第15話 二度目の攻略

 ダンジョンを管理するギルドの仕事には、マップの生産管理がある。

 すでにある程度の階層までは地図が作られているため、仮に戦闘が一度もなかったとすれば難なく降りて行くことが可能だ。

 対して中層から下層はまだ、半端なマップしかできていない。

 その広さに加えて、入り組んだ地形や、燃え続ける炎といったような障害が冒険者たちを足止めするからだ。

 今夜もすでに人気の引いたウインディア王国ダンジョンを駆け降りていく、鈍い銀色の甲冑。

 立ち塞がったリザードマンの一団は、統制の取れた戦闘方式を得意とする難敵だ。


「もらったあ!」


 跳躍から、身の丈に迫ろうかという巨剣を振り下ろす。

 相対したリザードマンは、自らの剣でそれを受けようとして――――そのまま叩き折られた。

 細剣ではない。人間が使うものよりやや大きめの両手剣が真っ二つ。

 驚愕に目を見張った次の瞬間にはすでに、次撃が腹部を斬り裂いていた。


「ッ!!」


 そんなルカの側頭部目掛けて飛来する光弾。

 それは直撃すればたちまち爆発を起こし、被弾者を粉々にするウィッチリザートの魔法。エクスプロードシェル。

 前衛の犠牲を利用して放たれた一撃は、高い知能を持つリザードマンの一団だからこそ。

 しかしルカは、それをかわす素振りすら見せない。

 派手な閃光と共に巻き起こる小爆発。


「ゆ、ゆわんゆわんする………」


 爆煙をその身にまとわせながら一息で魔術師のもとへ接近し、難なく斬り伏せてみせた。

 新たに現れる二体のリザートマン。

 一匹目が力任せに振り下ろした両刃斧を大剣で弾く、すると間髪置かずに前後を交代した二匹目が槍斧を突き出してくる。


「そう来るなら……っ!!」


 見事なコンビネーションを見せたリザードマンに対し、ルカはバランスを取り直すのではなく剣自体を手放した。

 そのまま脇の下を通すような形で槍斧をかわし、踏み込みからの掌底をあご下に叩き込む。


「ギャッ!!」


 リザードマンが後頭部から地面に突っ込んだのを確認しつつ振り返る。

 そこにはすでに、両刃斧の一匹目が迫り来ていた。

 急加速。半円を描くような滑走で剣をつかみ直し、再び真正面から相対する。


「勝負だ!」


 交差する両者。

 倒れたのは、戦斧のリザードマンだった。

 圧倒的な力を見せるルカ。しかしその足元に広がる光の環。

 最奥に隠れていたウィッチリザートのローブが、バサバサとはためきだす。

 するとわずかな揺れを足元に感じた次の瞬間、突然足元から閃光が突き上がった。


「なっ!?」


 ルカを消し飛ばさんとばかりに噴き上がる魔力の輝き。

 魔装鎧が軋む。しかし、それも鉄壁の守りを貫くには至らない。

 空中で体勢を立て直したルカは、着地と同時にウィッチリザードに向けて跳躍。

 そのまま頭部に蹴りを叩き込む。

 鉄靴を側頭部に喰らったウィッチリザードは地面をバウンドし、動かなくなった。


「ふう、これならまだまだいけそうだな」


 ギルドの冒険者たちが見たら目を疑うような戦闘を平気で成し遂げて、キングオーガの剣をインベントリへ戻す。


「残ったアイテムは……槍斧と戦斧、あとは杖か」


 ルカは残されたリザードマンたちの武器を、一つずつ確認していく。

 槍斧と戦斧は、残念ながら粗雑な鉄製で価値はなさそうだ。


「お、杖に使われてる宝玉は使えそうだぞ」


 しかし最後のウィッチリザードが手にしていた杖は、上等な一品。

 さっそくインベントリにしまう。

 当たり前のように戦利品の確認をしているが、ここはすでに20層。

 中級者『パーティ』たちの領域だ。

 まして前衛後衛の布陣で挑んで来るリザードマンたちは、この付近の階層では恐れられている。

 高い知能を用いた戦い方は、時に格上の冒険者すら打ち倒してしまうからだ。

 そんな敵パーティを単騎で、しかも押しの一手で壊滅させる冒険者などそうはいないだろう。

 前回の攻略に続いて、まさに破竹の快進撃といえる。

 しかし、ルカの持ち物に変更はなし。

 やはり冒険者登録をしていないというのは、不利益も大きい。

【鎧鍛冶】と【インベントリ】のスキルしか持たないはずの人間が、突然特大の鉱石を持ち込もうものなら、入手経路はもちろん来歴から性癖までみっちり尋問されかねない。

 そんな理由で、頼れるのは伝手のある人物のみ。

 秘密裏に売買をしてくれそうな知り合いの行商人が来るまで、換金はお預けとなった。


「ま、どちらにしろミスリルやダマスカスで装備を整えるにはまだまだ宝の回収が必要だしな……と、ここは真っ暗だな」


 ここでルカはインベントリを使い、頭部装備を鉄兜からラミニウム製の物へと交換する。


「まさか【発光】がこういう形で役に立つとはなぁ」



【――――魔装鍛冶LEVELⅧ.発光】



 実は昨夜、魔装鍛冶のレベルが上がっていたので【発光】のためだけのラミニウム兜を作ってみた。

 結果は、強めに光った。

 松明のように趣のある輝きではなく、ペッカー! と馬鹿っぽい光り方で。

 闇の区間をまばゆく照らすラミニウムの兜。

 それでなくても軽くて安っぽい素材感のラミニウムが、煌々と光る姿はすごくカッコ悪い。


「便利なのは便利なんだけど、あんまり人には見られたくない姿だなぁ……」


 金属としては普通に弱く、【耐衝撃】や【耐魔法】も載らない。

 そんな隙だらけの金属だが、むしろそのバカっぽい輝きによって逃げて行った魔物がいることを、ルカは知る由もないのだった。

 そのまま暗闇を駆け、坂を下って21層へと向かう。

 狭くなっていく下り坂。やがてその目に見えて来たのは――。


「うわ……確認はしてたけど……本当に山の中みたいだな」


 そこは地下洞窟の中だというのに、一面緑に覆われた空間だった。

 洞窟内には魔石の影響で妙に明るい場所も稀に見られるが、ここはその中でも一際明るいように見える。


「外が夜だってことを忘れちゃいそうだ」


 そんな21階層は一面に背の高い樹木が生い茂り、足元には下草と共に無数の木の根が広がっている。

 壁や天井にもツタやツルが伸び、鍾乳石らしき出っ張りも緑に覆われていた。

 そしてその奥には、地底湖らしき青色の輝きが見える。


「狙いはこの階層の水宝玉ってやつだけど……」


 真水を多量に含むその魔法石も、冒険者には何かと必要とされる一品で当然価値が高い。

 さっそくまぶしい方のラミニウムから、【感知】ができる方のラミニウムに頭装備を交換。

 位置の割り出しにかかる。


「……あった。このまま鍾乳石に向けて真っすぐだな」


 さっそく動き出したルカは、辺りの立派な枝をした木や天井にまで伸びたツルを見ながら一人こぼす。


「それにこの階層なら……アレも試せそうだ」


 素材やスキルに関わる装備という点で、ルカに変化はない。

 とはいえ、何一つ変更なしのままダンジョンへやって来たというわけでもないのだった。

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