第2話 フリーター、試練に相対す。

 地獄のような二次会もようやく過ぎ去り、俺はさっさとはりむしろから解放されたい一心で三次会の参加は丁重にお断りさせていただいた。


 さすがに20代とは違って無茶なお酒の飲み方をしない人は多かったが、中には大学時代を思い出したかのようにはしゃぐ人も何人か現れた。


 新郎側の人もいるのだから、ちょっとは弁えてほしい。同じ大学出身者として少しばかり恥ずかしい。


 半数以上は仕事や家庭の都合で帰宅し、新郎新婦ですら予定があるので参加しないのに関わらず三次会のメンバーを募る連中を見て、こいつらは酒が飲めれば何だって良いのではないかとさえ思えてくる。


 もちろん俺は翌日もバイトがあるため、そんな連中と朝まで心中するつもりも一切なく、帰宅組の集団にこっそりと紛れて帰ろうとしていたところ、翔太も同じ帰宅組だったようで。


「せっかくだし、駅まで一緒に帰ろうぜ」


 という翔太の提案まで無下むげにするわけにもいかないので、俺は無言で翔太の隣を歩いていた。


 12月の凍えるような寒さの中、やけに足元が冷えると思ったら気慣れないスーツを着ているせいだとすぐに気づいた。

 最後にスーツを着たのは何年前だったか。

 仕事も変わっていなければ、体型すら変わっていないという事実に驚く。


 俺は一体、大学を卒業してから何が変わったのだろうか。

 周囲が目まぐるしく変わり続けている中で、年齢ばかり増えていくことに違和感を覚えた。


 俺と翔太は無言のまま駅の改札を通り過ぎたところで翔太が口を開いた。


「あ、俺はこっちだから」

「おう」


 俺は返事をしたが、翔太は何か言いたげな顔で俺を見ていた。


「……なんだよ」


 俺は気にしていない、という意味を含ませるように明るい口調で言った。

 お互い遠慮をするような仲でもない。

 今日は散々な仕打ちを受けて最低な気分ではあるけれど、翔太なりに思うところもあったのだろうし。


「その……まぁ、あれだ。帰り、気を付けてな」


 翔太はぎこちなく笑う。

 彼なりの不器用な優しさを正面から受け止めて言った。


「ああ。お前も気を付けてな」


 俺は翔太と別れてから、駅のホームで電車を待つ時間。

 そして自宅の最寄り駅に向かうまでの道中は電車に揺られている時間の中で昔のこと、そして今のことを思い出していた。


 俺は今でこそアルバイトをフルタイムでこなしてはいるが、学生時代は何かやりたかったことがあった気がする。

 翔太と仲良くなったきっかけや、山崎を好きになったきっかけ。

 そういった過去の出来事が自分の脳内からこぼれ落ちて、過去の自分と現在の自分がまるで繋がっていないような感覚に襲われて不安な気持ちになる。


 時間はたしかに繋がっている。

 けれど、バイトの激務が続いているせいで昔のことを思い出すほどの余裕がすっかり無かったのだ。

 だから、久しぶりに翔太に会った時も、山崎に会った時も、大学の同期と顔を合わせても。昔の面影は残ってはいるが、どこか別人のような気さえしてしまう。


 ――――ぐらり、と視界が揺れる。

 電車が最寄り駅に着いた時とは異なる揺れを視界に感じた。


「はは……疲れてんだな」


 連勤明けの貴重な休日を丸ごと費やして手伝いをしていたせいもあるだろう。

 緊張の糸がぷつりと切れて、俺の疲労もピークに達していることを実感した。


 最寄り駅の改札を抜けて、いつもの見慣れた景色をまっすぐに進んでいく。

 いつにも増して冷え込む風が体温を奪っていくため、コートごと自分を抱きしめるように歩く。


 誰もいないアパートに着いたら、暖房を入れよう。いや、シャワーが先かな。

 懐かしい顔ぶれと再会したせいもあって、身も心も冷え切っている気がした。

 こんな日はゆっくりと温めながら、酒を飲みつつ自分をいたわるに限る。


 だが――――。


「…………っ!」


 先ほどの電車とは比較にならないほどの強い揺れを確かに感じた。

 俺はたまらず建物に手をつこうとするも、立っていることさえ難しい揺れが続き、そのまま路地裏に倒れこんでしまった。


「な……ん、だ? 一体、何が……」


 冷たいアスファルトの上に横たわると急速に体温が奪われ、思考がだんだんと遅くなっていく感覚に襲われる。

 すぐに声が出せなくなり、自分の体がまるで鉄になったのではないかと思うほど鈍く、重くなっていく感覚へ変わっていく。


「――――――ぁ」


 そして恐怖よりも早く、バツンと音を立てるように視界が真っ暗になった。


 ☆☆☆


 正直、もう二度と目を覚まさないんじゃないかと思った。


 こんなことになるなら、もっと有休を消化しておくべきだったと本気で後悔していたが、そんな事を考えられるほど意識が戻っていることが分かった。


 さっきのは一体なんだったのか。

 痛みはなく、強烈な揺れとともに意識が途切れた。

 そして今ここには――。


「そうだ、ここ……どこだ?」


 俺は気付けば目が開いていた。

 けれど、明らかに病院ではないことがハッキリと分かるほど、薄暗く奇妙な空間にいることが分かる。


 地面は冷たいものの、アスファルトのような感触ではない。もっと、リノリウムの床に近いだろうか。いや、コンクリートかもしれない。

 ところどころヒビ割れているような感触や、ざらついた砂のような感触もあることから本当に自分の知らない場所に訪れたということだけが分かる。


 すると何もしていないのに、ぼうっと一つずつ、ひとりでに火が点いていった。

 火が円を描くように点々と灯し始めると、自分がどのような状況に置かれているのかが少しずつ分かるようになっていった。


「なんだ……これ」


 まるでエジプトを彷彿ほうふつとさせる、ピラミッド内部のような広く天井の高い空間。

 暗くて気付かなかったが、目の前には浅草の仁王像におうぞうのような大きさの石像が二つそびえ立っており、その迫力に思わず圧倒される。

 床をぐるりと見渡せば今まで俺がいた位置が中央に、魔法陣のようなものが描かれていた。


「俺は一体、どうして……」


 どうしてこんなところに、と言葉にしようにも追いつかない。今にも情報が混線し過ぎていてパンク寸前だった。

 とうとう俺も異世界に!? と思いたいが、それよりもまず状況の整理に脳みそが追い付かないのだから、ちょっとしたパニック状態だ。


狼狽うろたえるな、迷いし者よ』


 低く、こもった声が空間を響かせる。


「え……だれ?」

『我らは迷宮を管理する者』『我らはなんじ試練しれんを与えし者』

「迷宮……、試練?」


 ひょっとして、この石像が喋ってるのか……?

 そんなディ●ニーのアトラクションじゃあるまいし……


如何いかにも』『我らは汝に試練を与え、望みを叶えし者なり

「マジかよ……」


 っていうか、今俺の考えている事にも答えてなかった?


『我らは汝の全てを理解すると心得よ』『汝には契約を求める』

「ちょっと、交互に喋るのややこしいな……。というか、契約?」

『左様』『汝の肉体は現世において死を迎えようとしている』


 ちょ……え? 死を迎えるって、死ぬってこと?

 今とんでもないことサラッと言ってない?


『汝、試練を乗り越えよ』『さすれば願いを一つ叶えよう』


 石像は分かりにくい言葉遣いでさらに続ける。


 ――ただし、試練に失敗すれば死ぬものと心得よ。

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