第3話 覚醒

 問われたナナは砂の巨人の方を見る。顔をしかめると不満そうに答えた。

「光なんて見えないよ?」

「ほら、あのノドの辺り。ぼやっとしてる」

 ナナには見えないようだったが、少女の目には確かに映っていた。砂のバケモノの喉元で、明暗を繰り返すように青い光が灯っている。

 しばらく首を傾げていたナナだったが、突然ハッと振り向くと少女の顔をじっと見つめた。

「……もしかして」

「?」

 再び自分の背中に乗るよう指示したナナは、戦闘の場に向かって駆け出した。だいぶ接近したところで、上空で戦う仲間に呼びかける。

「たいちょーっ、リーダぁー!」

「ばかやろう! なんで来たっ、加勢は要らないって――」

 怒鳴りかけた刀男にかぶせるようにナナは叫ぶ。

コア! ノドの辺りにあるかもしれない!」

「はぁっ!?」

 ぐいっと押されて前に出る。ナナは興奮したまま続けた。

「この子! コアを見つける能力があるのかもっ、青い光が見えるって!」

「ばっかそんなわけあるかっ、可視化できるほど表面にあるわけ――」

「待て、ハジメ」

 冷静な声の女性が男を制し、タッとこちらに降りてくる。

「!」

 フードを下ろした彼女に、思わず息を呑む。

 年は少女よりも二つ三つ上だろうか、腰までの長い黒髪が熱を含んだ風で翻り、ひどく鮮やかな紅色のまなざしがまっすぐにこちらに向けられている。その極上のルビーのような虹彩は見ている間に茶色に落ち着いて行った。凛とした表情の彼女は、落ち着き払った声で問いかけてくる。

「本当か? 青い光が見えると言うのは」

 その麗しさに圧倒されていた少女は、ただコクコクと首を縦に振ることしかできなかった。しばらく思案していたフードの女性は、背中を向けると少し屈んだ。

「わたしの背に乗れるか?」

「あっ、はい!」

「ハジメ、援護を頼む」

「っ……!」

 一瞬、苦い顔をした男だったが、地を蹴ると抜刀しながら左腕を切り落とした。敵の体を踏み込んで方向転換すると、同じように右腕も。

 ナナの時と同じくおぶわれ、トンッと地を蹴る振動が伝わる。十数メートル上空に跳んだ少女は彼女のフードの脇から標的を見上げた。

「あそこですっ、のど仏の辺り!」

「しっかり捕まっていてくれ、行くぞっ」

「っ!」

 リーダーは腰から抜き取ったナイフを砂のバケモノの右腿に突き立て、それを足がかりにさらに上へと跳んだ。

 タッと肩に飛び乗ると、予想に反して足場はしっかりとしていた。ずぶずぶと沈んでいくこともなく、その太い首に手をつく。

「ここです!」

「よし」

 少女が指差す先へ、リーダーは腰から抜刀した刀を思い切り突き立てた。足元の動きが一瞬止まり、そして――

 ――ギャアアアア!!!

 鼓膜を殴られるような爆音が響き、思わず両手で耳をふさぐ。

 だがリーダーは歯を食いしばりながらさらに突き立てた。グリッと回しながら刀を引き抜くと、こぶし大の美しい青い石が砂のバケモノの体内から出てくる。外気にさらされたそれは見る間に色を失い、サラサラと崩れていった。

 ――アア……ァァァ

「わっ、わっ」

 ゆっくりと崩れていく砂の身体に冷や汗が出る。バランスを取ろうとすると、リーダーが身軽に跳んで来た。

「よくやった、さぁ行くぞ」

 そして横抱きにされ、そのまま空中へ飛び出す。バケモノは物言わぬ砂山となり、やがて動かなくなった。おこぼれに預かろうとしていた小型も、敵わないと見たのか大人しく溶けて地中に還っていく。

 やわらかく着地するとナナが滑り込んできた。ポニーテールを揺らし興奮冷めやらぬまま上下に飛び跳ねている。

「ふわぁぁ驚いた! ホントにコア見つけちゃうなんて!」

「お前、能力者だったのか?」

 同じく驚いた顔をした刀男も話しかけてくる。答えられずにいると、武器を納めたリーダーが近寄ってきた。

「改めて礼を言おう。透視とは希少な能力だ、大切にするといい」

「透視? 能力?」

 繰り返すことしかできない自分が情けなくなるが、本当に何も分からないのだから仕方がない。

 途方に暮れたような少女の様子を見ていた三人は顔を見合わせた。静寂がその場を駆け抜ける。

「ねーねー、もしかしてだけどさー」

 沈黙を打ち破り、覗き込んできたナナの目は期待に輝いていた。

「『今、目覚めた』の?」

「……あの」

 そこで少女はようやく事情を説明することができた。砂のバケモノに吹き飛ばされ気を失い、気づけばいつの間にかこんなに荒廃した世界になっていたことを。

「もしかして私、異世界?とかに飛ばされちゃったんですか?」

 昨今、漫画やアニメなどでよく聞くフィクションが頭をかすめる。だがその考えはあっさりと否定された。

「いや、ここはT市だし、俺たちも普通の日本人だ」

 宙を跳んだり目の色が変わったりする日本人がどこにいると言うのか。

 だがその疑問をぶつける前に、その隣にいたリーダーが静かな声でこう続けた。

「ただし半年後」

「半……?」

「現代文明が崩壊してからすでに半年が経過している。君はあの鉄塔の下でずっと眠り続けていたようだな」

 ぽかんと口を開けていた少女は、ぎこちない動きで自分の身を点検してみる。見たところ特に異常はない。ひどく空腹なことを除けば制服が少し汚れているくらいだ。

 ふと思い立ち、ポケットに入れていた携帯端末を取り出してみる。サイドにある電源ボタンを何度か連打してみるが、暗い画面は戸惑う自分の顔を映すばかりだった。

「そんな……今朝充電したばっかりなのに……」

 ふぅと息をついたリーダーは、辺りに敵が居ない事を確認してから話し出した。

「そういえばまだ名乗ってもいなかったか。私はナンバーゼロ、皆からはレイと呼ばれている」

「あ、私は――むぐっ」

 反射的に名乗ろうとしたところで、ナナに口をパシっと塞がれる。彼女はイタズラめいた瞳でチッチッと指を振った。

「ダメダメ、ウチの船じゃ今までの名前を使うのは禁止されてるんだよ~」

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