第15話

 恋人として付き合い始めてから1ヶ月。


 俺は莉愛さんのことを以前より一層、護るべき『女性』として大切に扱った。

 といっても、実は、それほど前と変わったことをしていた訳じゃない。やっていること自体は前から同じだ。


 だって俺は、再会した瞬間から、莉愛さんに惚れていた。


 そう、前世の莉愛さんへの秘めた想いは、現生の彼女へすんなりと引き継がれていたのだから。


「愛してます、莉愛さん」

 いつか彼女からも『愛してる』という答えを貰えたら。

 それほど焦っている訳ではないけど、やっぱり莉愛さんに俺のことを好きになって欲しかった。そういう欲求と想いも全て詰め込んで、俺は、時々、心を込めて彼女に愛の言葉を囁いていた。

「うん……解かってる」

 恋人として付き合い始めて1ヶ月目の記念日。俺は、手作りの料理でささやかなお祝いをし、莉愛さんの部屋で共に2人きりの時間を過ごした。

 ソファへ座る彼女の隣に座り直し、両手を広げて小さな身体を包み込むと、心の中が愛しさでいっぱいに満たされる。可愛い、愛しい、大好きな匂いとぬくもり。俺の抱擁を莉愛さんは、いつもいつでも大人しく受け入れてくれていた。


 なんでこんなに好きなんだろう。

 自分でも不思議なくらいだ。


 前世でも俺は、命の消える一瞬前まで、莉愛さんを追い駆け続けた。


 想いが届くことなど、決してないと知りながら。


 前世の頃は『転生なんてある訳がない』と馬鹿にしていたのに、気が付くと俺は、俺のままでこの世に生まれ直していた。そして、15年が過ぎて、何かに導かれるように俺は、再び莉愛さんに出会った。出会うことが出来た。

「ナイトーリア様!!」

 黒い髪、大きな黒い瞳、一見すると乏しい表情。小さいのにどこか凄味のある立ち姿。入学式で見付けた記憶に残るそのままの姿に、俺は、何も考えず駆け寄ってしまっていた。

 人違いかも知れない、とか、もしかしたら前世の記憶がないかも知れない、とか、記憶があっても今の名前は違うのかも、などといった、いつもなら考えて躊躇するようなことでさえ、この時の俺はまるきり考えもしなかったのだ。

「ナイトーリア様……ナイトーリア様!!」

「…………ティド?」

 しかも、今考えても恐ろしいことだが、俺はこの奇跡のような再会が嬉しすぎて、駆け寄った勢いのまま莉愛さんを抱き締めてしまっていたのだ。

 つくづく父兄が別の場所へ集められている時で良かった。でなきゃ俺は、父親の琢磨さんに痴漢の汚名でも着せられて、正々堂々と顔の形が解らないくらいボコボコにされていただろう。


 なにせ、今生の莉愛さんは、魅力的で可愛らしい『少女』だったのだから。


 そこから始まった、俺と莉愛さんの学生生活。

 彼女がどうだったかは解らないけれど、俺はとにかく毎日が楽しくて仕方がなかった。

 大好きな、愛しい莉愛さんと、一緒に居られる幸せ。

 彼女の言動に振り回されたりもするけど、それすらも嬉しくて楽しくて幸せに思えた。


 ただ、一緒に居られるだけでも良い。

 最初はそう思っていたのに、やっぱり心は莉愛さんを欲していた。

 彼女の父親である琢磨さんのお陰で、俺は、そんな自分の素直な気持ちに気付くことが出来た。そうだ。側に居るだけじゃ嫌だ。俺は『莉愛さんが欲しい』──と。


 『一緒に居たい』

 俺が心から願っているように、莉愛さんにも、そう思って貰いたい。

 『愛してる』

 俺が莉愛さんを想うように、俺のことを好きになって欲しい。

 そうしていつか、莉愛さんを俺自身の手で護れたら。幸せに出来たら。


 一大決心で俺は莉愛さんに告白し、彼女は、そんな俺にチャンスを与えてくれた。

 

「交際1ヶ月の記念に……部屋、寄っても良いっすか…?」

「ん。良いよ」

 まだあれから1ヶ月しか経ってはいないから、自分の感情と性別に対する認識が育まれてない莉愛さんには、ほとんど変化など見られてはいなかった。最も間近で見ている俺でさえ、彼女は相変わらず雑で奔放で、無警戒の無自覚な性的未分化の少女に過ぎない。

 ただ、気が付くと大きな黒い目が、俺のことをジッと見ている時があって、それだけが以前との違いと言えば違いだっただろうか。

「美味しいよ、貴由」

「そっすか!!良かったっす!」

 恋人としての交際1ヶ月目。2人分にしては多過ぎる料理を用意して、俺は莉愛さんとささやかなパーティーをした。その大半は彼女の小さな身体の中へ消えた料理。他には誰もいない2人だけの部屋。満足げに小さく微笑んで俺を見上げる可愛らしい顔。

 やっぱホント好きだ。

 この気持ちに理由なんて要らないよな。

 想いを込めて愛を囁き、華奢な身体を抱き締めると、彼女は小さく身動ぎした。

「嫌なら俺…」

「そうじゃなくて」

 ハグが嫌だったのかなぁ。不安になって腕を解きかけたら、莉愛さんの方から抱き締め返された。うおっ、珍しい!!てか、胸!!やあらかい感触が身体に触れて!!

「もっと強く抱き締めてよ、貴由」

「――――――――――ッ、ハイ!!」

 甘えるみたいに俺の胸に顔を埋めて、莉愛さんは俺に抱き締められることを望んでくれた。ヤバイ。俺を見上げた顔がなんか、すごい色っぽく見える。胸が跳ねた。ドキドキする鼓動がうるさいくらいだ。

「莉愛さん…………ッ」

 腕の中の愛する人。俺は大切に力を込めて、その小さな身体を抱き締めた。

 静かに過ぎる時間。温かい。溶け合う心臓の音。ずっとこの時が続けばいい。


 どのくらいの時間、そうして抱き合っていただろう。


 莉愛さんは俺の顔を見上げると、静かに瞳を閉じた。こんなに睫毛、長かったんだな。プルンとした唇がキスを誘う用でエロい。って……待て。まさか、コレ、ひょっとして??


 キス待ち顔??


 えっ、ちょ、ま……マジで!!??


「…………………ッッ!!」

 急速に体温が上がるのが解った。心臓の音だってさっきの倍はうるさい。ここは甘えてキスしてしまうか??でも、二十歳までは駄目だって…いや、莉愛さんが『イイ』って言ってくれるまでだったっけ??うう、駄目だ、混乱して来た。

 莉愛さんに『キスして良いか』と聞くのも野暮だし、かといって、ずっと同じ体勢のまま待たしておくのもアホ過ぎる。だいたい、こんなチャンスが巡ってくるだなんて、まったく考えてもなかったから、何の心構えも……ああああっっ!!

「莉愛さん……ッッ」

 怒られたら怒られたでその時はその時だ。

 もはや勢いだけで俺は、莉愛さんの唇にキスをした。二度目のキス。唇に感じるふわりとした感触。ああ、俺、今、莉愛さんにキスしてる。深く合わせた唇に抵抗は感じない。受け入れられているという安堵感。

「ん…………ふっ」

 嬉しくて。幸せで。俺は夢中になって貪った。角度を変え、深く、浅く、味わい尽くすように、莉愛さんと唇を合わせる。何度も、何度も。

「あ……ふっ…ま……ッ」

 息が苦しくなったんだろうか。莉愛さんは大きな瞳を開き、少し俺の身体を突き離そうとした。けど、その時にはもう俺は、何も考えられないくらい夢中になっていて。

「莉愛さん…好きです…愛してます……ッ」

「……………ッッ」

 俺は抱き締めたまま莉愛さんの身体をソファへ押し倒し、上から覆い被さるようにして再び口付けた。見下ろす白い頬に朱が散っている。俺を見詰める薄く開かれた黒い目が、わずかに潤んでるようにも見えた。

「貴由………あっ…」

 口付けは拒まれない。受け入れられた喜びに心が震えた。

 長い長い口付け。苦しいくらいに心が彼女を求めてやまない。

「ん……ん、んん……ッ」

 伸ばした舌で舌を捕えて絡めると、莉愛さんは俺の背中へ腕を回した。くちゅくちゅと濡れた舌の絡むいやらしい水音が、ますます俺の心を溶かしてこの雄の身体を熱くする。

 ヤバイ。マズイ。止まんねえ。

「あ……貴由…ッ!!」

 ハッとしたような声に導かれ、俺は自分の無意識な行為に気付かされた。仰向けに寝てもなくならない胸のふくらみに、いつのまにか自然と手が伸びてしまっていたらしい。やべ。でも、柔らけえ。

「貴由……ッ」

 声と共に莉愛さんの小さな身体が、俺の身体の下でビクンと震えたのが解った。けど俺はもう今更、そんな己の行為を止めることなんて出来なくて。

「莉愛さん……莉愛さんの胸、柔かいっす…」

「ハッ…あ………ん、ん……ッ」

 ふわりと弾む胸を恐る恐る揉んでみると、細い身体がぴくぴくと小さく跳ねた。しかしそれでもなお抵抗は何もなく、制止の声もかからなかったので、俺は唾を呑み込んでさらに大胆になった。

 キスを繰り返しつつ服の下に手を入れ、ブラの隙間から手を差し入れて直に乳房の感触を味わう。これはさすがに怒られるかな??と、そっと薄目を開けて莉愛さんの顔を窺うと、ギュッと閉じられた大きな目と、真っ赤に染まった白い頬が視界に映った。

「……………ッッ!!!!!!!!!!」

 嘘だろ。コレ、俺の見てる夢!?それか妄想??

 目が覚めると俺はとっくに莉愛さんから殴り倒されてて、気絶しながらエッチな夢見てた、なんて、情けねえ現実が待ってたりしねえよな??

「相変わらずスベスベしてるっすね…俺、その、ずっと黙ってたけど、莉愛さんの肌触んの…スゲエ好きなんです」

「…………………ッッ」

 夢なら夢、妄想なら妄想でも構わねえ。この際だから、俺の気持ち、思ってたこと、密かに抱いてた望み、全部全部、この人に聞いて欲しい。

 そうと開き直った俺は、すっかり慣れてしまった手付きで莉愛さんの上着をはだけさせると、窮屈そうなブラも外して彼女の上半身を裸にしてしまった。

 ああ、なんて綺麗なんだろう。俺は傷一つ、黒子一つない白い肌に、感触を確かめるように手を這わせた。

「あったかくて…イイ匂いがして…柔かくて……ずっと触ってたくなるんす」

「……っ、………ッッ」

 莉愛さんは抵抗しない。手を移動する度にぴくぴくと小さく震えるが、何故だか制止の声も上げずに、俺のするがままとなってくれている。それが嬉しくて。なんだか幸せで。

 調子に乗って俺は豊かな胸の谷間に顔を埋め、彼女の肌の感触と匂い、温もりや乳房の柔かさなどを、思う存分に味わった。内心で『これ、やってみたかったんだ!!すげえ!柔らけえ!!ふかふか!!』などと、ガキみたくはしゃいで浮かれまくってたのは内緒だ。

「貴由……」

 けど、そうやってはしゃいでる内に、ふと、激しく強い想いが込み上げてきて。

「あの、莉愛さん……俺、莉愛さんの彼氏としては、その…まだまだなレベルだと思うっすけど…でも、その、俺、頑張りますから」

「……………」

「アンタに認めて貰えるよう…頼って貰えるように…これからも頑張るっすから」

 柔らかな胸に顔を埋めたまま、トクトクと規則的な心音を聞きながら、俺は俺なりの心に立てた誓いを口にした。

 この人を守りたい。頼られたい。強い男になって、この人を誰より幸せにしたい。

 そしていつか彼女の笑顔が見たい。心から幸せそうな微笑みを。それが俺の願い。


 今世にまた小旗貴由として生まれた、俺のたった一つの生きる目的だった。


「……………そっか」

「…………………ッッッッ!!??」

 って、うわ―――ッッ!?やべえ!!やっちまった!!この想いに嘘はないけど、我ながら臭えし、こっ恥ずかしいから、ずっと言わねえつもりだったのに!?うううっ。どうしよう!?こんな恥ずかしいこと口にしちまって顔上げらんねえ!!!!

 ついつい勢いづいて胸に秘めた想いも全部吐露しちまった俺は、オッパイに顔を埋めた情けねえカッコのまま、冷や汗掻いたり羞恥に身体を熱くしたりして1人混乱していた。すると、

「……莉愛、さん…?」

 莉愛さんはそんな俺の頭を、ふわりと両手で優しく抱き締めて──

「俺が笑うの見るのが、生きる目的?」

「あ…や、その……」

「笑うの見たら、貴由の人生は、それだけで満足?」

「そんなこと……ッ!!」

 莉愛さんの言葉の意味にハッとして、『そんなことはない』と顔を上げて言い掛けた俺の視線の先には────

「……………ッッ!」


 莉愛さんの、笑顔。

 まるで、咲き誇る花の様な、優しさと美しさに溢れた、初めて目にする莉愛さんの微笑み。


「……あ……ッ」

 ああ、そうか、この人は、こんな風に笑うのか。

 なんだか幼い子供みたいだ。

 なんて可愛くて、なんて綺麗な微笑みだろう。

 そっか、そうだ。

 これだ。これなんだ。

 ずっと俺が、見たかったもの。


 それは、俺にだけ与えられる、莉愛さんの特別な微笑み。

その大きな黒い瞳で、俺のことを見て、俺にだけ浮かべてくれる、俺だけの笑顔。

「莉愛………さんっ…!」

 世界でたった一つだけの、俺にとって宝物の笑顔が、そこにあった。

「…次の生きる目的、探さないとね」

「はい……!」」

「俺のこと、幸せにしてくれるんでしょ?」

「はい……はいっ!!」

 小さな身体を抱き締めて、キスをして、もう1度大切に抱き締める。そうすると腕の中の柔らかな身体は、小さく身動ぎし、伸ばした両腕で俺の頭を胸の内に包み込んでくれた。俺は、両頬に受ける豊かな乳房の感触に、改めて身体の奥の方が熱くなるのを感じる。

「莉愛さん……愛してます」

「うん…俺も貴由のこと、好きだよ」

「……………ッッ」

 幸せな呪文みたいに『好き』と言われて、俺は嬉しくて、心から嬉しくて。


「莉愛さん……ッ」

「あ……ん、は………ッ!」

 この日、俺と莉愛さんは、初めて互いの肌と肌を重ね、体の奥の熱を分かち合ったのだった。

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JK転生~莉愛さんと俺のスクールライフ RINFAM @rinfam

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