第3話 フリーター、契約を交わす。

 試練に失敗すれば死ぬ。石像はたしかにそう言った。


 この非現実的な空間に放り込まれて、非現実的な会話をする石像というファンタジー満載な要素も相まって、死ぬという言葉がやけに軽々しく感じてしまう。


 だけど、死ぬって言われてもなぁ……


 アレでしょ?

 ”Deathデス”で”Dieダイ”で”Deadデッド”ってことでしょ?

 そりゃあ、ねぇ……困る、よねぇ?


『試練に挑まねばなんじは死が確定する』『契約を交わせば試練を与えよう』

「ちょっとタイム! まず色々と確認させてくれ!」


 こんな状況下で落ち着いてなどいられないが、一周回ってなぜか冷静な思考が働いていた。

 恐らく人間はあまりにも意味不明な状況に陥っても動けるようになっているのかもしれない。


「まず、試練ってなんだ? 俺はどうしてここに来たんだ?」

『汝は運命より迷いし者』『試練で汝の求める未来を与えよう』


 うん、さっぱり分からん! 待てよ……考えろ、俺。


「契約っていうのは具体的にどういうものなんだ?」


 石像はゆっくりと、その内容を告げる。


『試練を超えたあかつきには願いをかなえ、失敗すれば死を』

『試練の記憶は現世に持ち込めぬ』

『試練は汝の運命の数だけせられる』

『過去やおのれ対峙たいじし、真実を見つめよ』

『死にあらがい、己に抗い、運命に抗い、その先が汝の求める未来なり

『汝、求めるならばこたえよ』『未来を求めるならばひらく意志を示すが良い』


「うへぇ……」


 なんだろうな、この感情は。共感性羞恥心きょうかんせいしゅうちしんってやつか?

 この年齢になって、こんな台詞を素面しらふで聞いても余計に恥ずかしくなっちゃうよ。

 特に中学生が好みそうな言い回しがすごく痛々しい!


 けれど、話を聞いていて思ったことが一つだけ。


「これさ、俺に拒否権きょひけんって無いよな」


 俺は今、悪徳業者あくとくぎょうしゃも真っ青なえげつない方法で契約をいられている。


 この契約を拒めば死ぬことが確定するんでしょ?

 あるいは仕組みがよく分からない、この何も無さそうな空間に独りで取り残される可能性もゼロじゃないわけでしょ?

 それで、願いを叶えるためには試練を超えなきゃダメなんでしょ?


 あれ、やっぱり詰んでね? 契約するしかないじゃん。


『答えは決まったか』『契約を交わすが良い』

「分かったよ! よく分からんけどやるっきゃねぇんだろ!」


 ええい! もうヤケクソだ!

 状況は何一つ飲み込めちゃいないし、ツッコミどころが多すぎるし、試練もよく分からないし、どうすれば良いかだってまるで分からん!


 でも、生き残るためにはやるしかないだろ!


『汝の意志、我ら運命の輪が受け取った』『ここに契約は完了した』


 石像が言い終わると、床の魔法陣が青白く光り始める。


「ぐぅ…………っ!」


 再び、ここで目覚める前と同じ強い衝撃が視界を奪う。

 すぐに立っていることもままならなくなり、俺は片膝をつく。

 すると、視界の端で二つの石像がこちらを見ていることに気付いた。


『汝、愚者ぐしゃの試練を与えよう』『汝、責任の在処ありかを問うが良い』


 石像の声が終わると同時に、俺の意識もそこで完全に途絶えたのだった。

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