第48話 帝国将軍vs鎧鍛冶Ⅱ

 身体が節ごとに盛り上がり、その体躯はあっという間に二回り以上大きくなる。

 外皮は漆黒へ変わり、全身に刻まれた魔法陣が赤く明滅。

 頭には不吉な巻角が生え、その目も爛々と輝き出す。


「悪魔と、一体化した……っ!?」

「……こうナったらもう、加減はできナイ」


 黒い悪魔が、ルカに赤眼を向ける。


「汚い鳴き声ヲあげて死ネ。コレは――――命令ダ」

「ッ!!」


 ドン! と強烈な破裂音と共に、黒い悪魔が跳び込んで来る。

 その巨躯に見合わない驚異的な速度に、ルカは慌てて飛び下がる。

 直後、輝く灼腕が地を砕く。

 すると地面から荒々しい赤光の柱が噴き上がり、ルカは弾き飛ばされた。


「ぐああああっ!」


 黒い悪魔は地面を蹴り、すぐさま追いすがって来る。

 振り上げられた左腕をルカがかわすと、続けて右腕が振り下ろされる。

 これをキングオーガの剣で受け止めると、バアルが口を開いた。

 その口内に、輝く赤光。


「マズいッ!!」


 とっさに跳び下がる。

 放たれた赤光砲は肩口をかすめ、後方の壁に大穴を開けた。

 さらにバアルの右腕が、大きく隆起する。


「この距離……まさかッ!!」


 煌々と輝く爪が描き出す、荒々しい赤の軌跡。

 距離を選ばない灼腕の一撃が、天井から壁を通り足元まで深々とした傷を刻み込む。


「うああああああ――――ッ!!」


 地を転がったルカはそれでも、追撃に来たバアルを引き付けたところで身体を一回転。

 レベル3の【パワーレイズ】で渾身の斬り払いを放つ。


「ムダだ」


 明滅を続ける灼腕が、これを止める。


「それならッ!!」

「そレも、ムダだ」


【魔力開放】を狙って伸ばした左腕も、回し蹴りで弾かれた。

 バアルはそのまま、身体を大きく後方へひねる。


「ま、ずい……っ!」


 ギラリとした閃光を放ち、鳴動する右腕。

 轟音と共に振り払われる灼腕が、辺り一体を薙ぎ払う。


「ぐああああああああ――――ッ!!」


 慌てて防御したものの、その凄まじい威力に地面を大きくバウンドするルカ。


「……ガハッ! はあ、はあ……ッ!?」


 砂煙を上げて倒れ込んだルカは、自身の姿に驚く。

 ウソだろ……新しい鎧にこんなに深い傷が……っ。

 見れば全身に、幾重もの傷跡が刻み込まれていた。

 帝国将軍は、これまで戦ったどんな魔物より遥かに強靭。

 まごうことなき怪物だ。


「理解シたか?」

「理解……?」


 突然の問いに、困惑するルカ。


「シょせん貴様たちの命は、オレのような強者に弄ばれルためにある」

「ふざ、けるなっ!」

「オレにハまだ、ギルドとやらの『掃除』も残っているカらな…………終わらセるぞ」


 向けられる冷酷な視線。

 バアルの右腕が、一際強烈な輝きを帯びていく。

 ……ここでこいつを止めないと、皆、殺される。

 ダンジョン攻略への思いを語ったユーリも。

 笑顔を取り戻したばかりのトリーシャも。皆。



『――――俺が助ける』



 かつて口にしたその言葉。

 今、皆を助けることができるのは……俺だけだ。

 憧れだった全身鎧を身に着けたその青年は、覚悟を決めるように息を吐く。


「インベントリ――――オクタノヴァガントレット」


 左腕の装備が替わる。

 ヒュドラ戦で得たアイテムの中には、一つの鉱石があった。

 オクタノヴァ鉱石。

【審眼】で確認したところ、青緑色をしたこの鉱石には一つだけスキルを載せられることが判明した。



【――――魔装鍛冶LEVELⅫ.魔力装填】



 これも同じく、ヒュドラ戦後の鍛冶仕事で覚えた新スキル。


「まだ実戦では、試してもいないけど」


 スキルを発動すると、左手でつかんだキングオーガの剣に魔力が浸透していく。

 その威力は未知数。

 ゆえに、これは賭け。


「案ずルな、全員すぐに貴様の後ヲ追わせてやる」


 灼腕はすでに、まばゆいほどの明滅を繰り返していた。

 急激に高まっていく緊張感。そして。


「終わりダ――――哀しキ弱者よ」


 猛烈な破裂音と共に、バアルが地を蹴った。

 荒ぶる赤光の軌跡を描きながら、迫り来る漆黒の悪魔。

 対してルカは、魔力を宿したキングオーガの剣で迎え撃つ。


「お前は俺が止める。そして……皆を助けるんだッ!!」


 全てを切り裂く赤き閃光の一撃と、未知の白い輝きを放つ大剣。

 紅白の魔力光が交差し、弾けた粒子が48層をまばゆく照らし出す。

 ビリビリと全身を震わせるような衝撃。

 おとずれた、一瞬の静寂の後。


「ナ、にッ!?」


 宙を舞ったのは、灼腕。


「…………キ、キサマァァァァァァァァ――――ッ!!」


 失った右腕に激高したバアルは、左腕を巨大化。

 雄たけびと共に、真っ赤に輝く巨碗を叩きつけにくる。


「死ネ、死ネ、死ィィィィネェェェェェェェェ!!」


 ルカは再び、魔力を帯びたキングオーガの剣を強く握りしめると――。


「これで……終わりだああああ――――ッ!!」


 渾身の力で剣を振り上げる。

 再び交差する二つの軌跡がぶつかり合い、中空で弾ける。

 やがてキングオーガの剣から魔力光が消えると、斬り飛ばされたバアルの腕がドサリと音を鳴らした。


「…………このオレが、貴様のようナ弱者に敗れるトいウのか……っ?」


 両腕を斬られたバアルは、信じられないという表情でよろめく。


「……ア……アア。アグァァァァァァァァ――――ッ!!」


 ヒザを突き、あげる嘆き声。それはすぐに壮絶な叫びに変わる。


「アガアアアッ! アアアア! アグアアアアアアアアア――――ッ!!」


 響き渡る、血を吐くような絶叫。


「ア、アアア、アアアアア――――!! アアア! アア! ア……アア…………ア……」


 やがて、それが静まると――。


「…………ヤ、ヤメロ」


 突然、制止を促す声をあげ始めた。


「なんだ?」


 その急な変わり様に、困惑する。

 何せルカはすでに動きを止めている。

 一体バアルは、何を『やめろ』というのか。


「そ、そんな……ヤメロ。ヤメロヤメロヤメロォォォォ!!」


 狂い出すバアル。すると次の瞬間。

 身体の内側から外皮を突き破るようにして出て来た無数の血管が、バアルを覆い尽くす。さらに。


「ッ!?」


 足元から伸びて来た血管が、ルカの脚をつかんだ。

 それをきっかけに一斉に伸びて来た無数の血管たちが、胴や肩に絡みつく。


「う、動けない……ッ!」


 留まることなく、覆いかぶさって来る血管。

 そのままズルズルと、ルカは悪魔の方へと引きずられていく。

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