第6話 弱小冒険者の寄り道店舗は英雄の楔を解き放つ。その二

「これはこれは久しぶりのお客さんだ。よくこの冥府の狭間の店を見つけたね」


「はあ、はあ、はあ……え? 店? なんで?」


 宙にいくつもの紫の炎が浮遊し視界を不気味に照らしている。

 店の中央には操り人形が天井から吊らされ揺れている。奥にはカウンターがあり人骨だろうか。骨で作られた椅子が置かれている。そこには誰も座っていない。

 壁には南の地域で見かけるような民芸品の仮面や骸骨や翼を生やした悪魔が城中の台所で晩餐している絵画などが飾ってある。

 他にも禍々しい茨が巻き付けられた剣が立て掛けてあったり、魔物のミイラが横たわっていたりと様々な物が目に付く。

 いったいここは?


「いらっしゃい。ここは呪われた遺物を取り扱う店さ」


 天井から吊られた人形がこちら側に顔をむけ口を開いた。


「人形がっしゃ、しゃべ、な、なんだ!? 魔族か!?」


 僕は銅の剣を抜こうと腰に手をあてるがあるべき感触がない。首無し騎士に弾き飛ばされたことを思い出し青ざめる。


「まあまあ、慌てないでくれよ。僕はこの『冥府の館』の店主、ドラクロさ。お客さんに危害は加えないよ。落着きなって。それよりどうだい? この店の商品を見ていっておくれよ。気に入った物があれば安く提供するよ」


 喋るたびに人形がゆらゆらと揺れる。


「ほ、ほんとうに何もしない?」


「というより、僕は揺れるだけでここから動けないからね」


「そ、そうなんだ」


 僕は警戒しつつ背後を向く。

 首無し騎士は? 背後の扉に耳を充てると、あちら側には気配はない。

 上手く撒いたのだろうか。


「まあ、せっかく来たんだし、ちょっと落ち着くためにも見てこうかな」

 

 店内にはこれまで見たことない物がずらりと並んでいる。触れることが躊躇われるようなものばかりだけど逆にそれが僕の興味を刺激する。

 とりあえずテーブルにいくつも置かれた鏡を手に取ってみた。


「なんか普通の鏡みたいだけど、これはなんですか?」


「お、それは人気商品の一つ冥府の魔鏡だね。その鏡を見つめていてごらん」


 人形に言われた通りに鏡を覗くと、僕の顔が映っている。とくに変わった様子はないけれど……。ん? なんだ、背後に何か見えた気が……。人形の他に誰かいるのか?

 振り向くと、別に何もいない。まだまだ人形を信用しきれずに部屋の隅にいるので背後は壁である。


「気のせいか……?」


 もう一度、鏡に視線を戻す。じっと見ていると僕の顔の背後に今度ははっきりと骸骨が映った。


「どわあああっ!?」


 背後を振り向く。


「……あ、あれ? 骸骨いない」


「くくくくく。その骸骨は鏡の中に存在しているのさ。安心していいよ骸骨はただ鏡の中にいるだけで、何もしないからね。こうやって何も知らない人間に鏡を覗かせ、背後に映って驚かすのさ。恐怖に脅える人の姿は死者にとっては最高級の蜜の味だからね。恐怖は死者に力を与えるのさ」


 人形はケタケタと笑う。

 人の恐怖をあざ笑う呪われた遺物を取り扱う店主に僕は背筋をゾッとさせる。

 もしかして僕はとんでもない店に入ってしまったのではなかろうか。


「どうだい、結構怖かっただろ?」


「べ、別に怖くはないよ。く、くだらないね。こんなの」


「お気に召さない? だったらあれなんかどうだい?」


 僕は鏡を元の場所に戻し、人形の指が差した壁に飾られた絵画に目を向けた。

 絵画には、悪魔が描かれているもの、骸骨が描かれているもの、肉が腐乱したアンデッドなど禍々しいものが描かれている。

 それらが一斉にぎょろりと目を動かし僕を見た。


「うわぁっ、絵が、絵が動いた!? な、なんでだ……」


「びっくりしたでしょ? 結構人気あるんだよ? 古びた洋館なんかにはこの動く絵が定番アイテムだからさ」


「え? いや、そういうのって定番アイテムっていうの? ……あれ? これだけ椅子しか描かれていないじゃないか。これは普通だ。禍々しいけど」


 悪魔や骸骨が織りなす絵の中に、椅子だけしか描かれていない絵があった。


「ああ。それはね、まだ住み手がいない絵なんだよ。基本的には死者向けなんだけど試してみるかい?」

 

 そういうと人形の指がくるりと動く。


「住み手? え? ――」


 ヒュンっと身体が絵画に吸い寄せられ、ぱっと目を開くと少し離れたところで人形が揺れている。なんか視界がおかしい。僕は上から人形を見下ろしている。

 どういうことだ?


「どうだい気分は?」


「どうだいって、ここってもしかして……」


「絵の中だよ」


「や、やっぱり」


 僕は先ほどの絵に描かれていた椅子に座っていた。つまり絵の中に入っているのだ。


「どうだい? コツさえ掴めば生者も絵の中に入れるんだ。安くしとくよ? 廊下なんかに飾ってさ。通り過ぎる者をびっくりさせることができる。そんないたずら好きな者にはおすすめだ」


「いたずら? ちょっと待って、鏡の中の骸骨や、あの絵に描かれた悪魔たちは……」


「ああ、正真正銘みんな死者だよ。うちは本物だけを提供している優良店だからね。死者って以外に暇でね。転生待ちの間、暇つぶしにこういったバイトをやってるのさ」


「え! これってバイトなの!」


「そうだよ? 日給三千ルノで絵や鏡の中に入ってもらっているのさ」


「え。いや、もしかして世の中に出回ってるいわくつきの絵画とか人形ってもしかして死者の暇つぶしで成り立っているんですか? さっき人の恐怖は蜜の味だっておぞましいこと言ってましたけど、それで死者が力を得るとか」


「もちろん死者は力を得るよ。ほら人をビックリさせるのってたまらない快感を覚えるだろ? ビビってる顔とか最高だ。死者はそんな人間の怖がる姿を見てもっとやってやるってやりがいを感じて生き生きと驚かすのさ」


「いや、死者が生き生きって」


「いたずら好きの人間と暇つぶしの死者の需要と供給が見事に合わさった商売なんだぜ?」


「あの、戻してもらっていいですか?」


 人形がくるんと回ると、ヒュン――っと意識が吸い寄せられる。


 浮遊する感覚が消えると足に床の感触が伝わり店に戻ってきたことを確認し胸を撫でおろす。


「あの、つまりここって呪いの遺物と評した、いたずらグッズを売る店ですか?」


「そうとも言うね。人が怖がらせるって最高に楽しいよね。まさに蜜の味さ。ケタケタケタ――」


「ビビって損したわ」


 僕はだんだんと死者やこの店に対する恐怖というか人形に対する恐怖というかきれいに消え失せていた。さっきまでビビり倒していたのは一体なんなんだ。

 あの世の裏側を見た気分だよ。知りたくなかったよ。

 こうなったらもう余裕だ。

 僕はいつもの調子を取り戻し周囲を見回す。調子を取り戻すと現金なもので周りが見えてくる。するとこの中で異彩を放っている物を見つけてしまった。


 女の子の人形である。ブロンドの髪に白い肌、アメジストの瞳が印象的だ。純白のドレスを着せられたその人形は禍々しいというよりは美しいという印象だった。

 この人形、あの肖像画の貴婦人が腕に抱えていた人形にそっくりだ。

 ヨルクは尻を擦る。

 

「その人形がお好みですか? 僕はあまりおすすめしませんけどねー、何故なら」


 誰か、私を兄の元へ連れていって。誰か、私を兄の元へ……


「ってわけわかんない声を出すだけなのでちっとも怖くないのです」


「いやあるところにあれば十分怖いけど。ちなみにこの人形はいくらなの?」


「五十万ルノです」


「いや高いな! 何が安く提供するだ。おすすめしない割にぼったくる気まんまんじゃないかっ。どっかの道具屋みたいにタチが悪いわ」


「それで、お買い上げしますか?」


「あ、ごめん。そもそも僕、三百ルノしか持っていなくて」


「帰れ」


「――あ、ちょ、ちょっと」


 ――バタンと扉は閉じられる。もう一度入ろうとノブを回すとカギがかけられたのか開かない。


「あっ、このっ、カギ閉めたな! くそっ……。それにしても、あの人形は……」


「出ていけ、ここから出ていけ」


「――え?」


 眼前には首無し騎士が剣を降り降ろしてきていた。


「どわああっ」


 間一髪で降り降ろされた剣を避ける。

 剣は床にめり込り、首無し騎士の動きが止まる。その一瞬をつき全速力で離脱した。


「ぎゃあああああああああ殺されるー!」


「出ていけー。ここから出ていけー」


「うわーっ、追いかけてくるー。出てくよ! 今すぐ出ていくから!」


 首無し騎士が剣を振り回し追いかけてくる。僕はその攻撃を転げまわりなんとか避け続けていた。しかしそんな奮闘むなしく腐っていた床板にずぼりと片足を突っ込んでしまう。まるで棺桶に足を突っ込んだような気分だ。涙を滲ませ見上げると、首無し騎士は今度こそと狙いを定め剣を降り降ろしてきた。


(し、死んだーっ)


 死んだらドラクロの店に雇ってもらおうかと考えが頭に過る。


「ホーリーライト!」


 目の前に白光が広がる。


「―うっ」


「来いっ」


 声とともに僕の腕が引っ張られる。穴からなんとか足を抜き、引っ張られるままにその場を全速力で逃げ出した。



「ここまで来れば大丈夫だろう」


「はあはあはあ……。あ、ありがとうございます、助かりました」


 ここは洋館の外。首無し騎士もここまでは追ってはこないようだ。

 僕は息を整え、助けてくれた純白のローブの人物に礼を言う。


「賢者ヴィーネ・フォログロアさん」


「私のことを知っているのか?」


「冒険者をやっている者で知らない人間はいないですよ」


「そうか。私も有名になったものだ。そういえばこの間は世話になったな。ヨルクとかいったか?」


「僕のこと覚えていてくれたんですか」


 これは嬉しい。まさか勇者パーティの英雄に名前を覚えてもらってただなんて。


「もちろんだとも。迷いネコ探し専門の弱小冒険者だろう?」


「……(できれば今すぐにでも忘れてほしいな)。でも何故ヴィーネさんがここに?」


「うむ。少し昔の友人に会いにな」


 昔の友人? 


「それでお主はいったいここで何をしておる? ここは首無し騎士が出て危険な場所。迷いネコ探し専門のお主が来る所ではないだろう?」


「(できれば迷いネコ探し専門から離れてくれないかな)……」


 僕はこれ以上、迷いネコ探し専門の冒険者と言われないために、この洋館に来た事情を事細かに話した。そして変な店に入り、そこでビックリアイテムの数々を見たこともそして、ヴィーネさんに助けてもらって今現在に至ると。

 僕は迷いネコ探し専門の冒険者ではないですよと強調して。


「ほう。そんな店がこの洋館の中に……。ブロンドの女の子の人形か」


 僕の話を一通り聞き終えると、ヴィーネさんは考え込むように顎に指をあて何か考え込みだした。


「ヨルクよ。すまないがもう少しその店の場所を詳しく教えてもらえないか?」


「ええ、それは別に大丈夫ですけど」


 僕は自分の記憶を手繰り寄せなるべく細かくヴィーネさんに伝えた。


「事情はわかったがお主にはここは少し荷が重いようだ。ここからは手を引いたほうがいい」


 ヴィーネさんにそう言われ僕は何を言い返すことができず、この日は洋館を後にした。

 首無し騎士あれはいわゆるアンデットモンスターである。アンデットモンスターは生者が亡くなるさい強い未練を残した者が死霊に憑かれモンスター化すると一般的には言われている。

 アンデットモンスターといえば浄化の魔法だ。浄化の魔法を行使すれば、きっと首無し騎士を倒すことができるだろう。ただそんな高等魔法を使えるわけもないし、使える者の当てもない。

 だったらアイテムか? それこそ都合よく見つかるはずはない。

 ヴィーネさんの言う通り今の僕にはこのクエストは荷が重いことを思い知る。


「いっぱしの冒険者の道は、やっぱり遠いな、タハハっ。ハァ……」


 一晩中考えたが打開策は浮かばずヨルクは今回のクエストは手を引くことを決めた。そのことを伝えにギルドに訪れていた。

 すると、騒がしい声が聞こえてくる。

 

「誰か、誰か助けてちょーだい!」


 なんだなんだとギルドに入っていくと、黒の毛皮を首元に巻き、耳や指にイヤリングや指輪を目が眩むほどにつけた恰幅のいいおばさんが受付でアリシャさんに詰め寄り何事かを喚きたてていた。


「ザアマさん!?」


 そのあまりにも特徴的な風貌にすぐに名前が出てくる。これまで何度となく迷いネコ探しの依頼を受けてきたミーコちゃんの飼い主である。

 ザアマと呼んだおばさんがよほど耳がいいのか僕の声を聞きつけグルンっと首だけ振り返る。その目が驚愕に見開き、ギュンっと距離が縮められた。


「フウッ、フウッ、フウッ、探したわよヨルクさん!」


「ちょ、ちょっと、近いっ、近いっ、ちょ、鼻息が」


 ザアマさんは目から涙を流し僕にしがみついてきた。


「ミーコちゃんがミーコちゃんが!!」


「……え?」


 話によれば散歩中にミーコちゃんが逃げ出し、追いかけていくと首無し騎士の噂のある洋館に入って行ってしまったというのだ。

 ザアマさんは急いで助けにいって欲しいとギルドに飛び込みクエストを申し込んでいる最中というわけであった。

 そこに僕が現れザアマさんに泣きつかれたと言うわけである。


「事情は分かりましたけど。でも僕の力じゃ、あの首無し騎士がいる洋館は……」


「お願い、お願いよヨルクさん。ザアマにとってミーコちゃんは大事な家族なの。ミーコちゃんの身にもしものことがあれば、私っ」


 ザアマさんは泣き崩れている。


「おい、変な気を起こすなよヨルク。お前じゃあの洋館は荷が重いって身を持って経験したはずだぜ?」


「そうです、ヨルクさん。ここは銀ランク冒険者を待って、正式なクエストとして請負いますので。きっとミーコちゃんは大丈夫ですよ」


 ギルドに来ていたハリスとアリシャには僕が洋館に出る首無し騎士に太刀打ちできなかったことはすでに話していた。


「そんな! 待っている間にミーコちゃんは噂の首無し騎士に見つかってひどい目にあっちゃうかもしれないざます!」


「ですから、すぐにでも正式なクエストとして張り出しますので」


 僕は拳をグッと握りしめる。


「あ、あのアリシャさんそのクエスト、僕に受けさせてくれないですか!」


「えっ!? でも」


「僕は一度洋館に入ってますし、間取りは覚えてます。首無し騎士と戦う必要はないですし。ミーコちゃんだけ見つけて帰ってくるだけなら僕でもできます。それに僕は迷いネコ探しのエキスパートですから!」


 ザアマさんが感激のあまりに抱きついてくる。


「だあああっ、ちょっと香水の匂いが、きついっ」


 『洋館に迷い込んだ猫』――僕はクエストを請負った。

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