第50話 共に進む二人

 帝国の使者レドと、将軍バアル・ド・レッド。

 そしてウォンクルスと呼ばれていた悪魔。

 激闘を終えたルカとユーリは、倒れた者たちの安否を確認した。

 深手を負った騎士たちは、意識が戻っていないものの息がある。

 重傷を負ったジュリオも、すぐにギルドへ連れ帰れば助かりそうだ。


「あー、痛てててて」


 そんな中でも、ほぼ無傷と言っていいのが元金髪ことテッド。

 彼に至っては吹き飛ばされた際に、ちょっと強めに頭を打った程度だった。


「こりゃ今日はここまでだなぁ」


 テッドの言う通り、この状況ではダンジョン攻略を中断する他ない。

 やるべきことは早い撤収だ。

 しかしそんな中。


「私は……最下層を目指したい」


 その瞬間を目指し続けて来たユーリが、つぶやいた。


「勝手なことを言って申し訳ない。もちろん、一人で行くつもりだ」


 声をあげる者はなし。

 この異常な状況下で、安易なことなど言えるはずがない。


「……もう終わりは近い、そんな気がして」


 46層辺りから、明確に狭まってきたダンジョン。

 銀狼ただ一匹が待ち受けていた48層。

 ここまでの構成を考えれば、確かにその可能性は高い。


「いいんじゃねえか」


 沈黙を破ったのは、テッド。


「レッドフォードとアレックスが軽傷で済んで良かったな」


 そんな適当にも聞こえる言葉に、レッドフォードが続く。


「ここへ来るまでに目ぼしい大物は倒して来た。俺たちなら問題なく戻れるはずだ」


 実際付近の階は、銀狼の死に魔物たちが気づくまでは静かだろう。

 ミノタウロスのような大物もすでに倒されているし、その復活にはまだ時間がある。

 そしてこのメンバーなら、40層まで戻ってしまえば問題なし。


「そーいうことだな。そっちもルカ先生が付いて行きゃ問題ねえんじゃねえか。何せ、あの帝国将軍をやっつけちまったんだからよ」


 ルカは静かにうなずいた。


「まったくとんでもない鎧鍛冶がいたものだ。まさか一度ならず二度も助けられてしまうとはな……戻って来た時は、最下層の話を聞かせてくれ」

「お願いしますよ、ルカ先生」


 先頭をレッドフォード、殿をテッドとアレックス。

 ルインと残る二人の上級冒険者が、気を失ったままの騎士たちを抱えて帰路につく。


「……いいの?」


 残ったのは、ルカとユーリの二人だけ。


「……これでもさ、昔は王選騎士になりたかったんだ」


 そう言って、ルカは歩き出す。


「こんな時、譲れない想いを抱えた人の助けになれるようにさ」


 探査団と別れた二人が目指すのは、ウインディア王国ダンジョン最深部。

 ルカはユーリと共に、48層を進んでいく。


「でも、なんだったんだろうな……あの悪魔」

「魔獣を使役するスキルもあるらしいから、その強力版と言ったところではないかな」


 身体を魔物と共有できるが、最悪飲み込まれてしまう。

 果たしてそれは、どんなスキルなのか。

 今となってはもう、詳しいことは分からない。


「ここしか……なさそうだね」


 49層へ降りるには、岩場に空いた穴に降りる以外の道は見つからなかった。


「でも、これはなんだ?」


 足元に空いたその穴には、青みを帯びた白霧が充満している。


「これは瘴気だよ。吸い込めばたちまち身体を蝕んでいく悪い空気」


 ユーリはそう言って息を吐く。


「これだけ濃いと視界も悪いだろうし、この瘴気層を無事に抜けるというのは難しそうだね……」

「どうすれば通れるようになる?」

「瘴気の発生源を止める他ないと思う」


 49層は、未だ広さも構成も分かっていない。

 下手に飛び込んだところで、瘴気で身体が動かなくなるまでに突破するというのは無理だろう。

 ユーリは「ここまでか」と肩を落とす。


「瘴気の発生源を、なんとかすればいいんだな」

「待って、いくらなんでも無理だよ」


 さっそく穴の中へ降りようと歩き出すルカの腕を、ユーリが慌ててつかむ。


「いや、大丈夫だと思う。この鎧【抗瘴気】って効果を持ってるんだ」

「抗瘴気?」

「瘴気に対して強力な抵抗が付くらしい。この手のヤツは毒を解消するガントレットも持ってるし、効果は間違いない」

「その鎧は一体どうなっているんだ……でも一応、すぐに戻れる位置で試してみてくれないかな」


 心配そうな目をするユーリ。

 ルカとしても、ここでその検証をするというのは悪くない。

【抗瘴気】の載った脚部を装着したまま手を瘴気につけてみたり、顔だけのぞき込んでみたりしてみる。

 予想通り、影響はなさそうだ。


「よし、行ってくる」


 穴の中へと降りたルカは、壁沿いに49層を進んでいく。

 見通しは悪い。

 だが岩に囲まれた狭い道が続くだけで魔物の姿はなく、瘴気が溜まっていること以外に問題はなさそうだ。

 いくつかの角を曲がり、ひたすらに道を進んでいく。

 するとやがて、四角い小さな空間にたどり着いた。


「……これが、瘴気の発生源?」


 一面に張り付いた、青く透明な結晶。

 その中央に、同じく八角錐型の大きな結晶が突き立っている。

 瘴気を発しているのは、この結晶で間違いない。


「てっきり魔石脈辺りから出てるものだと思ってたけど……」


 キングオーガの剣を取り出し、結晶の真ん中に突き刺す。

 すると狙い通り、瘴気は消え去った。

 やがてそのことに気づいたユーリが遅れてやって来る。

 結晶の部屋から続く道の先には、円形の空間が一つだけ。

 49層は、ここで行き止まりだ。

 足もとにはしっかり均された床石と、刻み込まれた魔法陣のような紋様。

 直径2メールほどの中央部分には、質感の違う石材が使われている。

 二人がそこに立つと、紋様部分がゆっくりと降下を始めた。

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