第20話 少女漫画のような

「そうだな、あまり引き抜かれ過ぎても困るが、基本的には本人の意思に任せようと思う」

 リーダーじきじきに勧誘のOKを出されてアキトの表情が明るくなる。ヤコはまだドキドキしていた。

(私が、船を移る?)

 チラッと様子を伺うとアキトと目が合った。軽く微笑む彼に心臓がバクンと跳ねる。

(わ、私、どうしちゃったんだろう)

 彼の姿が目に入るたび顔が熱くなる。なんだか頭がふわふわして落ち着かない。

 とりあえず会議は終了とのことで、皆がドヤドヤと部屋を出ていく。去り際にヤコの肩を一つポンと叩いたアキトは、爽やかに告げた。

「さっきは勢いで言っちゃったけど、割りと本気だから。真面目に考えてくれると嬉しいな」

「あ、はい……」

「オレはいつでも話せるから、何かあったらすぐ尋ねてきて。それじゃ」

 あわあわと返す言葉が見つからず口ごもる。ヤコが人見知りなことを即座に見抜いたのか、それ以上強引に攻めて来ることはなく彼は立ち去った。入り口の辺りでレイに追いつくと小声で何かを問いかける。

「ところでレイさん、気になってたんですが、もしかして貴女、千本木財閥の――」

「……」

 スッとそちらを見たレイの表情はこちらからは見えなかったが、アキトが口を噤む。ふ、と笑いを浮かべた彼は小さく「失礼、この話はやめます」とだけ返した。

(千本木財閥?)

 何のことだろうと首をひねっていると、背後からまだ円卓に残っていたムジカとミミカの会話が聞こえてきた。

「っていうか、イツはどこ行ったのよ?」

「え? ……あ! マジだ、そういやアイツ居ねぇじゃん! サボりかよ」

 あちこちから聞こえてくる会話も気になりすぎるが、浮かれ気分でポーッとするヤコにとって、それらは背景BGMのように耳を素通りしていく物でしかなかった。


 ***


 レイとアキト、各リーダーからの正式な通達があり、二つの星のコンジャンクション期間が始まった。

 デッキ同士に伸縮性のあるネットを掛け、お互いに行き来できるようになってからはお祭り状態だった。ほんの少しだが、二度と会えないと思っていた兄弟や友達が奇跡の再会を果たしていたり、物資や技術などの交換で有益なやり取りが進む。訓練場ではウチの鬼教官があちらのガードを鍛え、ニアが向こうのエンジニアに船の便利機能の解放を教えている。敵も空気を読んでくれているのか襲撃の気配はないし、全てが順調に回っていた。子供たちの間に笑顔があふれる。チョコなどの貴重な嗜好品なども振る舞われ、デッキの上は賑やかな音で満ちていた。


「――って事が、あったんだけど」

 そんな中、ベンチに腰かけたヤコは親友のツクロイに指令室での事を打ち明けていた。大仰な動作でのけ反った彼女は人目も憚らず叫ぶ。

「でええ!? あのAKITOから告られた!?」

「ツクちゃん、大きい! 声大きい!!」

 慌てて口を塞ぎ、誰かに聞かれていないか見回す。幸い、ステージの上でバンド演奏が盛り上がりを見せているところだったので、こちらを気にしている者はいなかった。胸をなでおろしたヤコは訂正を入れる。

「告白じゃなくて、勧誘だよ。こっちの船に来て手伝って欲しいって」

「にしたって『君が必要』だなんて、ほぼ愛の告白じゃない」

「うぅ、違うって」

 熱くなる頬を押さえながらここ数日の悩みを相談する。

「私、なんだかヘンなの、アキト君を見ると全身が熱くなって、心臓バクバクして、恥ずかしくて逃げ出したくなって……」

「あんたそれ、恋よ」

「ふぇ!?」

 まさかの答えにヘンな声が出てしまう。急にニヤニヤしだしたツクロイは肩を掴んで揺さぶってきた。

「そうかぁ~、あのヤコが初恋かぁ~」

「うぅぅ……やめてよぉ」

 改めて自分の気持ちを言語化されると、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。顔を覆って俯いていたヤコは、やがて小さな声を出した。

「ツクちゃん、私どうしたらいいかな?」

 正直、かなり揺らいでいた。アキトに心惹かれたから……だけではない。もしかしたら自分がこんな能力を授かったのは、戦力の少ないカノープスの為なのかもしれないと思えたからだ。

「行くべきね!」

 さらに横からスパッと後押しされて顔を上げる。ツクロイは真剣な顔をしてこちらに指を突き立てていた。

「命短し恋せよ乙女って言うじゃない? こんな世界なんだからなおさら後悔しない生き方しなきゃ」

 いずれコンジャンクションは終わり、二つの星は別々の道を行く。再び巡り合える保証などどこにも無いのだからと彼女は続ける。

「そっか、めぐり合わせ……なのかな」

「そうよ、直観を大事にしなきゃ」

 楽しそうなさざめく声が音楽に乗って流れてくる。それらをボーっと見つめていたヤコは、何気なくつぶやいた。

「恋って何なんだろう、すごくそわそわしてドキドキする。それでいて嫌じゃなくて、ふしぎな感じ」

「こんな状況でも……ううん、こんな状況だからこそ、あたしたちは誰かを好きになる。それは理屈なんかじゃないのかもね」

 ふとそちらを向いたヤコは、そういえばと口を開いた。

「ツクちゃんは、誰か好きな人っているの?」

 それに対してツクロイは、瞬いて黙り込んだ。ん-っと空を仰いで微かに考え込む仕草を見せたあと、照れたようにイヒッとイタズラっぽく破顔する。

「ナイショ!」

 頬を染め『誰か』を想う彼女はとても可愛らしかった。自分もそうなのかと思うと胸がドキドキする。初恋とは、かくも心を乱す物なのか。

(アキト君かぁ)

 目を閉じて彼の事を想ってみる。君が必要なんだと言ってくれた声が、真剣なまなざしが、心をポッと暖かく灯す。その感覚でようやく自覚する。あぁ、自分は恋をしているのだ。

「えっ、ちょっとヤコっ」

 それにしても、平凡な女の子がアイドルと恋愛するだなんて、まるで漫画の主人公みたいだ。あいにく舞台は学園物じゃなくてなぜかSFチックだけど――

「ヤコってば!」

 そこでようやくパチリと目を開ける。今の今まで思い描いていた顔がすぐ目の前に現れていて、妄想なのか現実なのか一瞬分からなくなる。だがそれも爽やかな笑みで挨拶をされるまでだった。

「おはよう、調子はどう?」

「ひゃああああ!?」

 アキトの出現にヤコは大げさな叫びをあげてのけぞる。それにプッと笑った彼は祭りのクレープを二人に差し出してきた。

「ちょっと話がしたいんだけど、いいかな?」

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