二二 それから
隣の部屋の明かりはあの日から点くことはなかった。しばらくはどうしようもなく
夏の終わり頃に、ボクは誰に向けるともなく異世界もののWEB小説を書き始めた。書き始めるまでに半年もかかってしまったけどね。ユウがいなくなってしまった隙間を埋めるように書きなぐっていたものは、たいして見てもらえることもなかったけれど、なんとなく自分の傷口を埋める作業にはなったのかもしれない。
秋になった頃に、読者さんのひとりから微妙なツッコミをもらってしまった。
『有機輪転機って筆名はどうかと思うんだよね。コクーン』
くっ、そんなこと言われても仕方ないじゃないか、ボクだってあたまおかしいと思うんだよ。とりあえず魂の名前だからとか適当に答えておいた。ユウおまえのせいだからな! てか本文に対してじゃなくて、初めてもらったコメントがペンネームがおかしいって、流石に膝から崩れ落ちたぞ。
血を流していた傷はやがて癒えてカサブタになるのだろうか、なんて詮無いことを考えながらでも、書きすすめるのは段々と楽しくなっていた。単純にユウとの思い出をなぞってるだけだともいえるけど、悪くない気分だったんだよ。後ろ向きかもしれないけれど今はそれで良かったのかもしれない。
初冬、またツッコミを受けてしまった。
『転生するときにピンクの部屋はどーなんですかねぇ、あと女神様が半ば廃人だとおもうんですけど、カツ丼は魂状態だと食べられないと思うんですよ』
あーー。もう、もう。はい、はい、ごめんなさい。犯人はアイツです。ツッコミが的確すぎるんだよな。
えっちな展開をちょっと期待するだろ、ピンクだったらさぁ。とか言い訳したいけど精神状態を疑われそうだ。女神様があたおかなのはモデルがあたおかだから仕方ない、という言い訳を声を大にしてお伝えしたい。しないけど。
『ゴブリンは普通は喋らないと思うんですよね、しかもみんな頭おかしいじゃないですか』
ボクもそう思うよ。ぐぎゃぎゃとかでいいじゃないかと。でもボクたちのゴブリンはそうなんだから仕方ないじゃないか。でもその設定を考えたヤツが楽しそうに話していたものだからボクもソレがいいかなって思ってしまったんだよ。まったく。戦犯はアイツだから。誰だか分からない人からもツッコまれてしまったじゃないか。
『セミファイナルは罠じゃないと思うんだよ』
いや、めっちゃ罠じゃん。ユウが考えたわけじゃないオリジナル要素を入れ込んだらこれだよ。毛虫より罠っぽいじゃんか。てかこの人、いつもコメントくれるけど段々容赦なくなってないか? てかこれが普通の反応なのだよな? うむうむ。
いつしかこのコクーンって人に見てもらってツッコみをもらうのが日常のようになるのかなんて思いながら今日も筆をとるのだ。
『えっ、水着じゃないじゃん。誰だかわからなくなるじゃん』
いやいや、名前いってるじゃん。水着でしかキャラを判断してないのかよ? ボクはちゃんと分かってるんだよ。これは七着目のビキニの前の回だって。うわ、これはキモいなこの記憶は消毒だ。
『ずーっと疑問なんですけど、なんで女の子が全部水着なんですか?』
知らん。ボクにもなぞだ! でもほら可愛いと思いませんか。なんだかんだでボクは嬉しくなっちゃうし見てるだけで元気貰えるんだよ。いいじゃん。好きなんだよ。ユウの元気な姿とかぶるのだから。
『もっとましな耐性をつけないと駄目だと思います』
知ってる、自分が一番わかってる! でもやめられない。というかいまさら炎耐性とか苦痛耐性とかついても面白いか? いや、まて。面白いかどうかで判断するのがそもそも
『ハーレムメンバーにもっとちっぱいの女の子を入れるべきだと思います』
ちょっとーなんですか、あなたは紳士かなんかですか? おまわりさんはこちらですよ→交番。あ、ボクも同罪になりそうな予感がちょっとだけするけど、たぶん気のせい。
『盗賊の人たちキモーイ。ウマ可愛いなぁ』
あなたの感性がさっぱりわかりません。ユウみたいなやつだな。笑いのツボというか好みのツボが似ている気がする。え、まさかボクが異端者なんじゃないだろうか? いやいや、ないないないない。多数決だとボクがマイノリティーになってしまう、この考察は危険だ。
『大体においてコメがなくて麦はあるみたいなことになってるけど、もしかしたら麦がない場合はどうするのだろうね? でもごはんのほうが好きかも』
知らんがな。麦がなければケーキを食えよ! 異世界で農業やれよ、職業が農民でクワスキルとか覚えろよ。魔法の代わりに肥料でも出せばいいじゃんか。奴隷じゃなくて小作農でも雇いなさいよ。
『この小説が終わったら、別の新しいお話を書くのですか?』
どうなんだろうなぁ。確かに書くのは楽しくはなっているというのはあるけれど。傷口に
『ねーねー、ちゅーしてるんだけど。えっちなのかな、かな?』
そこはツッコむなよ。恥ずかしいんだから。こうゆうシーンってもっとも生の部分がでちゃうことがあるから注意したほうが良い気がする。うん、わかってる。スルー推奨でお願いします。いや、ホントまじで。
『お話は終わりな気がするんだけど、完結にはしないのかな?』
なんというか、この作品は異世界ファンタジーの名を語った、ボクからユウへのどうしようもないラブレターだから。ボクが書くのをやめない限りユウはここで生き続けるなんてどうしようもない自己満足を添えた、ラブレターなんだから。だから完結タグは付けないんだよ。マジで顔から火が出るわ。
あれからもうすぐ、一年が過ぎようとしていた。今でも本当にユウはアホだと思うんだよね。どうしてあんなにも突拍子もないことばっかりして、ボクを混乱させたのさ。でも思い出すのは笑顔で元気な水着姿のユウだけだ。天井に向かって話しかける習慣が付いてしまったのには閉口するが。あと水着の写真だから両親とかに見られてないかヒヤヒヤするんだよ。まったく。
そうそう、天井に貼ってあるユウのポスターの裏に、大好きだよってちっちゃく書いてあったのを発見したのはつい最近だ。なんだこれ。ユウ、ボクのこと好きすぎじゃん。あと、めっちゃ見張られてる気がしてきた。
小説の最終話を投稿したのは昨日。冷える夜だった。
今日は、もうすぐ春だというのに雪がふって街を白く染め上げていた。そのことにに気がついたのは昼頃、やっと起き出したところだった。「白い雪か」自分でポツリと呟いて少なからず白であることに残念な気持ちが湧いていることにわずかばかりの驚愕と残念思考に対する反省をすることひとしきりだ。
「やぁ、きたよー」
突然、最近久しく開かなかった窓を開ける音がした。それとともに懐かしい声が聞こえてくる。
「窓が閉まっていたらどうするつもりだったんだよ」
自分の声がちょっと震えているのがわかる、湿り気を帯びた冴える空気に溶けるように言葉尻は消えかけた。
「閉まってるわけないじゃん、キミはそうゆう人なんだから」
「へっ、女々しくてすいませんね、で、どうして水着なんだ?」
えっと、なんだこれ。思考が追いつかねぇ。いよいよ異世界にでも行くのかボクは。
「ただいま~、異世界で待っていたんだけれど、待てど暮らせどキミがやって来ないから帰ってきちゃったよ」
と言いながら抱きついてきたユウは、いつもと同じお日様の匂いがした。胸元に顔をうずめながら話すユウの動きが伝わってちょっとくすぐったい。
「ねね、あの小説、あれってわたしたちのことだよね?」
「な、なんの……ことだ」
「有機輪転機」
「ちょ、ユウ。なんで知ってるんだよ」
「えっ。いつもコメント書いてたじゃんか」
「ん?」
「コクーンで
「……ドあほう。気がつくかそんなの。遠慮のないツッコミでおかしいと思ったんだよ」
「でも私は大好きだなあれ、主人公がヒロイン好きすぎてうけるし」
「……」
「ねーねー。好きすぎない?」
「えっ、なんだって?」
ボクは話をごまかすために、断ち切るように咳払いをしてから聞いたんだ。
「おかえり、いせかいはどうだった?」
「キミがいなきゃ退屈なだけだった」
「そっか」
「そう」
止まっていた時間が動き出すというのはこうゆうことなのかなとぼんやりと思ったりしたけど、今はただ。目の前に居てくれることがなによりも嬉しかった。それでは一年前の続きをしようか。
「今度は違う答えをくれるか?」
「うん」
それから。嗚咽まじりの唇をそっと重ねられた。
「口には初めてかも、とびっきり甘い涙の味がするよ」
「ばっか、ちゅーしたらラブコメ終わっちまうじゃないか」
「へへっ、今度は違うお話にしようよ。はちゃめちゃにり楽しく最高にくだらないけど、ふたりで未来に向かう話とかどうかな?」
「そうだな。とりあえず、この一年間のことをたくさん話そう。眠くなるまで話そう。目が覚めたらこれからのことを話そう」
「いせかいに行くまでにはまだまだ時間がかかりそうだしね、ゆっくりと話せると思うよ」
「そうだな」
連載中から完結に変えない理由はない。
▼ということでひとまず完結です。読んでくれてありがとうございました。ちょっとでも気に入っていただけたら幸いです。
いつかキミといせかいに からいれたす。 @retasun
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