第8話 弱小冒険者の寄り道店舗は勇者を讃える詩を響かせる。その一



 貿易都市ビルネツア。その街の中心に走る一本の大通り。

 荷台を引く馬車が行き交い各国から大量の品がこの都市に集まってくる。

 ドワーフの鍛冶師が籠にありったけの武具を詰めこみ売り歩いている。

 露店に立ち寄った冒険者が武器を品定めしていたり、路銀の足しにと立ち寄る冒険者が旅で手に入れた良品、珍品、を獣人の店主に少しでも高く買い取って貰おうと交渉に精を出している。

 屋台には海の幸が並び、山で採取してきた薬草や毒消し草、山菜などを猟師が交換を持ちかけている。色とりどりの果物や木の実が並び、獣人が民芸品を売っている。

 人混みに溢れたビルネツアのメインストリートは今日も魔王のことなぞ鼻先も気にすることなく盛大に賑わっていた。

 

「今日も世界中の人がここに集まっているんじゃないかってほどの盛況ぶりだな」


 めずらしく僕、ヨルク・コンフォートはメインストリートに来ていた。

 もちろんクエストである。


                 ●●●


 僕は今日も朝早くからギルドに顔をだしていた。日課である。

 そして掲示板に貼られたクエストを品定めする。


『ポーション富豪の挑戦』……この街のポーション富豪のソフィア・マルツールが引退宣言をした。そして街の五割を占めるポーション卸商人との取引権利を譲る話が出ている。これはなんとしても手に入れなければならない集え冒険者よ!


『至高の旋律を奏でる弦』……誰かこのビルネツアを案内してもらえないでしょうか。右も左も分からず迷っています。ある店を探しているのですがまるで迷宮のようなこの街に疲れ果ててしまいました。


『猫の戯れ捧ぐ遊具』……緊急事態発生ざます! 今度、猫専門店『にゃーのこだわり』からあの限定生産品のおもちゃ『猫とワルツ』が再販されると情報が入ったざます! これはうちのミーコちゃんの為にも何としても手にいれなければなりません!しかしザアマはその日、絶対に外せない用事があるために店に向かうことができません。だからといって、使用人にこんな重大任務を頼むことはできない。そこでヨルクさんあなたの力を見込んでクエストを発注します!至急我が家に来られたし!


 ハリスが同情する顔で僕の肩をポンっと叩く。


「がんばれよ。猫専門冒険者。指名が入ってよかったじゃねーか。冒険者をやっている者としちゃ栄誉なことだろ――ププッ」


「これ……、ただのパシリだろ」


「――ぶわッはッはッはッはっ。ついに、ついに猫専門の冒険者になりやがったか」


 ハリスがこれ以上我慢できないと腹を抱えて笑い出し、ビシビシ背中を叩いてくる。


「猫専門はお店のことだよ。痛い、ちょ、痛いよ。やめろよハリス。やめろって」


「だーってよ。ヒャハハハハハっ、お、おま、ついに、猫のおもちゃ買いにいくクエストって、ヒャッハッハッハ。ありえねーよ」


「おい、痛いって、それ以上言うなよ、いや、だから痛いって、背中をバシバシ叩くんじゃないって」


「ね、猫、猫のおもちゃっ」


「それ以上言うんじゃねーよっ、心が痛いんだよぉぉぉぉぉ!!」


「……あっ、す、すまねえ、やりすぎたね。うん。ごめんなさい」



 その後、ギルドを涙ながら飛びだしザアマさん宅に訪れた。依頼内容を詳しく確認し、次の日、ビルネツアのメインストリートにやってきたというわけだ。

 メインストリートは大商店や老舗が多い。『にゃーのこだわり』もまた老舗の一つであった。古くからこの街では猫は商売繁盛の縁起ものとされていた為、猫は大事にされていた。そこに目をつけた当時の商人が商売のチャンスととらえ猫アイテムの店を開いたというわけだった。

 店の売りは猫のおもちゃである。

 その中でも今回売り出される『猫とワルツ』は猫を夢中にさせるおもちゃと猫好きの間では幻の一品とされていた。

 店頭に並ぶと争奪戦が起き、一瞬で売り切れたらしい。なのでヨルクはかなり早めに店に並ぶことにした。

 手に入れないとザアマさんに末代まで呪われそうなので必ず手にれなければならない。

 

 猫が伸びをしている大看板が見えてきた。開店前なのに店の前にはすでに人が並んでいる。『猫とワルツ』を買いにきたお客さんだろうか? 

 僕も早く並ばなきゃ。


「ヨルクー! ちょっとヨルク! 探したわよ」


 ふいに自分を呼ぶ声が聞こえた。周囲を見回すと。


「こっちよ、こっち!」


 振り向けば、人混みの間から金髪のツインテールがぴょんぴょん跳ねているのが見えた。人混みの間からこちらに手を振り、青いワンピースを着た顔見知りの道具屋がひざ下まであるスカートをひらめかせ走ってきた。


「ミルクさん! どうしたんですかこんなところで」


「今日はある用事ができてお店閉めてきたのよ。それでちょうどあんたを見かけたからさ」


「……はあ。用事ですか」


「ヨルクさ、あんたここのパン屋知らない? 『ボンドワール』って店」


「『ボンドワール』? ……ああ、ここだったら、風切り通りを露店通りにぶつかるまで行って、そこから右に曲がって、銀替商地域に時計台のある店がありますよね。そこから裏路地を抜けると貝殻通りに出ますから、そこにありますよ」


「……えー、風切りを露店まで行って、それから……、何言っているのか分からないわ」


「え?」


「ちょっと案内してよ」


「……え!?」


 そう言うとミルクさんは僕の手と掴むと風切り通りに向かって歩きだした。


「ちょ、ちょっと待って、待ってくださいっ! 僕、これからクエストで時間ないんですよっ」


「いいじゃないちょっとだけ付き合ってよ。ね」


 ああ、どんどん『にゃーのこだわり』から遠ざかっていく。

 ミルクさんは聞く耳もたずに、ずんずんと人混みをこじ開け進んでいく。手にはミルクさんのぬくもりが伝わり、その柔らかな手に思わずドキドキしている僕がいた。


「で、次はどっちに行くの」


「ああ、あっ、ここから露店通りまでまっすぐです。それそこを右に曲がって」


「こっちね!」


 時計台が見えてきた。針が八時を指し街に鐘の音が響き渡る。僕ら二人は路地を走り抜ける。路地の先から潮の香りと焼きたてのパンの匂いがしてきていた。

 通りに抜けると、すぐ右側にはガラス窓の前にふかふかの白パン並べられている。


「ここです」


「キャーやったわ三件目よ! よくやったわ下僕」


「下僕?」


 ミルクさんから聞き捨てならないセリフが飛び出したので抗議の声をあげようとするが、つないでいた手をさっと離され彼女は焼きたてのパンが香る店へと入ってしまった。

 僕はミルクさんの体温がまだ残る手のひらを見つめ、握ったり開いたりを無言で繰り返していた。


「下僕……、悪くない、かな。へへ」


 『ボンドワール』はこの街で隠れた名店として評判高いパン屋であった。ビルネツアは港町ということもあり、海産物も豊富に水揚げされる。

 今亡きボンドワールの店主は魚の切り身をパン粉でまぶし油であげた物をパンで挟んだフィッシュバーガーという物を発案した。

 これが大当たりをしてボンドワールは一躍人気店となったそうだ。


 僕はフレッシュな店員が迎える店内に入り並べられた焼きたてパンに喉をごくりとさせる。他にも海藻を練り込んだ海藻パンや、レタスンと焼いたシュリンプを甘辛のソースで味付けし挟んだパンなどが並んでいる。


「これがまた美味しんだよね」


 以前シュリンプの挟まれたパンを食べたことがあるが、噛むとふわっとしたパンの触感にシャキっとさわやかなのレタスンと塩味の効いたシュリンプのプリプリ触感が合わさり、口のなかに晴れやかな海の景色が広がったような美味しさに飛び上がりそうになった。

 少し値段はするがここに来たらこれは抑えておきたい一品である。


「オッケー。三件目の獲得ね。よーしこの調子で行くわよー! ふっふっふ、このまま行けばポーション大手の卸商人との取引権利は私に転がってくるわ。くっふっふっふ、おばあちゃん見ててね、ミルクはこの街一の権力者になってみせるわ」


 ミルクさんは一枚の紙を見ながら、ほくそ笑んでいる。


「あれ、パンは買わないんですか?」


「なんでパンを買わなきゃいけないのよ。そんなのいいから。さっ、時間がないわ次行くわよ!」


「え? だってここはパン屋。次? ちょ、ミルクさん僕もクエストが、時間が……」


 ミャアアアアアアア


 猫の鳴き声……。

 僕は周囲を見渡す。塀の上に黒と白のシンメトリーのミーコちゃんが寝そべってこちらを凝視していた。背中にゾワッと怖気が走る。

 あの目はお前何してんだ? さっさと『にゃーのこだわり』に行けよの目だ!!


「ご、ごめんっ、ミルクさん、僕行かなきゃっ」


「あっ、ちょっと、どこに行くのよ!」


               ●●●


 三茶通りにまで戻ってきた。時間的にはまだ余裕だけど、その油断は命取りになる。通りには更には人が増えてきて前へと進みづらくなっていることに内心ハラハラとしていた。何故かと言われれば、『にゃーのこだわり』にはきっと今朝早く見たときよりも人の列が長くなっていることが容易に想像できたからだ。


 ちょうど曲がり角に差し掛かった辺りに蹲っている老婆が視界に入る。嫌な予感がする。その老婆と視線がばっちりと合ってしまった。


「おお、坊や! 坊やじゃないか! ちょうど良かった、ばあやを助けておくれ」


「ば、ばあやさん? どうしたんですかこんなところで」


 通りの端に腰を下ろしぼーっとしている魔法屋のばあやさんに出会った。三角帽子を被った魔女然とした恰好のばあやさんは「いたたたた」と腰を擦っている。


「いやね。ちょっと用事があって店から出てきたのじゃが、ほれ、この通り、腰をいわしてしまっての、それでちょっとここで休んでおったのよ」


「いや、コシラーク使ってくださいよ」


 コシラークとはこの魔女のばあやさんの店に売っている魔法の一つである。


「いや、それがな。魔力が丁度きれてての」


「なんですかそのちょうど調味料が切れてたみたいな言い方」


「すまんが坊や、アクセサリー屋の『ダモンデ・ジュノ』という店を知っておらぬか?」


「『ダモンデ・ジュノ』? 知ってますよ。ここから鍛冶屋通りまでいって、細工通りに突き当たって、アロンド商会の二つ先のアクセサリー屋がそれです」


「おお! そうかそうか! そこに用があっての助かったわい。では参るとするかのよいしょ……」


 ばあやさんは立ち上がろうとするが、ぎっくり腰が辛いのか立ちあがれない。


「じゃ、じゃあ僕急いでますんで……」


「坊や……、まさかこんな所にか弱い老人を一人置き去りにするなど、そんな鬼畜なことはすまいよな?」


「……」



 僕は細工通りを爆走していた。


「なんなんだよー!」「おお! こりゃいいわい、行け行けー」


 アクセサリー屋の店の前で急停止する。


「はい、ばあやさん着いたよ! これでいいね!」


「おお、悪いの悪いのー。これで四件目じゃて」


「四件目?」


 ばあやさんは僕の背からすっと降りると懐から一枚の紙を取り出して「イーヒッヒッヒ」と笑い店に入っていく。その姿は腰を痛がっている老人にはとても見えない。

 おい、もしかして。嘘か?

 店から出てきたばあやさんは満面の笑みで戻ってくる。


「イーヒッヒッヒッ、このばあや必ず手に入れて見せるぞー。夢は大富豪じゃあ」


「ばあやさん、腰は?」


「はっ、痛たっ、痛たたたっ、あいたー」


「いや、もう遅いよ」


「坊や、それで次の店なんだけどね」


 ミャアアアアアっ


「はっ!? ミーコちゃんだ。どこからかミーコちゃんが僕を見てる。ばあやさん、ごめんっ、僕、時間がないんだよ。後は自分でなんとかしてっ」


 そう言うと僕は全速力で『にゃーのこだわり』に戻る。


「あっ! ちょっと坊や……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る