第19話 AKITOとカノープス
聞けば、カノープスもこの半年間、フォーマルハウトとほとんど同じ経緯をたどって砂漠をさまよっていたという。被災した子供たちを集め、突如現れた避難船に乗り込んだのだと。
少し困ったように笑うアキトはハジメの方に視線を向ける。
「ハジメさんは警戒しているようですが、カノープスにこちらを襲撃する戦力など残っていないですよ。お恥ずかしい話ですが、一度壊滅寸前まで行きかけたものでして……」
「アキト君の他にも、そっちにガードっているのー?」
懐っこい口調でナナが聞くと、アキトは笑いながらも少しだけ顔を曇らせた。
「ガードか、7名居たけど今は4人残っているよ」
つまり、残りの3人は……。それに気づいて皆押し黙る。その空気に気づいたのだろう、アキトは胸に手を当てると真剣な顔をして頼み込んだ。
「実はこちらに来たのはそれもあっての事なんです。あの砂の怪物と戦うコツなどあれば教えてくれませんか? 見たところフォーマルハウトさんはとても安定しているように見える。お願いします、俺はみんなの命を預かってここまで来たんです!」
アキトは勢いよく頭を下げる。その真剣な声音は嘘をついているようには聞こえなかった。哀しそうな顔をしたナナがレイの袖をちょんちょんと引っ張る
「レイ様レイ様、協力してあげよ? 悪い人には見えないよ?」
その隣でにへらと笑ったニアも挙手をした。
「さんせー、向こうの船も見てみたいし」
「ということだが、どうだ? ハジメ」
全員の目がハジメに集まる。グッと詰まった彼は重いため息をつくと結論を出した。
「……一応、そちらの船を精査させて貰う」
友好関係が築かれたことに、場がワッと沸き立つ。無理もない、この広い砂漠でようやく出会えた仲間たちなのだ。
「……」
だが期待に満ちあふれる中、とある人物がその場からそっと姿を消したことに誰も気づかなかった。
***
その後の調べで、最接近した二つの星はしばらく並走することが判明した。スピードを極力下げ、できるだけ長く一緒に居られるようにとそれぞれの船のエンジニアが調整する。
トップ会議はフォーマルハウトの指令室で行われることになった。カノープスからはアキトとエンジニアの男子が一人。招かれた彼らは椅子に座り、しきりに感心していた。
「驚きました、まさかここまで統率がとれているとは」
彼の意見には、後からこの船に乗り込んできたヤコも同意だった。この辺りはリーダーの才覚の差が大きいのだろう。アキトがダメと言うわけではなく、レイのカリスマ性が異常なのだ。カノープスに乗り込み色々と調べてきたニアが報告する。
「あっちの船内稼働エネルギーから算出して、カノープスの規模はだいたいフォーマルハウトの60%ってところだねぇ。キャパ的にも合流はちょっと厳しいかな」
「ガードの実力はまだ伸ばせる余地がありそうだった。俺でよければ指導する」
共に調査に行ってきたハジメが、腕を組んでむすっと続ける。頬杖をついてニコニコとするナナがからかうように言った。
「あれあれ~? 隊長ったらあんなに警戒してたのに優しーい」
「……俺も鬼ではない。本当に助けを求めている者ぐらいの見分けはつく」
ここでアキトをまっすぐに見つめたハジメは、いたわるような声音でこう告げた。
「大変だったな」
ハッと目を見開いたアキトは、目を潤ませながら礼を言う。
「ありがとう……よろしくお願いします」
共に来たエンジニアは人目も憚らずおいおいと泣きだすし、よほど困窮していたのだろう。うん、と一つ頷いたレイは会議の取りまとめに入った。
「では、交流期間中できるだけの支援をすることを約束しよう」
「わぁっ、
嬉しそうに指の先を合わせたヤコが発言する。皆の視線が集まったことでハッと我に返り、慌てて補足する。
「あ、あのっ、星同士が最接近することを天体用語でコンジャンクションって言うんです。すみません、ふと思い出しちゃって」
「前から思ってたけど、星好きなの?」
「あわ、少しだけ……」
焦るヤコに場が和み、席を立って改めて自己紹介が行われる。ところがそのヤコを紹介されたところでひと騒動が起きた。アキトと引き合わされて能力を紹介された瞬間、すさまじい勢いで彼が喰いついて来たのだ。
「
「えっへへ~、ヤコちゃんはウチの秘密兵器なのです! ナナが見つけたんだよっ」
「一応そうなんです。つい最近この船に乗ってきて、ガードとしてはまだまだ――」
新米なんですけど。と、続けようとした瞬間、ヤコは両手を掴まれてグイッと引き寄せられた。
「ひゃあっ!?」
驚いて見上げると、真剣な顔をしてこちらを覗き込んでくるアキトの顔がすぐ間近にある。切羽詰まった表情の彼は、勢いのままにとんでもないことを言った。
「頼む! ウチに来てくれないか? 君が必要なんだ!」
「えっ……えええっ!?」
男性に対してあまり免疫がないヤコはすぐに真っ赤になってしまう(しかも相手はトップアイドルの超イケメンだ)意味不明なうめき声を漏らしていると、ハッと我に返ったアキトは手を離してくれた。
「ごめん、急に言われても困るよね」
だが真剣な目は変わらずこちらに向けられている。整った顔から向けられる熱視線にヤコはポーっとして、心臓がドクドクと脈を打ち始めてしまう。
「あ、ええと……」
周囲からの視線で、アキトは今の発言がぶしつけ極まりないことに気づいたのだろう、ようやく目を逸らして他の面々に向かって非礼を詫びた。
「すみませんつい……。こちらの戦力を奪う意図は……」
「いいや、その気持ちはよくわかる。彼女の能力はどんな船でも欲しがるだろうからな」
「レイ様!?」
窘めるどころか肯定するリーダーに、ナナが苦言する。どうにも保護者気分らしい彼女は、ヤコにひしっと抱き着きながら非難の声を上げた。
「いやですよぅ、ヤコちゃんあげちゃうなんて」
「こら、ヤコは物じゃないんだぞ。いいかナナ、人の心に枷はつけられない、それを決められるのは本人だけだ。こちらとしても手放すのは惜しいがな」
「ぶー」
むくれるナナを横目に、アキトは期待に満ちた目でこう問いかけた。
「では、ガードも含めたクルーが、移船できる可能性もゼロではないんですね?」
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