第5話 弱小冒険者の寄り道店舗は英雄の楔を解き放つ。その一


 ひび割れた窓ガラスに雨が叩きつけられる。雷が光り一瞬だけ不気味に廊下を照らし出す。

 暗闇の中にカンテラの灯が頼りなく揺れている。


「ううう。やっぱりこんなクエスト受けるんじゃなかったなー」


 どこまでも続いているような長い廊下を震えながら歩き、いくつもの扉が並ぶ光景を見ては足を竦ませる。ヨルク・コンフォートは一人で無人洋館に来ていた。ノブを掴みなるべく物音を立てないようにゆっくりと扉を開く。開いた隙間から中を覗き込む。


「首無し騎士さーん、いますかー? いたら返事してくださーい……返事がないということはいないですねー」


 誰もいないことを確認しほっと息を吐く。

 何をしているのかと言えば、もちろんクエストだ。しかしこのクエスト受けなければよかったと後悔していた。

 

                 ●●●


「よう。ヨルクこないだいいアクセサリー屋紹介してくれてありがとな。おかげでマルベルにバッチリ似合うイヤリングが買えたよ。これ、お礼な。そういや知ってるか?」


 ハリスが三枚の銅貨をくれる。僕は遠慮することなくそれをポケットに突っ込む。

 くれるという物は貰っとくべきだ。


「何を知ってるって?」


「勇者の話さ」


「勇者? 勇者の何の話だよ」


「最近の勇者の活躍だよ。知っているか? 勇者一行はあの竜の泉に辿り着いてそこに棲みついていたドラゴンを倒したって話だ。勇者カミュは雷を呼び寄せ泉に放ち、ドラゴンを引きずりだし、戦士モルタンの一撃によってその巨体をなぎ倒し、勇者がその隙をつき、止めの一撃に必殺稲妻斬りを放ちドラゴンの首を見事一刀両断したって話よ!」


「ほ、ほんとかよ! 竜の泉のドラゴンって、あの聖騎士伝に出てくる暗黒竜の末裔だろ! それをまさか二人で倒したってのか? さすが勇者だ。……ん、あれ? 勇者カミュのパーティって三人パーティだ。もう一人、エルフの賢者ヴィーネ・フォログロアは活躍していないのか?」


「さあ、俺も不思議だったけど、しばらくヴィーネの活躍は聞かねーんだよな。それに今は勇者は港町ポートリノアに止まっているらしい。もしかしたら仲違いか何かしたのかもしれねーな。勇者だって聖人ってことはねーだろからな」


 そんなものだろうか? 以前出会った彼らには切っても切れない鎖のようなもので繋がっているような、そんな空気を感じたのだけど。


「まあ。どちらにしろ俺らには雲の上の話だけどな。少しでも冒険者として名をあげるためにはまずはギルドの昇格審査に通って、冒険者ランクあげねーとな。お前もあといくつかクエスト達成すれば、昇格に引っかかるんだろ?」


「ん? ああ。といっても今までのように『迷いネコ』クエストだけだと厳しいんだけどね。この辺でちょっとでも難易度の高いクエストを達成できれば――」


 すると、隣でハリスがこれ見よがしに首から紐でぶら下げた銅のコインを見せてくる。

 コインには車輪が描かれている。


「わざわざ自慢するために引っ張り出すなよな」


 ハリスが鼻高々に取り出したそれはビルネツア冒険者ギルドの正式な冒険者として認められた証であった。

 ちなみに車輪は貿易都市の象徴として使われており、ビルネツアの冒険者ギルドにその功績を認められた冒険者はみなこの車輪が刻印されたコインを持っているのだ。

 僕はまだ正式にギルドの構成員として認められていないので持っていない。


「あれー? もしかしてヨルク君はまだこのコイン貰っていない? えっ、なんだー、俺はさあ次の銀のコインを目指しての話をしてたつもりだったんだけど、ごめんごめん」


 こいつ、なんで勇者の話をしだしたのかと思ったら、回りくどくついこの間昇格したことを自慢したかっただけか!? ぐぬううう気前よくお金くれるからいい奴だと思っていたのに!

 

「ふん。お前だってついこの間まで僕と一緒の末端冒険者だった癖に。たまたま、銀ランク冒険者のクエストに荷物持ちとして同行して、運よくおこぼれに預かっただけじゃないか! それをギルドがお情けで功績として認めたことは知っているぞ!」


「なああ!? ぬうぅ! ぐぬぬぬ。お前なんか銅ランク冒険者に声さえかけてもらえず未だに一人で活動しているじゃないか!」


「ごぼわっ……。うっ、おおお、やめろ、それは言ってはいけない。言うんじゃない。それは薄々気づいてはいたんだから。あ、やば、眩暈が……」


 こいつ使ってはならぬ禁呪魔法を使いやがる。あ、なるほど禁呪魔法ってきっとこんな感じなんだな。だから使うの禁止になったんだ。そりゃそうだよ。立ち直れそうにないもの。


「ふん。悔しかったら昇格して見やがれ、やーい」


 こいつもはや子供かっ!? ぐぬうううう。だったら――

 僕はギルドでもそこそこ難易度高めのクエストが貼られた掲示版に目を走らせる。

 掲示版の前には純白のローブの人物がクエストを物色している。

 まずい早くしないと、クエストを取られる。


『洋館にでる首無し騎士』……わしが最近購入した洋館に妙な噂がたっている。なんでも首無し騎士がでるだとか! 頼む真相を解明してくれる冒険者求む。


『狙われた妹』……助けてほしい。妹の命が何者かに狙われているようだ。私一人では守りきれないかもしれない。妹を守りきることが私の使命なのだ。


『ゴブリンにより生み出された彼の者に安息を』……詳しいことは会って話す。どうか力を貸して欲しい。依頼内容は他言無用である。


 僕は反射的に『洋館にでる首無し騎士』のクエストを取った。


「よーし! 今に見てろよハリス。僕はちゃんと自分でクエストを達成して正式に昇格してやる!」


「けっ! できるもんならやってみやがれ、そのまましっぽ撒いて逃げ帰ってくる姿が目に浮かばあ」


「「ふん!」」


 言い合う二人を背に純白のローブの人物は静かにギルドを立ち去って行った。


                  ●●●



「はあー。僕のバカ。こんなの一人じゃ無理だよ。できれば首無し騎士の噂は嘘であって欲しい」


 部屋を覗くと家具や調度品にシーツがかけられていた。埃などが積もらないようにだろうけどもカンテラの灯が映しだすその光景は異様である。

 あのシーツの中にもしかして首無し騎士が潜んでいるのではと想像すると、背筋がぶわりと震えあがってくる。


「おじゃましまーす」


 自分でも誰に言っているのかわからないが、部屋へと足を踏み入れる。

 カンテラを翳し、シーツ群の中を進んでいく。

 あれは椅子だろうか。あれはきっと机だ。そして、あのもっこりなっているのはきっと、燭台だ。ときょろきょろ辺りを見回しては部屋の中を確認していく。すると……ちょうど立っている人にシーツを被せたらあんな感じになるだろうと思える物体を見つける。


「ま、まさかね……」


 震える手でシーツを捲る。鈍色の鎧が姿を現す。


「ぐうのおおおおっ!」


 まさか首無し騎士かと驚き、弾け飛ぶように後ずさると、後ろのシーツがかかった何かしらにしこたまぶつかる。その衝撃にはらりとシーツが捲れると、大きな絵画が現れる。

 ヨルクはちょうど額の角部分にお尻をぶつけたのか、涙を滲ませ床でごろごろと悶え苦しんでいた。


「に、逃げ、逃げろっ」


 尻を抑え涙ぐみながら床を這いずり必死に鎧から遠ざかる。扉まで辿り着きノブを頼りに立ち上がり、慌てて銅の剣を抜こうとするが、手がカタカタ震えて上手く抜けない。


「あわわわ、わわわわ、あわわわ――ぬ、抜けたっ。こ、この! かかってい!!」


 小刻みに揺れる剣先を鎧に向ける。鎧はさきほどの場所から微動だにしておらず沈黙を守るように佇んでいる。


「……あ、あれ? もしかしてただの置物の鎧? なんだ、お、驚かしやがって、ふん。命びろいしたなっ」


 そう言ってヨルクは剣を収める。しかしさっきは一体何にぶつかったのかと尻を擦りながら、元いた場所に戻ると大きな絵があった。

 絵には元々この洋館の持ち主の肖像画だろうか? 椅子に座ったブロンドの貴婦人が描かれている。腕にはブロンドの女の子の人形を大事そうに抱えている。


「綺麗な人だな。うむ。この綺麗な人に免じて僕の尻にダメージを与えたことは罪には問うまい。うんうん。冒険者たる者、寛容さも持ち合わせていないとな」


 うんうんと腕を組み頷き、まったくもって心臓に悪い部屋だと廊下に出る。

 カッと雷が光る。

 一瞬、廊下の向こうに何かが立っているのが見えた気がした。

 すぐに暗闇が戻ってくる。窓ガラスを叩く雨音が嫌に不安を煽る。


「なんだろ? なんかさっき一瞬見えたけど……、あれか、また鎧の置物かな。でもなんで鎧の置物が、廊下の真ん中に? それに一瞬だけしか見えなかったけど、頭が……無かった、ような?」


 雷がまた光った。

 視界には鎧が映り、その鎧がこちらに歩いてくるのが分かった。鎧には首がない。


「で、で、ででででで、出た!」


 首無し騎士だ。間違いない。

 ヨルクは今度は慌てずに銅の剣を抜き放ち構える。カンテラは壁の燭台掛けに引っかける。これでなんとか視界は確保できたはずだ!

 首無し騎士は剣を抜き放っており、ヨルクとの距離を詰めてきた。その剣が間合いに入り降り降ろされる。


(き、来たっ)


 僕だってこれまでいくつものクエスト(主に迷いネコ探しだが)を達成してきた実績と自信がある。

 ヨルクは首無し騎士が降り降ろしてきた剣を銅の剣で受け止め、バンっと銅の剣を弾かれた。


「――あ」カランと銅の剣が転がる。


 首無し騎士の剣が上段に構えられ、降り降ろされる。


「のおーっ!!」


 間一髪一撃を避け、ヨルクは剣に見向きもせずにとにかく全速力で逃げ出した。


「ぎゃあああああああああああああ殺されるーーー!」


「……出ていけ、ここから出ていけ」


 首無し騎士がガシャンガシャンと鎧を軋ませ追いかけてくる。


 ヨルクは必死に洋館を走り回り、部屋を見つけては飛び込み見つけられ、部屋を見つけては飛び込み見つけられを繰り返し一つの扉の前に辿り着く。


 暗闇に突然現れたような扉に縋りつくように開け放ち飛び込んだ。


 瞬間――カランっと鈴の音が聞こえた。


「いらっしゃーい」

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