第49話 決戦

「取れない……っ!」


 全身をつかんだ無数の血管を慌てて振り解こうともがくが、もはや身動きすら取れない。

 ルカの身体は、どんどん飲み込まれて行く――。


「――――駆けろ十字星!」


 手にした魔剣で、悪魔の血管を斬り飛ばす。

 ルカの危機に飛び込んで来たのは、ユーリだった。


「ユーリ、助かった!」


 拘束が緩くなった隙を突き、ルカは慌ててその場を離れる。


「大丈夫?」

「ああ、そっちは?」

「大丈夫だよ。でも、これは一体……」


 分からないと、ルカは首を振る。

 見ればレドもすでに、その身体を飲み込まれていた。

 二人の人間を『喰らった』血管は、やがてその黒い外皮の中へと戻っていく。そして。


「――――ォォォォォ」


 歪な巻角。赤く輝く塗料をぶちまけて描いたような目。

 それにもかかわらず、口内に並んだ乱杭の牙は恐ろしいほどに生々しい。

 頭部と四肢を持つがゆえに『人型』ではあるが、漆黒の外皮を縫うように走る太い血管が赤々と輝く。

 そんな、一体の悪魔ができ上がった。

 その模様のような目が、ルカたちに向けられる。


「――――ォォォォォォォォオオオオオオオオ!!」

「「ッ!!」」


 巨大化した右腕が、辺りを薙ぎ払う。

 二人が後方への跳躍でかわすと、悪魔は続けて左腕を大きく振り上げる。

 これを体勢を低くすることで回避。

 爪に削られた天井が崩れ出すが、悪魔は止まらない。

 落下物をかわしたユーリ目がけて再び腕を振るうと、その手から伸びた血管が岩を切り裂く。

 ムチのような軌道で迫り来る血管を、魔剣で斬り飛ばすユーリ。

 その隙に距離を詰めたルカは、キングオーガの剣で悪魔の本体を斬りつけた。


「こいつも……かっ!!」


【パワーレイズ3】をもってしても、深手は与えられない。

 黒い外皮には、浅い傷がついただけ。

 続け様に放った【魔力開放】ですら、その表面を荒く削っただけだ。


「――――ォォォォォォォォオオオオオオオオ!!」


 放たれる赤光の砲弾。

 もはやこの悪魔に明確な目標なんてない。

 ただ目に付いたものを狙って赤光砲を乱発するのみ。

 次々に巻き起こる爆発。これをどうにか短く早い跳躍でかわすルカ。

 すると悪魔が突然、その顔をユーリの方へ向けた。


「ユーリ!」


 ルカはとっさにユーリの前に躍り出ると、その背にユーリを隠して【魔力開放・砲撃】を放つ。

 相殺は不可能。

 撃ちもらした赤光弾が足元で爆発し、衝撃が襲い掛かってくる。


「く……うっ!」


 全身を揺さぶるその威力に、ルカは足をふらつかせる。

 とんでもない威力だ。

 新装備ですら、いつ打ち抜かれてもおかしくな……いっ!?

 ようやく衝撃波が落ち着いたところで見えたのは、高く振り上げられた右腕。


「助かった! 私は大丈夫だ!」


 その言葉に、ルカは即座に悪魔の『攻撃範囲』を脱するために跳ぶ。

 ユーリも同時に『導きの十字星』による低空飛行でその場を離れる。

 V字を描くように後退する二人。


「――――ォォォォォォォォオオオオオオオオ!!」


 真上から振り下ろされた巨碗は、足元にめり込むや否や盛大な爆発を巻き起こした。


「めちゃくちゃだ……っ」


 悪魔の動きに理性はない。

 目にした動くものを、ただ狂ったように破壊するだけ。

 そして明確な対抗手段がない以上、このままではじり貧だ。


「……あの黒い外皮を、少しの間だけでも何とかできれば」


 すると、ユーリがポツリとつぶやいた。


「何か考えが?」

「そこから内部に攻撃を叩き込めると思う。あの血管もそうだけど、おそらく内部はそこまで固くない」

「そういうことか、それなら外皮への攻撃は俺がやる」

「分かった。隙は……私が作る!」


 そう言ってユーリは、腕を戻した悪魔目がけて真っすぐに駆け出した。

【大地駆ける星】による疾走。

 赤光弾を華麗な身のこなしでかわし、中空へ。

 悪魔の手から放たれた血管がユーリを捉えに行く。

 これを導きの十字星を使った跳弾のような動きでかわし、そのまま特攻。

 高速飛行で悪魔の目前にまで迫ると、駒のようにぐるりと一回転。

 その左手には、レドの封魔剣。


「はあああああ――――っ!!」


 次の瞬間、十数発の爆炎をため込んでいた封魔剣が猛烈な爆発を巻き起こし、無数の血管が焼け飛んだ。


「――――ィィィィイイイ!!」


 悪魔も大きく後ずさる。


「「――――今だ!!」」


 ルカの左腕にはすでに、オクタノヴァ鉱石製のガントレット。


「魔力装填!」


 キングオーガの剣に魔力が装填されると同時に、全力の跳躍で悪魔に飛び掛かる。

 今だ燃え上がる炎を切り裂くように宙を行き、キングオーガの剣を振り下ろす!


「――――ィィィィィィィィイイイイイイイイッ!!」


 その強固な黒皮が、打ち破られた。

 すると次の瞬間。


「駆けろ十字星――――ッ!」


 ルカの刻んだ裂傷に、飛び込んで来たユーリの魔剣が突き刺さる。


「――――ブレイズ!」


 すかさず放った爆炎によって悪魔の血肉が飛び散り、大きく体勢を崩す。

 そこへ踏み込んで来たのはルカ。


「インベントリ……ミスリルガントレット!」


 そのまま左手を悪魔の腹部、ユーリの攻撃によって大きく割れた箇所に突き付ける。

 これまでずっと、一人きりで戦ってきた二人。

 まるで、呼吸を合わせたかのように。


「――――魔力開放ォォォォッ!!」

「――――ブレイズ!!」


 全力の一撃を叩き込む。

 爆炎と共に放たれた魔力光が悪魔の背を突き破り、中空に光の飛沫を噴き上げる。

 まるで時間が止まったかのような静寂の後、悪魔の身体から赤い光が消えた。

 動きを止めた悪魔の身体がボロボロと崩れ落ち、砂へと変わっていく。

 荒い息を吐くルカとユーリ。

 こうして、戦いは終わった。

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