第21話 恋せよ乙女

「あっ、ハイハイ。自分はもう行きますんでこちらにどうぞ!」

 シュタッと立ち上がったツクロイが調子よく場所を譲る。去り際に小さく「頑張んなさいよ」と囁いた彼女は物陰にすっ飛んでいった。残されたヤコは二の句が継げずそちらに手を伸ばす。

(お、置いていかないでぇぇ!)

「甘いの嫌いだった?」

「いえっ、そのようなことは!」

 背筋をしゃんと伸ばして向き直る。隣に腰かけた彼に再度クレープを差し出されて、素直に受け取った。はむ、と一口かじるといちごジャムと生クリームが甘く舌に広がる。果物は船からの支給品に無いので厚みがぺったんこで寂しいが、この船ではこれでも相当なぜいたく品なのだ。

「……」

 どう話したらいいのか分からないので、真っ赤になりながらひたすらむしゃむしゃと咀嚼する。するとふふっと笑ったアキトがこう言った。

「なんだか小動物みたいだ」

「ふぁ」

「緊張しなくていいよ、タメ語でいいし」

 タメでいいと言われるが、どう見ても自分の方が年下だろう。

「あの、アキト君って学年……」

「高一。まぁ、ほとんど学校には行ってなかったけどね」

「えと、それはやっぱり、撮影? とかで、忙しかったり?」

「うん。外ロケとかだと現場入り朝の5時だったりするんだよ、そのまま夜まで撮影してたりね」

「た、大変!」

 ぎこちないながらも、興味を引かれたことで色々な話を聞かせて貰う。芸能界のこと、両親のこと、実は俳優の道を目指していたこと。

 他愛もない話をする内に、ヤコの緊張はすっかりほぐれていた。アキトはとても話し上手で楽しい。それに、移船の話を無理に振ってこないのも嬉しかった。笑い合いながら自然と会話が弾む。

「あの、アキト君はどうやってカノープスのリーダーになったの? 混乱して、大変じゃなかった?」

 ぜひ聞かせてほしいと頼むと、彼はその時を思い出そうとするかのように目を閉じた。

「そうだなぁ、俺はレイさんみたいな超人じゃないから色々と失敗もしたよ。実を言うと、カノープスは最初、高3の奴らが支配してたんだ。ガードを抱え込んで食料も独り占めしてさ。俺はこのままじゃいけないと思ってクーデターを起こしたんだ」

 改心が見られなかったので、追放した者たちは崩れたどこかの街に捨ててきたという。どこの船でもドラマは繰り広げられていたようだ。すっかり感心したヤコは、我らが鬼軍曹のコメントを思い出す。

「すごいね。ハジメさん言ってたよ、アキト君だけは特訓の必要がないくらい強いって。どうしたらそんなに強くなれるの?」

 素直な疑問でそう尋ねると、どこか恥ずかしそうにはにかんだアキトはこう答えた。

「実を言うとさ、俺は幼なじみだった子の真似をしてるだけなんだ」

「幼なじみ?」

「そう、子供の頃お隣に住んでた女の子なんだけどね、すごく明るくて強くて勇敢で……泣き虫で虐められてた俺をいつも庇ってくれた」

 完璧に見えるアキトでもそんな時期があったのかと驚く。彼は胸の辺りを押さえて目を細めた。

「俺はその憧れに少しでも近づけるよう、この世界で頑張ってるだけだよ」

 それでも、その強さを手に入れるには並大抵の努力では足りなかったはずだ。常に仲間の事を想い、見知らぬ船に助力を求めて単騎でやってくるだけの度胸がある。なんて立派な志しなのだろう。ヤコが尊敬するレイに勝るとも劣らない人格だ。

 ――こんな世界なんだから、後悔しない生き方しなきゃ!

 ふいにツクロイの言葉がよみがえる。自分が何を言おうとしているのか分からないまま、ヤコは前のめりになってベンチに手を着いていた。

「あ、あのっ」

「おーい、アキトぉ!!」

 だがその時、遠くから呼ばれて会話が中断される。見ればカノープスのガード仲間だという男子がこちらに手を振っているところだった。

「やべぇよこっちの楽団! オマエの曲できるって! ここはいっちょ期待に応えるしかないよなぁ!? なっ!」

 その大声で、期待に満ちた目の数々が一斉にこちらに向けられる。ピャッと跳ねるヤコの横で、トップアイドルAKITOは苦笑しながら立ち上がった。

「やれやれ、一人で何をやれっていうんだか。ごめんね、ちょっと行ってくる」

「あ、うんっ、私も楽しみ……っ」

 はにかみながら告げると、一つ微笑んだ彼は立ち上がった。と、その尻ポケットから何かが落ちる。緑の巾着? だろうか。今どきのアイドルが持つにしては少し古風な気がする。

「落としたよ、アキト君」

「わ、ありがとう。大切な物なんだ」

 拾って手渡す時に手が触れてドキンとする。軽く手を振った彼はステージへと行ってしまった。残されたヤコはドキドキしながら胸の内を整理する。

(私、さっき何を言おうとしたんだろう? 落ち着かなきゃ、カノープスの滞在期間はあさってまで。それまでもう一度よく考えてみよう)


 ***


 その日の午後、小さな襲撃があり、二船協力で迎え撃つというハプニングが発生した。そこでのアキトの活躍はすさまじく、ヤコが信号弾を撃ち込んだ30秒後には、その辺り一帯をえぐり取って切り刻み、討伐に成功していた。それでも彼は驕る事なく、むしろヤコの能力が本物なことをしきりに褒めてくれた。照れながらその日は終わる――

(ね、眠れない……!)

 ――かに思えたが、ヤコの目はギンギンに冴えていた。戦いで神経が昂ってしまったのだろうか? ベッドの上でのたうつこと1時間、寝るのを諦めた少女は部屋をそっと出た。上着を羽織り夜風にでも当たろうかと散歩に出る。

 明かりが落とされひっそりとする展望ルームに入った時、昼間の光景がよみがえった。

(臨時集会、みんなそわそわしてたな)


『ニアの報告では、さきほど二つの船の進路が外向きに逸れ始めたらしい。あさってにはカノープスとの別れとなるだろう』

 ハジメの宣言に、落胆の声が場を満たす。分かってはいたことだが、この数日が楽しかっただけに余計に辛くなってしまう。

『今日みんなを集めたのは、カノープスとの別れの前に移船の件でハッキリさせておきたい事があったからだ』

 レイが話を引き継ぐと、辺りの空気が固くなる。そう、移船だ。別れは彼らとだけではない、もしかしたらこの中からも……。辺りを探るような雰囲気の中、リーダーは今後の方針を告げた。

『結論から言うと、移りたいと言う者は引きとめない事にした。アキトを始めとしてカノープスは信頼に足る船だと思う。あちらに縁者のいる者、彼らの力になりたい者、私は喜んで見送ろうと思う。ぜひ力になってやってくれ』

 暖かな宣言に何人かが頷く。ここで表情を引き締めたレイは「だが」と、前置きをした。

『一たび離れれば、再び合流できる確証はどこにもない。後悔のないようよく考えてくれ』

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