第10話 弱小冒険者の寄り道店舗は勇者を讃える詩を響かせる。その三
追手は? いないと思う。路地にも外壁の窓にも姿は見当たらない。
僕は胸を撫でおろしとにかく全速力で『にゃーのこだわり』に向かう。
「あのすいません。お店の場所を教えて欲しいんですけどっ」
路地を突っ切ろうとすると突如声がかかった。立ち止まってしまったのは声がか細く勇気をふり絞るように出された声だったからだ。
そこには栗毛の少女が立っていた。少女はその背に自分よりも大きい布で包まれた何かを背負っている。
「あの、君はどこかで会ったかな? 僕急いでいるんだけど」
「すいません。なんか青髪の人が色んなお店のこと知ってて教えてくれるっていうからもしかしてと思って」
どうやら、僕の知人が僕を探すために人相を言いふらしているようだ。
僕は汗を垂らし頬を掻く。
とりあえずなんだか困っているようなので、一応この子が探している店を聞いてみるかと口を開く。分からなければ、申し訳ないけど誤って自分のクエストを優先しよう。
「それで君の探している店って、なんの店? 店名とか分かる?」
少女の表情がパッと明るくなる。
「あの、ちょっとマイナーかもしれないんですけど、店名はわからないんですけど、糸を取り扱う店なんです」
「糸?」
「はい。私吟遊詩人なんですけどなんでもこの街に伝説の糸があるとかで、その糸を使ってリュートを弾いてみたいのです。私色んな糸で試しているんですけど、どれも私の求めている音色とは違って、そしたらある森に迷い込んださいにこの街に伝説の糸を売っている店があるとかで訪れてみたんですけど。街がまるで迷路みたいで」
少女はしゅんっと俯き最後は愚痴をこぼすように呟いた。
事情の分かったヨルクは頬を掻き苦笑を浮かべる。まあ、この街は始めて訪れた者には難易度が高い。僕にも覚えがある。
「君の探している店かどうかは分からないけど、この先をまっすぐ行くと突き当たりに店がある。一応そこで糸を取り扱っているよ」
僕が指さして道順を示すと少女は顔を輝かせる。
「ほんとですか! あ、ありがとうございます!」
そう言うと吟遊詩人の少女はひまわりのような笑顔を浮かべ手を振り去っていった。
僕は少しだけ自分を誇らしく感じた。勇者カミュのように生贄に捧げられる少女を救うような偉業を成し遂げたわけじゃないけれど、それでも迷える一人の少女を笑顔にしたその事実は僕に自信を与える力となる。
僕はその気持ちそのままに『にゃーのこだわり』へと走る。
「おおお、おおおお、おおおおお。う、うり、売り切れ……ほ、ほんとに? 一個くらい余ってない?」
僕は『にゃーのこだわり』の店で崩れ落ちていた。もはや再起不能だ。
もはや明日が見えない。
僕の落ち込みように若干引き気味の店員さんが「ま、まあ、またいつか入荷しますから、お客さん帰っていただいていいですか?」と声が掛けられるが、立ち上がる気力すら出ない。
周囲で何事かを話す声が聞こえ、ふっと身体が浮き上がる。両側にはちょっとがたいのいい男性店員が僕の脇に腕を差し込んでいる。そのままずるずると入口まで引きずられ、ぽいっと放り出された。
ああ、土の香りが優しい。
今日もビルネツアのメインストリートは盛況だ。今も行き交う馬車が土埃を巻き起こし僕を優しく包み込んでいった。
●●●
「ようヨルク。猫のおもちゃは手にれたか?」
「いや。ハリスお前のせいでダメだった。そっちは?」
「ああ、ダメだダメダメ。俺もポーションのクエストに挑戦したんだけど、お前が協力してくれなかったせいで全然上手くいかなかった」
「「……」」
安酒場に弱小冒険者同士の醜い争いが起こる。
僕はハリスを殴り飛ばしながら、さてどう言い訳すべきか考えていた。ハリスに殴り飛ばされながら言い訳を考えるが何も浮かばない。
とりあえず今日はもう宿に帰って寝るかと酒場を後にした。
次の日、足どり重くギルドへとやってきた。ザアマさんに依頼された品はギルドで渡す約束をしていたためだ。
「あらヨルクさんおはよう……って、随分浮かない顔ですね。なんだか死相が出てますよ」
「ああ、そうかも。僕これからザアマさんにきっとひどい目に合わされるよ。そんな予感がする」
「まあ、お気の毒ですね。あっそうだ、ヨルクさん宛てに小包預かってますよ。お名前は――フィム・ローランドさんって方ですね」
(フィム・ローランド? 誰だ?)
僕はアリシャさんから小包と手紙を受け取る。
ぺらりと手紙の封をあける。
「昨日はどうもありがとうございました。あなたのおかげで伝説の糸であるクリスタルシルクを手にいれることができました。また一つ私は世界の音色の一つを知ることができます。これからも私は旅を続け音を奏で続けます。あらゆる音色で世界に一時の安らぎを捧げるために。小包はあなたのことを少し調べさせていただいてご用意したものです。よければ貰ってください。猫の冒険者よ」
(糸って、昨日の子だ。あの子、フィム・ローランドっていうのか。いや、それよりも猫の冒険者ってなんだよ。僕はいたって普通の冒険者だ)
なんだか自分の知らないところで、僕の何かが勝手に決まっているような。
小包の中には小型の釣り竿のような物が入っていた。スプーンほどの長さの木の持ち手に桃色の糸がつけられ、その先に鮮やかな桃色の綿毛が取り付けられていた。
「あら、可愛い。猫のおもちゃですかね」
「え? そうなの? でも、これじゃあザアマさん納得しないだろうなー」
「ヨルクさん! ヨルクさんはいらっしゃるかしら!」
入口にザアマさんが姿を現し、ずかずかと入り込こんでくる。僕の姿を捉えると一瞬で距離を詰めてきた。
「ヨルクさん! 会いたかったわ」
(僕はできれば会いたくはありませんでした)
「さあ、ザアマが依頼したおもちゃは入手できましたでしょうか?」
僕はダメ元でフィムさんから貰った猫のおもちゃを後ろめたさを感じつつも小包ごと渡した。
「あの、それがそのー……」
「ん? あら、これは『猫とワルツ』じゃないようだけど……」
ザアマさんがその小型釣り竿を取り出し、取っ手の部分、糸、もふもふを検分するかのようにあちこち色んな角度で見ている。
そしてくわっと目を見開いた。
やばい。こうなったら先手必勝で逃げ出すか。
「ヨルクさん!」
「ぎゃあああっ、ご、ごめ、ごめんなさい!」
「これ! 伝説の猫のおもちゃデュランにゃるじゃないざますか!!」
「……え、デュランにゃり、なに?」
「デュランにゃるざます! 猫にとっての伝説のおもちゃざます。そのおもちゃ、あらゆる猫を魅了し戯れの極地へと誘う。間違いないざまーす、この桃色の糸は幻の魔物ケモモンの尻尾に違いないざます」
「まあ」
アリシャがその場の雰囲気で口に手をあて驚いている。
「それでは、依頼は達成ということでよろしいでしょうか?」
僕は手を擦り合わせ恐る恐る尋ねる。
「もちろんざます! ヨルクさんこれをどうやって手に入れたのか知らないざますけど、まさかザアマの依頼を越えてくるとは思ってみなかったざます!」
(た、助かったー)
僕はその場にへたり込む。そしてしばらく放心状態になった。
「おう! おはよーさん。ってどうしたんだヨルク?」
ハリスはアリシャに問いかけるが、アリシャは肩を竦めて苦笑した。
●●●
その後、ヨルクはギルド本部に呼ばれた。
「ヨルク・コンフォート君。君を銅ランク冒険者に昇格することを認める」
「――え?」
「ここ最近の君のクエスト達成率はすばらしい。猫に限ったことではあるが。まさか伝説のデュランにゃるを手に入れるとは、これはすばらしい功績だ」
「あ、いや、あれは――」
「ヨルク君。君は自分の実力ではないと言うかもしれんが、運も立派な冒険者の要素だ。そして我がビルネツア冒険者ギルドはそれを評価したのだよ。君は立派なこのギルドの銅ランク冒険者だ」
あれは偶然貰ったものであると言いかけようとするが、ギルドの本部の人は、そう言うと、さて仕事は終わったと部屋からさっさと出て行ってしまった。
しばらく呆然としていたがヨルクだったが。
「まあ、いいか」
と、ありがたく貰っておくことにした。本部の人も言っていたように確かに運も冒険者にとって必要な要素の一つだしな。うん。
その後、ビルネツアにある詩が流行した。
ビルネツアに住まう猫に司られし冒険者の詩。
その者、猫に魅入られる。その者、猫の求む物を手にする。その者、猫にあだなす脅威を滅する――。その詩を紡いだ吟遊詩人のリュートにはオーロラのような弦が輝き、その七色の音色は街行く人々を魅了していったそうだ。
この詩を紡いだフィム・ローランドは後に勇者の功績を世に広める吟遊詩人となる。絶望に打ちひしがれる人々に希望の詩を捧ぐ彼女の姿はもう一人の勇者だと語り継がれることはこのときはまだ誰も知らない。
●●●
ビルネツアの冒険者ギルドには今日も様々なクエスト依頼者が訪れる。その中でも少し変わった依頼がこのギルドには舞い込むようになった。
「ちょっと受付さん、このギルドに猫御用達しの冒険者がいるって聞いたのだけど。宅のモモちゃんにぜひ幻の猫砂を手に入れていただきたいのです」
「あっ、ああ、はいはい。いらっしゃいますよ。ヨルクさーん。こちらの方が、猫ちゃんの相談に乗ってほしいってー」
ちなみにこの街のポーションの五割のシェアを譲る権利を勝ち取った者は、ミーコちゃんの飼い主であるザアマ・グランドルであることをヨルクは後に知ることになる。
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