第14話

 どう考えても解らない。

 私は果たして貴由のことをどう考えてるんだろう。


 好きなのか、嫌いなのか。

 友人として?女として??解らない。

 私には私の心が掴めない。


 だけど、このまま貴由が居なくなってしまうのは、なんだか寂しい気がして嫌だ。

「どうしたら良い?琢磨……」

「んなもん、莉愛が悩むことじゃねえよ」

 貴由から告白、というか、求婚されてから数日後。

私は、困り果てて実家へ帰り、琢磨に事情を話して相談してみた。

 すると、琢磨は私の頭を優しく撫でて、

「莉愛が嫌じゃねえんなら、とりあえず奴と付き合ってみろ。友人としてじゃなくて、恋人として、な」

 と、勧めてきたのだ。意外なことに。

 てっきり問答無用で反対されるかと思っていた私は、珍しく大人な琢磨の態度にも驚いたけど、その言葉の内容にも驚いて目を瞠った。

「え…………でも…私…」

 貴由のことが好きか嫌いかも解らない。だから悩んで相談へ来たのに、いきなり『恋人として』付き合ってみろとか言われても。

 困惑しつつ琢磨の顔を見上げると、琢磨は、少し険しい顔できっぱりと言い切った。

「この際、好きか嫌いかなんて後からで良い。っつーか、お前にその気持ちを抱かせるのは、貴由の野郎のやらなきゃなんねえことだ」

「……そーなの?」

「ああ、そうだ。だからお前は、貴由と付き合いながら、アイツのことを良く観察しろ。観察して査定してやれ。アイツがお前の恋人として相応しいか、否か。莉愛が考えるのはただ、それだけで良い」

 ニッカリと口元を歪めて笑った琢磨は、一旦言葉を切った後、照れくさそうに一言付け足した。


「俺だってお前の母さんを口説く時は、そうやって頑張ったんだから間違いねえよ」


 ──と。

「………そう、か」

 今生の私が知らない、現世の琢磨の恋。亡き母とのロマンス。これまでほとんど聞かされたことはなかったけど、琢磨と母の間にもきっと昔こんなことがあったんだな。


 そっか、そうなんだ。


 深く考えることはないんだ。そう思うと、なんだか少し、心が軽くなった気がした。

「琢磨……ううん『お父さん』…ありがとう」

「おう。俺だって父親の端くれだ。…莉愛の…俺の大切な一人娘の幸せの為なら、俺は父親としてなんでもしてやっからな」

 そうして私と琢磨は、いつものように抱き締め合って、唇と唇を合わせて『父娘の親愛のキス』をした。すると、琢磨はそこでふと思い出したように、真剣な表情で私の肩を掴んで顔を見下ろすと、

「言っとくけどな!!もし、莉愛がアイツのこと好きになったとしても、二十歳になるまでキスは駄目だからな!?あと、セックスも!!」

「………………琢磨」

 そう言って『莉愛の唇は二十歳まで俺だけのもんだ!!』『それまでは他の男になんぞくれてやるもんか』と、まるで子供みたいな所有権を主張してきたのだった。


 ついさっきの父親らしいカッコ良さが台無しだよ、琢磨。


「莉愛さん、一緒に帰りましょう」

「うん」

 そういう経緯を経て、私は次の日登校してからすぐに、貴由へ告白の返事をした。

それがすでにもう、1ヶ月も前の話になるのだけれど。


「私のこと欲しいなら、惚れさせてみて」──か。


 『こんなの嫌がるかな?』と思いつつも、琢磨のアドバイス通りに条件を付けてみたら、貴由は目をキラキラさせて『頑張ります』なんて言ってくれた。良いんだ。キスも駄目なのに??

 でも、なんだか、その様子がすっごく嬉しそうで。頬を染めた様子が可愛くて。反面、目の奥には、真剣な気持ちが溢れんばかりに込められている気がして。


 その日、初めて胸の奥がトクン…と鳴った。

 それがなんなのか気付くのに、しばらくかかったのだけれども。


「俺、莉愛さんのこと大切にします」

「うん。そうして」

 気が付くと私は『貴由に大切にされる自分』という、これまでには決して有り得なかった自身の立ち位置を、すんなり素直に受け入れてしまっていた。前世も含めて『誰かに守られる自分』だなんて、そういう状況と自分の姿を想像したことなんかなかったのに。


 変なの。でも、なんでだろ。嫌じゃない。

 むしろ貴由になら、守られてみても良い──かな。


 なんて思い始めるまで、しばらく時を要した。

 

「あのう…手、繋いでイイっすか」

「ん…いーよ」

 とりあえずの恋人同士として付き合い始めてから、貴由は宣言通り私のことを大切にしてくれた。

 登下校はいつも一緒。以前の通りに彼は私を朝迎えに来てくれて、そして、帰りも時間を合わせてマンション前まで送り届けてくれる。

「なんかあったらすぐ呼んでください…俺、何を置いても真っ先に駆け付けますから!」

「うん。わかった」

 学校でも校外でも貴由は必要以上にベタベタしないし、私の自由を阻害したり拘束したりしなかった。常にほど良い距離を置いたまま、彼は私のことを見守ってくれている。

 それと私が女として『護られる立場』を受け入れたからだろうか??貴由はあの日から私のことを、よりハッキリと『女』として扱い始めた。

 こうして2人並んで歩く時も、さり気なく道路側を歩いてくれているし、デートに誘う時も私の意志を先ず尊重してくれる。

 もしかすると以前からそうだったのかも知れないが、私は今の今まで全然気にしてなかったし気付いてもいなかった。

 『よく観察しろ』そう、琢磨から言われた通り、貴由の一挙手一投足を観察し続けて、ようやく私はその細やかな気配りに気付くことが出来たのだ。

「あの…莉愛さん、今日、部屋へ寄っても良いっすか」

「ん?良ーけど…どうしたの」

 手を繋いだまま学校から帰る途中、貴由は恥ずかしそうに『手料理をご馳走したい』と、手に持った買い物袋を私に見せながら言った。

 いつの間に買い物したんだ。考えごとしてて全然気付かなかったが、そう言えば歩いてる最中、店の前で少し待たされたんだっけと思い出す。

「嬉しいけど…急にどうしたの」

 たぶん琢磨に何か言われたんだろう。貴由は恋人になる少し前から、私の部屋へ寄らなくなっていた。それなのに、急に部屋へ寄りたいなどと言われて私は、ほんの少し胸の動悸が高鳴ってしまう。

「あ…いや、今日で恋人1ヶ月記念なんで…お祝いに……」

「…………………」

 なんだろう。なにがしたいのかな。

 恋人同士になって初めて2人きりに、なんて。

 彼は一体、どういうつもりで。

「…………ふふっ」

 貴由の意図を掴みかねて、私はちょっとドキドキしていたのに。

 1ヶ月記念のお祝いって…。

 なんだ、この可愛い生き物。

「だ……駄目っすか?」

「うん。解った。良いよ。美味しいの、期待してる」

「――――――――――――ハイっ!!」

 そう言えば思い返してみれば、現世で再会してからも貴由は、色んな事を面倒臭がる私を、甲斐甲斐しく世話してくれていたなぁ。でも、以前とは違う。今はそこに『彼女』である私に対する、深い慈しみと気遣いと何より強い愛情が感じられた。



「莉愛さん、愛してます」

「あ………うん」

 貴由の作ってくれた料理を囲んで、2人だけのささやかな記念のお祝い。私1人であらかた料理を平らげてしまうと、貴由は私の横へ座り直して、いつもみたいに愛を囁いてくれた。

「うん……知ってる」

 真剣な緑の眼差し。愛の言葉を囁きながら、貴由は私のことを抱き締めてくれる。

私は彼からの抱擁を受け入れ、その温かな腕にすっぽり包み込まれると、琢磨から抱擁された時と同じ様な安堵感を感じた。


 ううん、違う。これは、琢磨のソレとは、違っている。


「……………貴由」

「?………莉愛さん?」

 琢磨から抱き締められて感じるのは、懐かしさと温もりと安堵感だけ。でも、貴由からの抱擁は、私に、なにかもっと別な感情を湧き起こさせる──気がした。

「こうしてるの、嫌っすか?……なら、あの…」

「ううん、そうじゃない」

 なんだか心がくすぐったくて身動ぎすると、貴由は私を気遣い抱き締めた腕を解こうとする。私はソレを引き止めるかのように、無意識のまま貴由の身体に腕を回して抱き締め返していた。

「もっと強く抱き締めてよ…貴由」

「!!…………ハイッ!」

 下から見上げながら催促すると、彼は真っ赤になりつつ腕の力を強めてくれる。耳を胸に押し当てると、トクトクと脈打つ貴由の鼓動が聞こえてくる。うん。そう、これ。良い感じ。温かい。気持ちイイ。

 それからしばらくの間、私と貴由はピッタリ重なりあって、2人だけの室内で互いの心臓の音を交換し合った。

「………………」

「………………」

 言葉も何もなく過ぎていく時間。でも、沈黙が気にならない。何か喋らなくちゃならないと言う義務感も感じない。どうしてだろ。ただ、こうしているだけで、互いの気持ちが通じ合ってる気さえした。

「変なの……」

「??……莉愛さん…?」

 不思議。琢磨には駄目だって言われたのに、私は今、無性に貴由とキスしたい。

 そんな自分の心情に自分自身で驚いたけれど、そうすることが自然であるかのように、私は、貴由に顔を向けたまま自然と目を閉じていた。

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