第16話 工夫の仕方

 第21層。木々に囲まれたフィールドでルカを出迎えたのは、オークたちだった。

 石製の大作りな斧を振り回す、イノシシの魔物。

 放つ攻撃は威力こそ高いものの、各個の連携はあまり取れていない。

 ルカは襲い来るオークを、次々に斬り伏せていく。


「ッ!?」


 最後の一匹を倒すと、一回り大きな体躯をしたオークが長槍を手に飛び掛かって来た。


「ハイオークってやつだな!」


 その鋭い一撃を、巨剣の峰で受ける。

 そこから繰り出される突きの連打は、予備動作はもちろん隙も少ない。

 そのうえルカが一歩踏み出せば、それに合わせて一歩下がるといった、あくまで長槍のリーチを活かした戦い方をしてくる。

 力任せだけじゃないその戦闘技術、さすがに『高等種』の名を冠するだけある。


「……でも!」


 突き出された槍を、ルカは大きな振りで弾き上げる。

 剣が槍とぶつかり、火花が散った。


「今だ!」


 ここで勝負をかける。

 滑走による急加速。

 今だバランスを崩したままのハイオークに対し、勝負を付けに――。


「なんだ!?」


 ハイオークの動きが突然、不自然に停止した。

 見ればその腕が、木の根につかまれている。

 予想外の事態を目の当たりにして、思わず動きを止めるルカ。

 すると続け様に伸びて来た木の根たちが、一気にハイオークの足や腰に絡みついていく。

 いよいよバランスを崩して倒れたハイオークはそのまま無残に引きずられ、あっという間に地面の隙間に飲み込まれていった。


「……なんだよこれ。一体どうなってんだ」


 予想外の事態に辺りを見回すルカ。

 すると地面が揺れ出し、木々の根が一か所に集まり始めた。


「この感じはトレントか? ……いや、ドラゴン?」


 現れたのは、無数の木々で形作られた一頭の龍。

 四足獣のような姿をした魔物の頭部には、うろみたいな穴がぽっかりと開いている。

 その闇の中に光る怪しい輝きが、ルカを捉えた。


「くっ!」 


 一斉に襲い掛かって来る木々の根たちを、大剣で切り払う。

 根自体は普通の樹木と変わらない。【パワーレイズ】があれば難なく切断できる。

 ルカは早く短い振りで、迫る『触手』を斬り落としていく。


「ッ!?」


 足元から伸びた一本の根が、足首をつかんだ。

 根はそのまま這い上がり、身体の自由を奪っていく。


「マズいッ!」


 そこへ無数のツルが畳みかけに来る。


「インベントリ、青銅のガントレット! 魔力解放ォォォォっ!」


 放出された魔力が、迫るツルをまとめて消し飛ばす。

 この隙を突き身体に巻き付いていた根を千切ったルカは、そのまま滑走で樹龍のもとを離れる。


「これじゃ斬っても斬ってもきりがない!」


 樹龍の恐ろしさは何より、その圧倒的な手数。

 付近の木々を飲み込み『回復』することで、無尽蔵に『触手』を調達できる。

 そして捕まったが最後。そのまま『養分』として飲み込まれてしまうのだ。


「どうにか接近戦に持ち込まないと…………あれ、使ってみるか」


 向かったのは、先ほどオークたちと戦ったポイント。

 ルカはインベントリにキングオーガの剣を戻すと、放置されていたオークの石斧を手に取った。


「……さあ来い」


 樹龍が追って来たのを確認して、大きく振りかぶる。


「オラァァァァ!!」


 そのまま全力で石斧を投擲。

【パワーレイズ】によって放たれた石の刃は、追いすがるツルを断ち切りそのまま樹龍の身体に突き刺さる。

 耳障りな咆哮と共に、大きくのけ反る樹龍。


「もう一発!」


 豪快な風切り音と共に放たれる二本目の石斧が、樹龍の頭部を削り取る。


「もう一発だ!」


 しかしさすがに三度目となれば、樹龍も対応してくる。

 辺りの木々を集めることで作られた壁は、この強烈な投擲攻撃を弾き返した。

 樹龍は木々の盾を解き、再び触手による攻勢を仕掛けようと動き出すが――――そこにルカはいなかった。

 石斧を投擲した直後、すぐに滑走で加速して跳躍。

 ルカは中空から樹龍へ迫る。

 しかし両者の距離は長い。

 一度の跳躍で届く距離ではなく、ルカを見つけた樹龍の触手が、落ちてくるところを捉えようと一斉に伸びあがる。


「さあ、ここでお前の出番だ! インベントリ!」


 ルカが伸ばす左腕。

 着けていた青銅のガントレットが、再び鉄製の物に代わる。


「ワイヤーガントレット!」


 それはこれまでの物とは違い、板バネが搭載されていた。

 発射された矢じりは真っすぐに飛び、そのまま鍾乳石の一つに突き刺さる。

 これによって落下際のルカは、もう一段回その飛距離を延ばしてみせた。

 ロックを外し、ワイヤーを切り離す。

 迫っていたツルたちを置き去りに、ルカは樹龍に斬り掛かる!

 再び手にしたキングオーガの剣が、樹龍の肩口を深々と斬り裂いた。

 さらに返す刃でその胸元を断つと――。


「ギャオオオオオオオオ――――ッ!!」


 猛烈な咆哮を上げ、樹龍は慌てて後方へ跳び下がる。


「ワイヤーは一度使ったら装填が必要。だから距離さえ離せば押し勝てる……か?」


 ルカは空中の樹龍を見上げる。


「正解。だから……逃がさないッ!」


 そして再び左手を伸ばす。


「インベントリ! 左ワイヤーガントレットを…………ワイヤーガントレットへ!」


 装着される新たなガントレットは、なんとまたも同じ板バネ付きガントレット。

 射出された矢じりが、中空の樹龍に突き刺さる。

 張り詰める鉄糸。


「オラァ!!」


 ルカはワイヤーを強引に引き、樹龍を地に墜とす。


「同じものが二個あったのは予想外だろ!」


 矢じりは身体に刺さったまま。

 観念したのか、樹龍は咆哮をあげながら猛然と突撃してくる。圧倒的な量の根やツルと共に。

 待っていたは、この形だ。


「インベントリ。左ワイヤーガントレットを――――青銅のガントレットへ!」


 そしてその左手を真っすぐに、直前まで引き付けた樹龍へと向ける。


「こいつで勝負だ! 魔力――――解放ォォォォ!!」


 ひらめく魔力光。吐き出された荒々しい魔力が樹龍の頭部に叩き込まれる。

 巻き起こる盛大な爆発。

 やがて煙が晴れると、そこには上半身を爆散させた樹龍の姿。

 舞い落ちる木の葉。うごめいていた木々の根が、枝が、ツルが動きを止めていく。


「ワイヤーガントレットも十分使えそうだな」


 勝敗は決した。

 まるで内側から突き破られたかのような形で半壊している樹龍の体内をのぞき込む。

 するとその内側に見える、青色の輝き。


「あった。水宝玉だ」


 樹龍は希少な魔物だ。

 ダンジョンでは基本、深層で得られる物ほど売価が高く、これ一つで先日のルビィ鉱石を超える稼ぎになる。


「……でも、魔力開放二発は結構キツイなぁ」


 キングオーガの剣は強力だが、やはり剣である以上切断による致命傷を与えられない敵とは戦いづらい。


「何か、使い方によって必殺技になるようなものを考えてもよさそうだ……」


 何せインベントリにはまだまだ余裕がある。

 このスキルは、ルカが日々の鍛冶仕事で鍛え続けてきたもの。

 様々な装備を、目視では認識できないほどの早さで変更することが可能だ。


「んー、何がいいかなぁ……」


 今日の攻略はここまで。

 樹龍は、パーティで挑むか否かで大きく難易度の変わる相手だ。

 それはあの捕縛攻撃が、単体にしか向けられないものだから。

 よってパーティで対策を取れば、強敵とはいえ勝機のある魔物と言える。

 逆に言えば、単体で挑むのは無謀に近い。

 しかしそんなことは露も知らず、ルカは新しい攻撃法を考えながら帰途に就くのだった。

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