第9話 弱小冒険者の寄り道店舗は勇者を讃える詩を響かせる。その二


 まずいまずいまずいまずい。早く戻らなくちゃ店が開いちゃうよ。背後にはタタタタっと足音が聞こえている。

 察するところミーコちゃんである。

 こうなったらと僕は必死で街の地図を脳内に展開し、近道するための道筋を探る。

 こっちだ。僕は裏路地を駆ける。街には路地が蜘蛛の巣のように張り巡らされまるでダンジョンの体を成している。その為に普段は迷わないように大通りを使うのであるが、そうも言っていられない。少しは街にも慣れてきた僕の脳内地図を総動員すれば――。


「よし、予想どおりだ。次はここからまっすぐあの路地をつっきる」


 暗闇に希望を見出すように僕は裏路地に飛び込む。

 建物の裏口にはゴミを捨て用の樽が設置されすえた匂いが鼻にきついがなんとか我慢し走り抜ける。

 路地の先に通りの明かりと人が行き交うにぎわいが耳に届いてくる。


「見えた、あそこの通りに出れば――」


「あ、ヨルク。ちょうど良かった」


 目の前にびょんっと冥府の館店主の人形が突如出現した。


「のお――っ!? ドラクロ!?」


 突如目の前に現れた人形に対処できずそのまま後ろ向きに転び、後頭部をしこたまぶつける。


「ぐうおおおっ」


「いやー、困ってたんだよ。ヨルクさ」


「いや、今ちょっとそれどこじゃないからっ」


 なんだ? なんか今日は妙に普段合わない人に合うぞ。どういうことだ? 

 ドラクロを見上げるとその手には一枚の紙を持っている。

 そういえば、ミルクさんも、ばあやさんもあの紙を持っていた。そして店に入ってあと何件とか……。


「あの、もしかしてドラクロも店を探しているの?」


「そうなんだよ。話が早くて助かるよ。それで君に防具屋に連れて行って欲しくてさ」


 やっぱり。なんか妙なことに巻き込まれている嫌な感じがする。


「あの、その手に持っている紙はなんですか? 何のためにその店にいくんですか?」


 ドラクロの手には紙が一枚握られている。紙には先ほどのアクセサリー屋やパン屋の名前が連なり、横に店の看板のスタンプがいくつか押されている。


「今、街で話題だよ。この紙に書かれている店にいってそこでスタンプを押してもらうんだ。スタンプラリーって言うのかい? それで、一番早くスタンプを集めてポーション屋のソフィアばあさんのとこに持って行けば、ばあさんの店で契約しているポーションの卸業者と取引する権利を譲ってくれるらしいんだよ。ポーションは冒険に限らずあらゆる所で使われる日用品だからね。この街のシェアの五割となればそれは莫大な富になる。これは同じ商いをする者としては放っておけないよ。なんでも最後に街を少しでも盛り上げたいって企画したらしいよ」


 そう言うことか。だからといって何故僕を見つけては声をかけてくるんだ? いい迷惑だ。

 その答えはすぐにドラクロから出てきた。


「君、この街の店に詳しいんだろ? そこら中で君のこと探している人がいるよ」


 そういうことか。しかもそこら中だって……。


「あっ! ヨルクいたいた、ちょっとさ、マルブーの武器屋に連れて行ってよ」


「おうおうヨルクよ、ようやく見つけたぞライラの果物屋なんじゃが」


「よう!ヨルク、実はよー」


 なんか顔見知りの冒険者もいるぞ? いやいやいや、僕じゃなくて店を探せよ。

 

「僕のことはもう放っておいてよー!」


 僕は全速力で逃げ出した。背後からは「ヨルクー、ヨルクー」と地獄から這出た亡者が奈落の底に引きずり込むべく追ってくるようだ。もはや脳内の地図など浮かべていられる余裕などない。とにかくこのアンデッド共から逃げ出さなければ。


 そこに繭のような絵が描かれた看板が揺れる扉が見えた。


「あそこで一度身を隠そう!」


 扉に飛びつき、開け放つ。


 ――カランっと鈴の音が鳴る。


「いらっしゃい」


    ●●●


「ふうー、行ったか?」


 扉の外ではヨルクの名を呼ぶ声がしてくる。


「しばらくここで身をひそめるか。このまま出ても捕まっちゃうし、だったらギリギリまで待って全速力で店に走れば、なんとか間に合うはず。ここからなら店は近いから大丈夫」


「お客さんすごい汗だね。どうしたの?」


「それがですね亡者共が僕を追いかけてくるんですよ。絶対今はこの扉を開けないでください。じゃないと地獄へと引きずり込まれます」


「え!? ほんとにそれは怖いわ。決して開けちゃダメね」


「ええ、そうです決して開けないで――」


 振り向くと、そこには何本もの植物の蔦をうねうねと動かす海の魔物オクトパスを彷彿とさせる魔物がいた。オクトパスと違うのはそのうねうねの中心に緑の肌をし、頭に桃色の花を咲かせた人型が生えていた。


「どぎゃーっ魔物!?」


「え――どこです!?」


「え、いや、あなたっ!」


「私? いやですよお客さん。私は沈黙の森出身のラフレシアの化身、ビルフレアです。森の魔力を取り込みすぎて自我に目覚めまして、よしじゃあ店でもやるかって」


 いや、それが魔物っていうんじゃないのか? 何だよ店でもやるかって。この街って魔物も店をやっているのか? どんだけ混沌なんだよ。


「まあゆっくり見ていってくださいな。この店は私があらゆるルートから取り寄せた世界中の糸を取り扱ってるんですよ」


「糸?」


 言われて店内を見回すと棚やテーブル、壁に確かに色んな糸玉が置かれていた。

 青や赤や黄に緑、店内はまるで虹が差したような鮮やかさである。


「うわっ……これ、全部糸?」


「ええ、そうです。色んなものがあるからどうぞ見てってください」


 棚に赤玉、青玉、黄玉まさに色とりどりの糸玉が並んでいる。綿の糸や麻ひも、これは絹だろうか? 窓から差し込む陽を浴び純白に輝いている。


「ふわー。すごいですね。これだけ糸を扱っている店なんか始めて見ました」


 僕は別の棚に視線を移す。そこには綺麗ではないのだがなぜか引かれる茶緑の糸玉を手に取った。これは何の糸だろう。いや糸というよりは蔓?


「それはドリアードが宿る樹の蔓から作った糸。ドリアードの糸です。エルフなんかがよく弓の弦として使っているらしいですよ? ドリアードの加護を受けた蔓はそれだけで魔力を有していますから通常の弦よりも強力な弓を放つことができるらしいです。それにドリアードの加護には心を落ち着かせる効果もありますから、まさに弓の弦に打ってつけですね」


「なるほどドリアードの加護か、この糸玉を持っているだけでも心が落ち着いてくるのが分かる。エルフが弓の弦に使うはずだ。それに、なるほどかなり丈夫だ。引っ張ってもビクともしない。一口に糸って言っても色々あるんですね」


「ええ、ちなみにそのドリアードの糸は東洋で人気の三味線という楽器を引く正義の暗殺者がよく人の首に巻きつけてビンって指で弾いて暗殺したりするのにも使われるとか?」


「いや、知らないですけど……」


 僕はドリアードの糸玉を元の棚に戻し、別の棚を見る。すると、今度は水色が入った不思議な光沢を持つ白の糸玉が目に入る。


「なんだろうこっちはすごく綺麗ですね。これ、なんの糸だろう。それに手触りがいいい、すごく滑らかで」


「あら、お目が高い。それはユニコーンのしっぽで作られた糸ですね」


「ユニコーンのしっぽ」


「ええ。ユニコーンのしっぽは魔力の保有率が高くて魔法耐性の高い衣服によく用いられるんですよ。高位の賢者が着ているローブなんかにはよく使われていたりするんです」


「へー。そうなんですね。じゃあヴィーネさんが着ているローブなんかにも使われているのかな?」


「ちなみに、頭の毛量が気になりだした貴族なんかはこのユニコーンの毛をそのまま、薄くなった頭に植毛して無くなりかけたプライドと毛量をなんとか保っているとか?」


「ユニコーンがそれを知ったら間違いなく蹴り飛ばされますね」


 僕はユニコーンの糸玉を元に戻し別の棚に視線を移す。

 たまに入れてくるビルフレアのいらない知識はなんなんだろうと疑問を覚えながらも、隣には吊り下げられた随分太い青い糸がというよりはロープに目を奪われる。


「これはなんですか? ずいぶん太くて、青いですね。なんだろう触ると少しひんやりとしている」


「ふっふっふっふ。それは火山大陸などの必需品ですよ? 水の精霊ウンディーネの加護を受けた炎耐性のロープです。火山大陸では綿や麻で編まれたロープは燃えちゃいますからそのロープを用いるのです」


「なるほど、確かにそうですね。ダンジョンなんかの攻略の時にはロープは必需品、それが火山大陸なら炎耐性のものじゃないと使い物にならない。そうか冒険ってこういうアイテムも必要なんだ」


「ちなみに、このロープを使ってハンモックなんか作れば旅の快適アイテムに早変わり。夏はウンディーネの加護がひんやりしてちょうどいいとか?」


「いや、ウンディーネの加護を夏の暑さ対策に使ってんじゃないよ」


「ひんやり気持ちいいんですよ」


 まさか試したわけじゃないよな。僕はロープから視線を外し、ふと視界に飛び込んできた糸玉に目が釘付けになった。


「これ。なんだろう透き通るように透明で、すごく手触りがいい。それに色が多彩だ」


 その隣には小さい糸玉が並んでいた。糸が透明なのだ。そして、赤や青や緑や黄色と若干の色素がついていて光を当てるとそこにオーロラができたように見える。

 これも糸なのだろうか。


「それはめずらしい品ですよ。かの有名な幻の大陸エデンに生息するというスライムモスの繭から作られたクリスタルシルクと呼ばれる一品です。かなりの希少品ですよ。スライムモスは接種する食べ物の色をその特徴的な透明な身体に反映しやすく、色とりどりの透明な繭を作りだすんです。その繭を製糸したものがこの糸ですね」


 ビルフレアがうっふっふと蔓をうねらす。


「何に使われる糸なんですか?」


「これはですね。色々と用途はあるんですけど、衣服、なんかにも使われます」


(衣服!?)


「――なんですって? いやいや、こんな透明な糸で服なんか編んだら」


 僕は思わずミルクさんがこの糸で編まれた服を着ているところを想像し、鼻血が出そうになる。


「ええ、丸見えです。でも旅終盤まで装備できる貴重な防具ともなりえるのですよ?」


 僕は旅終盤までこれを着ているミルクさんを想像し、欲しい! そう素直に思った。

 別にミルクさんは旅には出ることはないのははっきりとしているのだけど。この時、僕の妄想は暴走していた。


「ちなみにこの糸は東洋で人気の三味線という楽器を引く正義の暗殺者がたまに気分を変えたいときに購入しては人の首に巻きつけてビンって指で弾いて暗殺したりするのにも使われるとか?」


「人を暗殺するのに気分を変える余裕なんか持つんじゃないよ」


「彼らはおしゃれに敏感だとか?」


「その豆知識はもういいです。買います! これいくらですか?」


「十万ルノになります」


「あ、すいません。今僕、二百ルノしか持っていないくて」


 暴走していた妄想は一瞬で消え失せ、僕を現実へと引き戻してくれる。


「じゃあ、無理ですね。帰ってくださいこの貧乏人」


 店主はにこりと笑顔を浮かべるが目は笑っておらず冷たい目をしていた。あからさまに態度を冷たくする。ミルクさんもそうだけどこの街の商売人は貧乏人には少しだけ厳しい。

 魔王の脅威がそうさせているのか世知辛い世の中である。

 そこではっと気づく。商品に魅せられすっかり時間を忘れていた。


(……やばい)


 結構時間が過ぎていることに今さらながらに気づく。もうすでに『猫とワルツ』が販売される時間になっているはずだ。まずいと気づき慌てて店をでた。

 

「またのご来店をー」

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