第7話 弱小冒険者の寄り道店舗は英雄の楔を解き放つ。その三

「ああったく。今請負っているクエストがなけりゃ俺も行ってやるがっ……ヨルク! 武器も持たずどこいくんだよ。これ持っていけ」


 ハリスは腰に下げた愛用の鉄の剣を渡してきた。

 冒険者にとって武器は命の次に大事な相棒だ。僕は目でいいのか? と問い、ハリスは無言でただ頷いた。

 僕はハリスに心の中で感謝し剣を鞘に収め洋館に駆けだした。


 洋館の門の前に辿り着く。死に物狂いで逃げ出してきた洋館の前に立つと膝が震えて引き返したくなる恐怖に襲われる。

 でもここで逃げるわけにはいかない。

 僕は震える膝を抑え、顔をバチンと叩く。

 首無し騎士を倒すわけじゃない。ミーコちゃんを見つけてザアマさんの所に返してあげるだけだ。


「よし。やってやる」


 僕は門を開き、再び洋館に足を踏み入れた。


                 ●●●


 時刻は昼前だというのに、中は変わらず不気味な空気が漂っていた。長い廊下に掛けられた肖像画がまるでこちら見ているように感じるのは気のせいだろうか?


「だとしてもドラクロの店の商品である可能性があるからな。素直にビビるのもそう考えるとなんだか癪だ。平常心。平常心だ」


 なるべく耳を澄ませ、周囲の物音を探る。ミーコちゃんの鳴き声もそうだけど。注意するべきは首無し騎士の足音だ。あいつは歩く度にガシャガシャとうるさい。気をつけていれば分かるはずだ。


 そろりそろりと忍び足で廊下を進み、手当たりしだいに扉を開き中を覗き込んでいく。

 ミーコちゃんとはこれまでに何度となく接してきた。もしかしたら僕の声を覚えているかもしれない。呼べば、ミーコちゃんが鳴いてくれるかもしれない。だけど、その鳴き声に首無し騎士も気づいてしまったら本末転倒だ。僕の声に気づいて襲い掛かってくるかもしれない。

 そうなればもう探すどころではなくなってしまう。

 このまま地道に洋館を探るかどうか迷っていると、階段上の中央広間だろうか。カタンっと音が鳴った。

 僕は細心の注意を払い部屋の前に辿り着き、そっと扉を開いた。


 話声が聞こえてくる――。


「おお我が最愛の妹よ。お前が窮地のときは必ずこの兄が守ってやると言っただろう。会いたかった。兄はもう決してお前を離しはしない」


「これでお前もようやく眠れるだろう。さあ、安心せよ。お前の役目は終わったのだ」


 視界には純白のローブを着た銀髪のエルフと、女の子の人形を抱き抱え、光りに包まれ消え去っていく首無し騎士とおぼろげに浮かぶ貴婦人の姿があった。


「あれは、ドラクロの店に置いてあった人形……、あの人は肖像画の」


「ヨルクか。できれば誰にも知られずにあやつを送ってやりたかったのだが」


 銀髪のエルフは寂しそうに消えゆく首無し騎士と貴婦人を見つめていた。

 ヨルクの脳裏に「昔の友人に会いに」とエルフの言葉が過った。


「ここまできたついでといってはなんだが……つまらぬ長寿の種族の一人言を聞いていってはくれないか。不運な男の物語のな」


 僕はヴィーネさんの悲しげな空気を察し、ただ黙って頷いた。

 エルフは訥々と語りだした。

 その昔。ある洋館の話。

 ある日、一人の旅人が訪れ、館の主人にこの子を預かってくれないかと子供を渡したそうだ。その子供はゴブリンと人の間の子で醜いゴブリンの顔をしていた。

 館の主人は旅人に借りがあったために、しぶしぶ子供を預かったそうだ。

 その後、館の主人に娘が生まれた。娘とゴブリンの子は仲の良い兄妹のようにすくすくと育ったという。


 娘は成長するととても美しいと街でも評判になった。一方ゴブリンの子は決して街の住民にバレないようにと隠し続けられた。

 娘はその美貌により住民からも愛され幸せな日々を過ごしたが、ゴブリンの子があるとき住民に見つかってしまい館の主人は魔物を手なずけていると妙な噂が立った。

 このままでは娘の婚姻が消えてしまうと危惧した館の主人は、ゴブリンの子を街の外に追放する決心をした。

 娘は涙を流し、兄を見捨てないでと懇願したがその願いもむなしくゴブリンの子は街から人知れず追放された。


 娘は兄の居場所を探し出しひそかに手紙を送った。兄は妹に手紙を送り返した。兄妹の手紙のやりとりはひそかに続けられた。

 数年が経った頃だろうか、あるとき館に族が侵入した。

 族は館の者を皆殺しにし金品を奪い持ち去った。

 後にある旅人によりその族たちは捉えれ刑に処されたらしいが、そんなことは知らぬゴブリンの子は、突然来なくなった手紙に、何かあったのではと心配になり、いけないと分かりつつも顔を隠し街に戻ってきたそうだ。


 そしてすべてを知ったゴブリンの子は娘の肖像画の前で泣き崩れた。

 もし自分がゴブリンとの間の子ではなく普通の人間であれば、きっと妹を守れていたはずだと嘆き苦しみ、このような顔で生まれてきたために、大事な妹を守ることができなかったと、ならばこんな顔はいらぬと激昂し自ら首を切り落とし死んだのだという。

 それから洋館には妹を守るために彷徨い歩く首無し騎士が現れるようになったということだった。

 

「私が、あの時妙な情を見せず何も知らぬうちに永遠の眠りを与えていれば、このような悲劇は生まれなかったかもしれない」


 床に落ちている女の子の人形を寂しそうな瞳でエルフは拾い上げる。


「その、旅人って、もしかして……」


「昔の話だ。遠い昔のな。すまぬな私は誰かに知っておいてほしかったのかもしれん。不遇の禍に生まれた子供をのことを」


 それ以上、ヴィーネさんは口を開くことはなかった。

 その後、もう喋ることのなくなった人形と騎士の残した剣を同じ墓に収めエルフは祈りをあげた。


 ミャーと猫の鳴く声が聞こえはっと顔をあげるとそこに黒と白の毛が中央で分かれた猫が館からあくびをしながら出てきた。


「ミーコちゃん!」


 ミーコちゃんはヴィーネさんの足元に顔を擦り付けてくる。「誰かに呼ばれた気がしたが、お主だったか」ヴィーネさんはミーコちゃんの頭を撫でると僕に視線を向けた。


「ではヨルク、息災でな。お主のおかげで仲の良い兄妹の魂を救うことができた。それといつまでも過去に囚われた情けないエルフを救ってくれたことに礼をいう」


 そう言うとヴィーネさんは振り返ることなく洋館をでていった。

 それから、洋館に首無し騎士が現れることはなくなった。


 その後、僕は無事にミーコちゃんを連れ帰ることに成功したのだった。

 ギルドに戻るとザアマさんは泣き崩れ、ミーコちゃんを抱き頬ずりをしまくっていた。ミーコちゃんは「フギャー」と心無しか嫌がっているように見えたが、きっとこれは一人と一匹にしか分からない愛の形なのだろうと勝手に納得した。

 アリシャさんは僕が無事に帰ってきたことに「おかえりなさい」と言ってくれた。クエストを終えたのかハリスは息を切らせてギルドに飛び込んできた。

 僕が無事であることを確認すると安堵したのかいつもの憎まれ口に戻った。

 後で知ったことだが、ハリスはクエストを終えるとその足で洋館へと向かったらしい。そしたら誰もいなかったので一体どうしたのだとギルドに駆けこんだら、当の本人があっけかんと傷一つ負わず無事な様子だったので、俺の心配はなんだったんだとあとでアリシャさんに愚痴っていたらしいのだ。

 僕は心の中だけでハリスに感謝し、今度とっておきの店を教えてやろうと心に誓った。それでチャラにしてもらおう。

 そして、ふと気づく。銅の剣を洋館に置き忘れていたことを。


「ハ、ハリスっ、剣ありがとう! ちょっと、僕、洋館に行ってくる」


「あっ、おい――」


 次の日、僕は待望の昇格審査へと臨んだ。


                 ●●●


 ビルネツア冒険者ギルドの本部の人が顔を連ねる中、僕は向かいに腰かけ緊張した面持ちで彼らの言葉を待っていた。


「では次はヨルク・コンフォートの昇格審査する。あなたの実績は……、んん。迷いネコ探しばかっりだな……ん? おお、あの洋館の首無し騎士を単独で退治したのか。うんうん、これは立派な功績だ。昇格に問題ありませんな」


「ええ、文句ないですな」「ええ、まったく」


「あのー、すいません。その首無し騎士の件なんですけど」


 僕は申し訳なさそうに手をあげた。


                  ●●●


 その後、風の噂で勇者パーティがポートリノアから三人で火山大陸に向かった話を聞いた。火山大陸で賢者ヴィーネが魔法で攻守ともに活躍する話がビルネツアに伝わってきた。

 ヴィーネさんも息災そうでなによりだ。それにしてもあの女の子の人形、確か五十万ルノだったけど、ヴィーネさん払ったのかな? そんな謎だけが残った。


 ちなみに僕、ヨルク・コンフォートは銅ランク昇格を辞退していた。

 首無し騎士の件は自分が洋館に訪れた際にはすでに退治された後だったことを告げたのだ。ギルドには誰がやったのかよく分からないとだけ伝えた。

 何故昇格を蹴ったかって? 僕は今回のクエストでいかに自分の実力が足りていないのか実感したからだ。もしヴィーネさんがいなかったら僕は生きてはいなかっただろう。

 そんな奴がズルで昇格したところですぐに化けの皮が剥がれることは想像に難くない。

 だから、辞退したのだ。

 いつか本当の意味で銅ランク冒険者と呼ばれるまでは迷いネコ探し専門の冒険者として頑張っていくさ。

 

 そういえば彼らはあの世で幸せに暮らしているだろうか? 

 時間があればドラクロの店をこっそり訪れてみてもいいかもしれない。

 もしかしたら、人形を抱いた貴婦人を寄り添うように守る騎士の絵があの店に飾られているかもしれないから。

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