第4話 ナンバー8

 なんで、と視線だけで問いかけると、答えてくれたのは少し離れた位置にいる男だった。

「身分の格差を無くすためだ、ここではたとえ財閥の令嬢だろうが芸能人の子供だろうが、一乗組員クルーとして平等に扱うことになっている」

 あまりにも唐突に非日常に放り込まれたせいか、実感が湧かない。もっと聞くべきことは他にあるだろうに、少女はなんとなく浮かんだ考えを呟いていた。

「レイさんがナンバー0ってことは、ナナちゃんは」

「そう! 7番、ラッキーセブンだよっ」

「で、あなたはハジメさんだから、1番?」

「便宜上な」

 レイにハジメにナナ。この世界では数字にちなんだ名前がつけられているのだろうか。どこか他人事のように考えていた少女だったが、次の展開に大きく目を開く事になる。

「レイ様レイ様っ、このコにも名前つけてあげましょっ」

「!?」

 面食らうが、ナンバー0のレイは特に気にすることもなく指を折り始めた。

「ハジメ、ニア、ミミカ、シノ、イツ、ムジカ、ナナ――あぁ、8が空いている」

「よーっし、あなたは今日からナンバー8よっ」

「なんばーはち……」

 戦隊ごっこみたい、という言葉をすんでのところで呑み込む。助けて貰ってそれはあまりにも失礼だし、それに先ほどの戦闘はごっこ遊びというには危険すぎる。

「でも、ハチってちょっと犬みたいだよねぇ。んん~、そうだなぁ」

 首をひねったナナはいきなり地面にしゃがみこんだ。砂地に指を立て8やら八やら美やら子などを書き出す。

「じゃあハチ美ちゃん? ハチミン。やっつ……えいと――八子はちこ

 そこでポンと手を打った彼女は、満面の笑みで命名をしてくれた。

「ヤコちゃん! あだなはヤコちゃんで決定ー!」

「や、こ?」

「おい、そろそろ行くぞ」

 そのやりとりを見ていたレイはフッと笑った。

「ではヤコ。改めてようこそ、この希望と絶望に満ちた半年後へ」

 ヤコ。それがこの世界で少女に与えられた新しい名だった。


 ***


 再びナナにおんぶされ移動を開始すると、ようやく状況に頭が追い付いてくる。元居た市街地へ戻ってくれと必死に頼むのだが、彼らは頑として聞き入れてくれなかった。

「もう日が沈むし、船に戻らないと危ないんだよ」

「そんな……」

 自宅に居た父親がどうなったかどうかだけでも知りたかったのに。ぎゅっとナナの背中にしがみつくと、彼女は申し訳なさそうに答えた。

「ごめんね、でも行っても誰も見つけられないと思う。あの日を境に、大人たちは一斉に消えちゃったんだ」

「消えた?」

 聞けば、あの青い雪が降った日、砂人形の出現によりT市だけではなく、どこの都市も数時間もしない内に壊滅状態になってしまったという。今では全てが砂の下だと。

 逃げ惑っていた子供たちは、いつの間にか周囲から人が減っていることに気が付いた。本来なら保護してくれるはずの大人たちが一斉に消え失せてしまったのだ。

「後から調べて分かったのだが、あの時点で18以下の年齢の者だけがこの世界に取り残されたようだ。大人たちが消滅したのか、それとも別のどこかへ移されたのかは分からない」

 横からやってきたレイが落ち着いた口調で言う。混乱する頭を必死に整理して、ヤコはしどろもどろになりながら尋ねた。

「えっと……それって日本だけなんですか? 海外から助けとか、あ、ニュースとか、ネットとか!」

「残念ながら今のところ救援が来た試しはない。インターネット回線も不通。ラジオはどこの周波数に合わせてみてもダメだった」

「……」

 パニックに陥った子供たちは、捕まえようとしてくる砂の人形から必死に逃げ惑うしかなかった。

 そんな中、一部の者が驚くべき能力に覚醒した。軽く地を蹴るだけで高く飛び上がり、常人の何倍ものパワーで敵に対抗することができる――そこまで聞いたヤコはドキリとして身体を強ばらせた。

(それって……)

 自分もあの時、信じられないような身体能力を発揮しなかっただろうか? 無我夢中で鉄パイプを、あの砂人形の青く光るところ目掛けて突き込んだ。

「えーっと、どこまで話したっけ? そうそう、ナナはその時はまだ覚醒してなかったんだけど、レイ様とハジメっちが子供たちを中学校に集めて庇ってくれたんだ」

 いきなり未知の戦闘能力に覚醒したばかりの彼らも戸惑ってはいたが、それでも冷静に状況を見極め、逃げ惑う子供たちを誘導し護ってくれたという。

 しかし、それも日数が経ち次第に追い詰められていく。食料も体力も尽きかけ、もうダメだというところで『それ』は砂漠の彼方からやってきた。

「『それ』? 誰か助けに来てくれたの?」

 もったいぶってニヤニヤとするナナは、んふふ~っと笑うと加速した。砂丘を一気に駆け上がり、見晴らしの良いてっぺんまで来たところでヤコを下ろす。

「ひゃくぶんは一見になんとやら。ごらんあれ! あれこそがナナたちの『我が家』だよー!」

 急な風向きにギュッと目をつむったヤコは髪を押さえながらゆっくりと目を開け――そして『それ』を目にした。

 なだらかに続く砂丘のド真ん中で、とんでもなく巨大な黒い球体がゆっくりと移動していた。

 大きさは野球場のドームを2倍にしたよりも大きい。表面には赤い光の線が複雑な経路をたどりながら走り、土星のリングのような外周がぐるりと取り付けられていた。壁面の一部に銀色の文字でFomalhautと表記されている。

 球体の底には大きな一つの赤いリングが水平に付いていて、どうやらその不思議な光が本体を浮かせているようだった。もし本当にあの中に人が入って生活しているというのなら、まさに動くマンションである。

「あれが船? どうなってるの? どうやって浮いてるの?」

 現代科学ではとても説明が付かないような建造物にヤコは激しく混乱する。あれだけの巨体を浮かせている動力はいったい何なのか。そんな疑問に対して、隣に立っていたナナはいい笑顔で即答した。

「わかんない!」

「えぇ……」

「ふふ、あの船を宇宙船だと言う者も居るな」

 追い付いたレイが軽く笑いながら言う。振り返るとハジメはまだ警戒しているのか少し離れたところに立っていた。むっつりとした顔つきでこちらを睨む様に、ヤコはビクッとして思わずナナの影に隠れる。

 そんな不穏な空気に気づいているのか居ないのか、レイは淡々と続けた。

「移動要塞船『フォーマルハウト』。この不毛の地で我らが生きていくには、あの船に乗り込む他なかったんだ」

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