一六 死因の研究

「ご飯にする? お風呂にする? それとも、い・せ・か・い?」

「断・然・飯!!」

「そうだね、異世界だね」

 すいませーん、この人は脳か耳か両方かもですが、おかしいですよー。


「あっ、なんか今の新妻っぽくない? うっふーん的な」

「うっふーん、ぢゃねーよ。そもそもどこに新妻感あるんだよ、区切って言えばとか考えてないだろうな? あと色気が足りn……」

「ふーん」

「……なんでもないですよ」


 薄暮が濃紺へと代わる頃にボクの部屋に遊びに来たユウは、ダボダボの白いワイシャツを着て、軽く袖を捲くって指先だけをのぞかせていた。肩がちょっと落ちてるのはお約束で、裾からは生足がちらり、白いロングソックスが左右で違う高さにあがっている、具体的には太もも半ばと膝下だ。逆にあざとい。


 頭の左右に淡い橙色のシニオンに包まれたお団子がボクを誘惑してくる。そこを掴んで操縦するに違いない(違います)。著しくグッときますよ。小動物に萌えてしまうのと、ユウに萌えてしまうのはきっと遺伝子レベルの問題なので、不可避だと思い知らされますね、ええ。


「ねぇ、どうしてわたしたちは死んだら異世界に行っちゃうのでしょーか?」

 でも口から出るのはこんなんばっかりだよ。もっとつやのある感じの話ができないものですかねぇ。これはこれで通常運転だから肩の力が抜けていいんだけどさぁ。


「えっと、疑問するけれども……。なんで、転生前提なの? 常識が異世界に逝っちゃってないかな。あくまでもフィクションでしょうよ」

「なに夢のないことを言ってるのよ。わたしは人生を引退したら異世界に行くんだから、気持ちを切り替えないとだめなんだよ」


「あれ、ボクも含まれてた。でも、いける気がしないのだよなぁ~」

「そんなこといってるけれども、本当は逝きたいよね? あれだけ物語があってみんな行ってるんだから、普通に異世界はあるから! ということで、今日は異世界に行く死因を究明していくよ~」


「えーでもさぁ死因を考えると、トラックに引かれたり、突っ込まれたり、雷おちてきたり、過労死したり、事故だったりととにかく殺されるんだよな~。やだよな~」

「なにを言っているの? 逆に考えるのよ。異世界に送り届けていただいていると」

「ポジティブにすぎる!」

「まぁ、嫌がってもわたしのビキニとかパンツを見たんだから異世界ぐらい付き合ってもらうけどね~」


「なんか理不尽な理由で拒否権がなかったわ。そうだ、老衰とかどうかな?」

「異世界に九五歳で転生してキミはなにを成すのさ、そも人生に満足しちゃってたら異世界なんて夢のまた夢だよ! ボケるのは歳をとってからにしてよね、キミはツッコむほうだしね? えっちだね」

 ほほう。


「ユウとキミの異世界ラジオ~♪」

「なんでぇなんでぇ、藪から棒に」

「あ、ジングルなんで気にしないで」

 無理。思わず江戸弁になるぐらいめちゃめちゃ気になるやつじゃん、なにが起きちゃうんだよ。


「そんなこんなではじまりました、いせらじ! 本日は異世界に逝くシチュエーションをランキング形式で、ここキミの部屋特設スタジオから発表していきたいとたいと思いまーす」

「そうきましたか」


 いや、さっきから気にはなっていたんだよね。部屋の隅に広めのテーブルと向かい合わせに椅子が置かれていたからさ。テーブルの上にはマイクアームに取り付けられたラジオマイクが設えられており、ご丁寧にポップガードも付いている。えっ、このなんだかスイッチっぽいのってカフボックスかよ。なんかカッコイイ、ほのかにワクワクしちゃったぞ、男の子だもん。でもまた変なものを揃えてきたなぁ。というかいつの間に設置されたんだろうね、この子たちは。


「と、その前に。こんにちは異世界大好き十六歳ユウです、今日も転生者(予定)のキミと一緒に送っていきたいと思います。はっじまっるよ~いぇ~い」

「はじまっちゃうか~」


「それでは改めまして、最初のコーナーは定番の普通のお便りふつおたから紹介していくよ~」

 ユウはペラペラと薄い冊子をめくりながら淀みなく進行していく。相変わらず細かいディテールアップに余念がないんだよな。無駄な作り込みがエグい。

「芸がこまけーなー。台本まであるのかよ」


「ラジオネーム裸々ララさんからのお便り、みなさん、おはこんばんちは~」

「はい、おはこんばんちは~」

 ◯ンギン村かな?


「こないだ、お風呂に入ろうとしたら地震が発生したんですよ。もうパンツ脱ぎかけであせちゃって、リビングに飛びだしちゃって、そのときに部屋にいたジャンガリアンのゴメスと目があっちゃって、すっごい恥ずかしかった~。そんなこんなでユウさんは最近恥ずかしかったことってありますかね?」


「なかなか微妙びみょいエピソードだな。」

「わたしはキミに中を見せろって言われたので、渋々と洋服を脱いだことですかねぇ」

「オイマテ。中を見せろと言ったのはリュックサックだし、服の下は概ねビキニだったからな。あと嬉しそうに脱いでほしい(祈)」

 ちょ、じとっとした目でみないで、真顔で返されると赤面必死の恥ずかしさしかない。


「続いては、三日連続勤務中さんからのお便り。おはようございます、時刻は四時をまわりました」

「おはようございます、ナニこの出だし。四時はまだ寝てる時間だよね」


「なんというか同調圧力っていうんですかね、この仕事終わらないと帰らせないよ的なアレありますよね。それでいて誰も声をかけてもくれないって言うね。そうこうしているうちに段々と体が動かなくなってきまして、寝てるのか起きてるのか気絶のなのかのあわいが、分からなくなっちゃったんですよ。みなさんは最近気がついたら意識を手放していたなんてことはありますか?」


「最近は、貴族の令嬢をやってたり、ギルドの受付嬢を演じたりゴブリンになりすましたりしてると、自分との境界が曖昧になってくるんですよ、ほとんど無意識かもしれません」

「憑依型の女優さんみたいなこと言ってるぞ、天才タイプかよ! あとこの人は大丈夫ですかねぇ、お家帰らせてあげて」


「ではリクエスト頂いた曲をかけちゃいますよ。本日最初のナンバー“転転転生”ちぇけら」

 ユウがスマホを操作してBGM流してますよ……凝り性め。


「いせらじ。ユウとキミの異世界ラジオ~♪」

 会話の合間にジングル入れられると話の切り替わりとかわかりやすくて良いんだけど、なにか腑に落ちないぞ。


「いやーみんな無事に異世界にいけるといいね」

「無事とは? 死んじゃってる前提なのはどうなのかな?」


「さてさて、本日のメインテーマ異世界逝き方ランキング。そろそろ発表していくよ~、第六五五三六位はパンツ脱ぎかけに地震がきて恥ずか死」

「キリは良いけどもうちょっと上位からにしてほしいのだけど。あとこれさっきの人の後日談じゃないよな?」


「えー。では第四〇九六位“コップから飲んだ水が喉に詰まって異世界へ”」

「微妙なキリ番踏んでくるのどうなんですかねぇ。どれだけ粘度の高い水を飲んだんだよ! あと永遠に終わらなさそうなので、せめて七七位くらいからにしませんかねぇ?」

「ヘドロ入りだったかもね」

「なんてものを飲んでんだよ、死にたがりかよ」


「……あ~、ひとつはっきりさせておかないとダメでした。自殺はダメ。積極的アプローチに足り得ないから。スーサイドの後は無ですよ? なのでわたしが倒れたからって後を追っちゃダメだよってことだよ、わかった?」

「なんだかなぁ。とはいえユウを愛でられない世界とか考えたくないけどな~」

 にやにやすんな。


「そうそう、第八八〇一位に変わったのがあったので紹介しちゃうよ。それは“副葬死”だよ。実践してくれたのは兵馬俑へいばようハニワさん」

「順位戻らないで~。はい? ふ、副葬? どうゆう身分でどんな国に住んでたんだよ、いつ頃の出来事なんですかねぇ。秦王朝とかの人ですかね。実践え? というか投稿者名ラジオネーム。ツッコみきれねぇ」


「サクサクいっちゃいますね~。続いては第十六位は“ビリビリ”でした。いやー、便利な文明を影に日なたに支えてくれる素晴らしいエネルギーですが、関わり方によっては事故にもつながるので気をつけないとですよね」

「え、普通にコメントって……逆に困る。ボケろよ」

「キミキミ? いまは第何位じゃったかのう? 第六八〇〇〇位じゃったかのう」

「もどらないでー」

「ああ、そうじゃった。異世界はまだじゃったかのう?」

「ごめん、程よくボケて!」


「むず。なにその玉虫色の要求。さて気を取りなおして。ご意見をいただいたので読んでいきますよ。骨が透けて見えなかったんですよ。詐欺ですよね。サギ死ですよね(落雷さん)」

「あー、マンガとかであるやつね。フィクションだよね」

「それはですね、技術が足りないからです。大体四枚の絵を書いてパラパラを繰り返せばいけます」

 なんか違うんだよなー。


「続いて、第八位は“変死”」

「途中の順位が抜けてるのだけど。あとニの階乗の呪いかなんかにかかってないか?」

「あっそれはね、盛り上がらなかったので編集カットされてま~す」

「編集点をもう少し吟味しろよ! 今やってることは間違いなくライブなんだけれども!」


「これも投稿をいただいてますのでコメント読んできますね~。ボス、事件ですかい? ガイシャはボクにとても良く似た人です。ちょっと前までこの辺りを散歩してたんですけど(ボスが返事をしてくれないさん)」

「うん、現し世をはなれちゃってるぞ」

「馬に乗って首を小脇に抱える粋なスタイルは流行の最先端たりえませんかね?(夢は首級しゅきゅうさん)」

「たりえねぇよ。ホラーかよ下剋上かよ事件かな? デュラハンかとおもったら……」


「ここでCMでーす」

「無駄に作り込まれてるし、どうなってるんだよ」


「うちには取り扱ってない武器なんてないぜ。魔女っ子からハンター仕様まで幅広く取り揃えております、アフターフォローも万全。ハリセンからオリハル棍まで、ご用命はウェポンスミス漆黒の雷まで、ただいま来店者に先着順でひまわりのたねプレゼント中」

「あるぇれ、なんか既視感あるなこれ。あそこスポンサードしてくれてんのかよ……店名やべぇし」


「まあ食えよ、なんだかよくわからない肉だけどな。リーズナブルな価格で実はぼったくり、変な常習性の付与率一〇〇パーセントのなぞの串焼き、好評販売中。モンスター精肉店」

「なにを喰わされちゃうんだよ!」


「いせらじ。ユウとキミの異世界ラジオ~♪」

「もう、問答無用だな……さすがですらある」


「惜しくも第よん位に輝いたのは。だらららららら~じゃん。“社畜死”」

「うん、地獄。あと言い方、それたぶん過労死な。図らずしも現代日本の労働状況の闇がよく見えている結果だね。救いがないからこその死因に選ばれる理由だろうね」

「闇なのによく見えるんだね?」

「だまらっしゃい」


「それはさておいて、貴重な体験談を紹介していっちゃいますねー」

「なんで体験談があるんだよ。だいたいどこから投稿してきてるんだよ」

「妖○ポスト的な? 妖○アンテナが四本立ってれば電波状況はいいからねぇ」

「使い方間違ってませんかねぇ~」


「さて最初はこれかな。仕事場の隣の席の人が三日前からずーっと同じポーズでほとんど動かないから気になるんですよね~(銅像かな?さん)」

「何事もなく進行されちゃうのね。ハナ肇じゃねーから。あと救急車呼んだげて!」


「最後は夢の中でした(夢幻さん)、いやー久しぶりに家にかえったら葬式やってましたね、私の(自分で参列さん)」

「ちょっとー」

「自分が死んだ実感はなかったですね。気がついたらって感じで(週休零日さん)」

 おいまて、衝立の向こう側で音声変えた感じで読むんじゃねーよ。なんか想像できちゃうだろ。

「このパターンは無自覚系が多そうだよね。仕事と睡眠との間で身罷みまかられるというか。労働時間には十分注意を払ってほしいね」


「なんかだか机の周りにウロウロしていた小さいおじさんを追いかけたら異世界でしたね(錯視と幻覚の見分け方が迷子さん)」

「これはまたキテるな。過労の前に脳が死んでるだろ? なんだかんだで実体験ぽいのがちらほら混じってるのがこえーよ」


「そうそう、関連死としてはブラック企業というのがあります」

「それ死因なんか? しかも就職した時点で死んでるみたいなのはしてくれませんかねぇ」


「遂に栄光の第ニ位は定番の“バス・トラック事故”でした! この辺は予想通りでしたね。では、こちらも投票してくれた人の意見も見てみようと思います」


「あまりにも没個性すぎて転生できなさそう(異世界在住さん)」

「ちょ、おまえどうやって異世界にいった?」

「ありがちなのは盛り上がらないのでイヤ(ポルシェのカブリオレならイイヨさん)」

「また勝手なことを言いおってからに。ケツが軽いじゃなくて魂が軽そうだな、おい」

「耕運機に轢かれそうになって亡くなった人もいるんだからね(猫に轢かれたいさん)」

それに轢かれるのはあわせしかないよ」


「最近、夢見がちな中二病患者がこっちをうっとり見つめてくることが多いので不安しかない(トラックドライバーさん)、高校生がキラキラした目で見つめてくる(停留所めぐるさん)、やめてくれこっち見るな、目がこえーんだよ(視線恐怖症さん)など同じような意見をいっぱいいただきました~」

「最後の人は違うくないですかね」


「相手をはねた瞬間に運転手の私を残してトラックが光に包まれて消えました(精神鑑定中さん)」

「トラックをなくした言い訳にしては愉快だな? 自分だけ残るとかニ百連まわしたらそのガチャだけ青天井になっててSRすらもこないヤツだわ」

「見えない天井だ」

「うるせー、シンちゃんぽくいうな。せっかくガチャ禁して貯めたのにorz」


「ごほん、次です。階段の踊り場にあったトラックのミニカー(一〇〇台くらい?)にこけて階段から落ちたボクはここに入りますか?(奥さんと二人暮らしだったさん)」

「駐車場かな? 工場かな? なんで過去形? ほんのり事件の匂いもするけど」


「さて、本日もお時間がきてしまいました。最後に、転生は救済だからね。色色悔しい思いをしたり、悔いが残っちゃった人が前に進むための救いだから。乱用はダメですよ~。ということでわたしとキミでお送りしました。では、また来年、良いお年を」

「まだ春なんだよな~、おいまて第一位はどこ行った?」


「この放送は武器屋と串焼き屋の提供でお送りしました」

「え、マジで?」

 本気な感じの目で頷かれちゃったんだけど、え、マジで。一位は?


「なお、このやり取りはライブ配信されておりました。アーカイブは――」

「ちょ、聞いてないけど!」

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