独身フリーターの落ちこぼれが過去改変で幸せを掴むまで

生活保護のハジメ

序章 プロローグ

第1話 フリーター、逃がした魚の大きさを知る。

 2025年12月5日


 俺、平川祐樹ひらかわゆうき(32歳・独身)は高校生の時から付き合い始めて、大学時代に別れた元カノ。

 旧姓・山崎明日香やまざきあすかの結婚式に来ていた。


 どうか、この一文だけで察して頂きたい。


 昔、付き合っていた元カノの結婚式に参列する元カレという微妙な立場。

 行き場のない寂しさと、荒れ狂う嫉妬の波を懸命に心の中で押し殺しながら、新郎新婦の入場を拍手で迎えたのだ。


 これを地獄と言わずなんというのか。


 俺は、あの新郎のように新婦の横に立つ事は叶わない。

 新郎新婦の馴れ初めという聞きたくもない情報をスライドショーで眺めながら、苦痛で身悶みもだえる地獄の数時間を耐えた後、ようやく結婚式と披露宴は幕を閉じた。


 しかし、ここからが真の地獄だ。

 そう、恐怖の二次会である。


 二次会の主催者はあろうことか新婦側の有志によって選ばれし大学生時代の仲間たちと共に執り行われる運びとなったのだ。

 無論、俺もほぼ強制的に参加となった。


 でなければ俺はこんな地獄に足を運ぶものか。


 いや……これは本心ではない。

 山崎の結婚は素直に祝うべきだ。

 それは頭の中では理解している。

 理解しているが……

 やっぱりどこか苦しい気持ちは拭いきれない。


 あと、大学を卒業してから会ってない人も多くいるせいで、


「あれ? 平川じゃーん! うっわ、超懐かしー! 今なにやってんの?」


 これである。


 俺の中で今一番聞かれたくないこと第一位『今なにやってんの?』だ。

 ちなみに第二位は『結婚してんの?』で、第三位は『彼女いるの?』だ。

 もうお分かりだろうが『なにやってる?』の意味は言うまでもなく現在の職業の事を聞かれているのだ。


「ああ、久しぶり。俺は……居酒屋でバイトしてるよ」


 もういい加減に言い飽きたお馴染みのフレーズ。

 そう、俺は大学生の頃からちっとも変わらずに同じ居酒屋で馬車馬のように働いていた。


 けれど、もう年齢も32歳だ。

 お互いに大学生の頃とは随分と変わってしまった。


 むしろ、なんだ。


 そう感じてしまうのは、別に俺が捻くれているという理由だけではない。


「俺、ようやく今の会社で係長になったよ」

「僕は仲間と一緒に会社を立ち上げたんだ」

「私、もう一児の母よ? 今日は来れて良かったー」


 ふと、周囲から同期たちの楽しげな会話が飛んでくる。

 なぜ、俺の周りには優秀な人間ばかり揃うのか。


 いや……違うか。

 俺が、出来損ないなだけなんだ。


 と、自嘲じちょう気味に心の中で笑っていると『ま、平川も頑張んなねー』とだけ言って、その大学の同期は他の集団へ移動していった。


 さて、彼女の名前は何と言ったか。

 まぁ、覚えていないという事は大した間柄でもないだろう。


 二次会は半立食はんりっしょく形式となっていて、基本的には立って食事や会話を楽しむのだが、やはり立ちっぱなしだと疲れてしまうだろうという理由で会場の隅には椅子がキチンと用意されていた。


 始まってまだ30分も経っていないのに、二次会の雰囲気にあてられてしまった俺はテキトーに空いている椅子に腰かける。


「あぁ、帰りてぇ……」


 そんな俺の悲痛な叫びもむなしく、会場の喧騒で掻き消えてしまった。


「ダメだろ、今日は山崎のために祝ってやらないと」


 しかし、そんな俺の声を耳ざとく聞きつけた奴がいた。

 高校時代からの腐れ縁、いけ好かないイケメンの柳橋翔太やなぎばししょうただ。


 翔太は俺と山崎が高校の時から付き合っていた事も知っている。

 そして同じ大学出身なのだから別れたことだって当然知っている。


 だというのに、だ。


 俺を山崎の結婚式に引っ張ってきたのだ。

 本当にいい性格をしている。


「そもそも翔太が俺を呼ばなきゃ良かったんじゃないか?」

「そうもいかないだろ。新婦からご指名が入ったんだから」


 翔太は俺の隣に座って、くすりと笑った。


「山崎が……俺を? なんで?」

「さぁ、俺に聞かれてもね。お前に見せたかったんじゃないか?」


 どこか演技じみた仕草で肩をすくめつつおどけて笑う翔太。


「それは一体、どういう心境なんだよ」

「祐樹こそ、どうなんだ?」

「どう……って、何がだよ」

「いや、祐樹にはもう何回も言ってきたことだしな。分かるだろ?」


 翔太は腐れ縁という事もあって、何度か俺と会っている。

 その何回かは仕事の話をしていた。


 いつまでフリーターをやっているつもりだ、と時代錯誤も甚だしい価値観を翔太から押し付けられるたびに、俺はどこか意固地になっていたのだと思う。


 翔太が悪い奴じゃないことくらい、俺は長い付き合いで知っている。


 けれど『らしくなれ』みたいな価値観を押し付けられるのは御免だ。

 そんな俺のどうしようもない偏屈な性格を翔太こいつは知っているはずだ。


 だというのに、だ。


「まぁ、しかし……山崎、卒業してからより綺麗になったよなぁ」


 翔太は新郎新婦が仲睦まじく座っている方向を見ながらつぶやいた。

 俺は、その言葉には何も返すことができなかった。


 たしかに山崎は美人だ。

 正直、高校時代の彼女は高嶺の花のようで、俺みたいなモブもいいところの箸にも棒にも掛からない男子生徒が彼女と付き合えるなんてことは一生に一度の奇跡だったとしか思えない。


 そして、本当に一生に一度の奇跡だったようで。彼女と大学時代に破局してからの人生は、今もこうして恋人とは無縁の生活を送っている。


 上がらない時給に悩み、過酷な肉体労働で疲弊する毎日を過ごしながら。


 翔太は、嫌味のない優しい声で静かに言った。


「祐樹、お前さ……もったいないよ」


 同期の連中から翔太を呼ぶ声がかかり、そのまま翔太は騒がしい人たちの中へ入っていった。


 こんなにも騒がしい会場なのに、なぜか翔太がいなくなったことで途端に静かになったような気がした。


 ああ、翔太。

 言われなくても分かっているさ。


 でもな、もう遅いんだよ。

 取り返しがつかない人生とか、この世には腐るほどあるもんだ。


 人生にやり直しなんてない。

 ましてや、第二の人生とか異世界転生とかさ。


 そんなアニメやライトノベルみたいな都合が良い事なんてありはしないんだよ。

 結局のところ、大人になったらすべて自己責任だ。


「人生、やり直してぇな……」


 そんな現実逃避をしたところで――、無意味だろうに。


 俺は、うつむいていた顔を上げて新婦を眺める。

 その距離は、今よりもずっと、何倍も遠い気がした。

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