第14話 初挑戦の結果は

 魔石というのは不思議な物質だ。

 実は世にはびこる魔物を大半を生み出している元凶が、この魔石なのである。

 付近の物質を取り込み、その性質によってさまざまな魔物を生み出す。

 魔物を倒すと核となった魔石が取れるが、たいていの場合は魔物化するのに力を使ってしまっているため、使い物にはならない。

 よって魔物と共に生まれた武装や牙、骨などの部位を売って稼ぎとするのが、冒険者の基本だ。

 そんな中でも【特異】と呼べる特性は、その再生力だろう。

 ダンジョンの地下深くまで伸びる魔石の鉱脈は、その一部を削り尽くしても時が経てばまた生えてくるのである。

 そのためダンジョンでは常に魔物が生まれ続けており、外へはい出してくる可能性がある。

 ダンジョン専用のギルドが作られるのも、道理と言えるだろう。


「……近いぞ」


 滑走を飛ばすルカがたどり着いたのは、12層。

 広い迷路のようなダンジョン。

 階によってその広さはまちまちだが、広いところでは町が丸々一つ収まるほどだと言われている。


「目的の鉱石があるのはこっちのはずだけど……」


 高さ三メールほどの大きな通路の先は、目に見えて分かる行き止まりだった。

 ここで戦闘が始まってしまえば逃げ場はなく、さらに敵の増援を回避することもできない危険な場所。

 すぐにでも引き返すべき、ダンジョンの外れ。

 しかしルカには【感知】があり、その先に何かがあることは分かっている。


「……ここか?」


 近寄ってみると最奥の壁には、裂け目があった。

 さっそくインベントリに鎧を戻し、その隙間に身を滑り込ませる。

 ルカが隙間を通り抜けていくと、その先には大きなドーム状の空間がぽっかりと空いていた。


「い、いかにも何か出そうな感じだな……」


 目的の場所はこの先だ。見れば奥には人が通れそうな穴が開いている。


「ルビィ鉱石のありかは、あそこだな」


 静かすぎる空間を、ルカは一人息を殺して進む。

 ……絶対に魔物が出てくるよなぁ。それも大型の。

 だがどれだけ目を凝らしても、魔物どころかその影すら見えない。

 あるのは巨大な岩だけだ。


「誰かが倒したばっかりだとか?」


 だとすれば、この奥にまだルビィ鉱石が残ってるのはおかしいよな……。

 そんなことを考えながら歩を進めていると、突然影が動いた。


「なるほど、そういうことか……っ!」


 地面を揺るがしながら、巨岩が動き出す。

 その正体は、高さ十メールに届こうかという大きさのストーンゴーレム。

 砂埃をこぼしながら、ゆっくりと立ち上がる人型の岩石。

 その硬質な身体は、もちろん生半可な剣や槍など通さない。

 そのうえ魔術師の持つ攻撃方法の最大手である、炎の魔法がほぼ無効。よって。

 ゴーレムを引き付ける者。

 それを支援する者。

 一定以上の爆破魔法を持つ魔術師。

 魔術師を守る者。

 そんな中級以上のパーティで、魔法による打倒を狙うというのが基本的な戦い方。

 まさに耐物理の急先鋒と言える魔物。相性が悪ければ上級者ですら戦いを避けるやっかいな相手だ。


「普通に考えたら逃げるべきだよなぁ……でも」


 インベントリを発動。

 その身体に、鉄の鎧を装着する。


「悪いな。その先に俺の目指すものがあるんだ。退かないなら押し通させてもらう!」


 キングオーガの剣を握ったルカは、ゴーレム相手に最速の滑走で突撃する。

 振り下ろされる巨拳。

 ルカはもはや華麗と呼べるほどの回転でかわし、斬り抜ける。

 ゴーレムの腕に刻み込まれる、深々とした傷。

 もしもこの瞬間を目撃したなら、冒険者たちは驚きに唖然としただろう。

 それは【パワーレイズ】による怪力と、その力に耐えうるキングオーガの剣だからこそできる芸当だ。

 しかし、物言わぬゴーレムに痛覚など存在しない。

 変わらぬ動きで振り返り、迫り来るルカに足を振り降ろしてくる。

 ならばと、滑走速度を下げることでこれをかわし、すり抜け様に脚部に一撃を見舞う。

 するとわずかにバランスを崩したゴーレムは、壁に手を突いた。


「……なんだ?」


 その手が、壁面にめり込んでいく。

 ゴーレムはえぐり出した壁面を、そのまま投擲。


「なっ!?」


 飛び散る無数の石片。

 弾丸の様な速度で飛来するそれは、一瞬でパーティを壊滅に追い込みかねない驚異の一撃。

 無防備な部分に当たれば、即死はまぬがれない。


「あんまり崩さないでくれよ……この先に用があるんだからさっ!」


 直撃する無数の石片が、豪雨のような衝突音を鳴らす。

 しかし、魔装鎧に傷はなし。

 ルカは再度ゴーレムに迫り、脚部を斬り付ける。


「……やっぱゴーレムってのは特殊なんだな。これだけ斬っても手応えが全然ない」


 普通の魔物であれば、ケガを負えば動きが悪くなる。

 対してゴーレムの動きを止めるつもりなら、そのパーツ自体を切り落とすくらいのことをしなければならないだろう。

 それこそが、このタイプの魔物の恐ろしさだ。


「このままだと、らちが明かないな」


 ルカは追って来るゴーレムの攻撃をかわし、距離を取った。


「…………やってみるか」


 滑走をやめ、その場に立ち尽くす。


「いやー、怖いなあ」


 それを見て、ゴーレムが走り出した。

 鳴り響く重低音、激しく揺れる地面。


「いやこれ本当に怖いなぁ!」


 そのまま勢いに乗って、ゴーレムは岩石の拳を振り上げた。

 体重を乗せた力任せの一撃が、ルカに叩き込まれる。


「けど……勝負だぁぁぁぁ!」


 対してルカは、無謀にも両手でゴーレムの拳を受け止めに行く――と見せかけて滑走で後方へ。

 スレスレの回避。

 目前を通り過ぎた岩の拳が、深々と地面にめり込んだ。


「今だッ!!」


 かわしたゴーレムの拳に、掌を押し付けて。


「インベントリ――――青銅のガントレット」


 左手のガントレットを鉄から青銅に切り替える。そして。


「行くぞォォォォ! 魔力……解放ォォォォ――――ッ!!」


 閃く魔力光。

 ルカの左手から放たれた強烈な光の奔流が、ゴーレムの腕を猛烈な速さで駆け上がり、そのまま右肩へと抜けて行った。

 わずかな空白と静寂。

 バキャッ! と大きな音が鳴り、ゴーレムの腕が砕け飛ぶ。

 始まった崩壊は、腕だけにとどまらない。

 肩を伝い頭部、胸部、腹部、そして全身にヒビが走っていく。

 その後を追うようにして、崩れゆく身体。

 砂煙を上げながら、ゴーレムはその巨体を崩壊させた。


「……多分、魔力開放ってこういう使い方じゃないよな」


 零距離魔力開放。

 そんな無理な使い方に、苦笑い。

 気がつけばその場に残ったのは、ゴーレムの脚の一部と砂山だけだった。


「さてと、問題はここからだ」


 激戦を終え、息をつくルカ。

【感知】によれば、この先に目的のものがあるのは間違いない。

 とはいえ、それが手に取れるような状況なのかどうか……。

 祈るような気持ちで、奥へと続く道を進む。

 すると――。

 その壁には地層の筋に合わせるようにして、一筋のルビィ鉱石が赤々と輝いていた。


「やったああああーっ!!」


 思わず拳を突き上げるルカ。

 さっそくインベントリからツルハシを取り出し、振り上げる。

 全身鎧でつるはしを振るう姿は、どこかシュール。


「これを掘り出して、背嚢にしまってからインベントリ内に収納か……帰り道のことを考えると、今夜はここまでかな」


 ルカの最初の冒険は、過去最高速度での12層到達。

 見事、目的の【ルビィ鉱石】を手に入れての帰還となった。

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