安が過った。


(これはもしかして、クビかもしれない)


 なんとなくそんな考えが過る。せっかく猫専門を脱却するチャンスだったのに、何故スケルトンなどと出くわすのだ。確率的にはレアケースである。

 肩を落とす。


「酒場にいってハリスにスケルトン攻略法でも聞いてみるかなー」


 というかここはどこだ? 

 周囲を見回した。知らない場所である。そしてふと気づいた。

 少し歩いたその先に揺れる看板と扉を見つける。歩いていくと看板には鎧が描かれていた。鎧の意味は防具である。


(防具屋!)


 脳裏に盾を装備したスケルトンが浮かび上がる。あのスケルトンにはことごとく僕の攻撃を盾で防がれ、それどころか盾で吹き飛ばされた。対して僕はスケルトンの攻撃を剣やもしくは避けることでしか対応できなかった。もし、僕が防具を装備して入れば、スケルトンにあそこまでいい様にやられはしなかったかもしれない。

 少しずつではあるがお金も貯まってきた。ここらで防具を買ってもいいかもしれない。

 

 僕は期待に胸を躍らせ、扉を開いた。


――カランっと鐘の音が鳴る。


「いらっしゃーい」

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