第13話 初陣

 夕食時を迎えると、ダンジョンからは冒険者のほとんどが引き上げてくる。

 ここからの時間は、酒を片手にその日の冒険譚を語り合う時間だ。


「よし、今日はしっかり腹ごしらえできたぞ」


 そんな中、タイミングを見計らって動き出す一人の青年。

 一足早く夕食を終えたルカは、鍛冶場に戻っていく。

 すると、ギルドを後にしようとしていたトリーシャとすれ違った。


「あれ、どうしたんだ? 今日は帰るの早いな」

「ちょっとお母さんの調子が落ち着かなくってさ」

「大丈夫なのか?」

「うん。こういうことは時々あったから。気にするほどではないんだけど一応ね」


 そう言って笑ってみせた。


「それよりルカくん、今日はもう夕食は食べたのかね?」

「ああ、今食べて来た」

「うんうん、偉いぞ」

「トリーシャは?」

「私は持って帰って食べることにするよ。そういうわけだから、また明日っ」

「ああ」


 小脇に夕食の包みを抱え、トリーシャはブンブンと手を振りながら駆けていく。

 その背を見送りながら、つぶやく。



「今度こそ……トリーシャの力になるよ」



 鍛冶場に戻ったルカはさっそく、デスクの上に置かれたラミニウム製の兜をかぶった。


「目的は……ルビィ鉱石だ」


 これはダンジョン内で稀に取れる赤色の鉱石で、なかなかの額で売却できる。

 飾りとして美しいのはもちろん、魔力を強化してくれるという特性を持つため、装備品にも使えるのが強みだ。

 時々冒険者が大きな塊を見つけると、その日は酒場がちょっと賑わう。そんなお宝の一つ。

 ルカは【感知】スキルを発動する。

 それは、不思議な感覚だった。

 視界に光点の様なものが浮かび上がってくる。

 その輝きは、強いものと弱いものがあり、さらに大きさも様々だ。

 だが、これに関してはすでに検証済み。


「大きさは距離、輝きの強さはその規模や純度……これから行って帰ってくるのにちょうどいいのは……こいつだな」


 ルビィ鉱石のありかを示す輝きの中から、今夜の目標を定める。

 すでに準備は万端だ。

 ルカは鍛冶場を閉めると、そのままギルドをあとにする。

 その足で向かうは、ウインディア王国ダンジョン。

 鉄とも石とも違う、不思議な質感をした巨大な槍斧オブジェの下。

 遺跡のような造りの出入口には、王国から派遣された四人の警備員が詰めていた。

 息を潜めながら、陰から陰へ。

 何せルカは冒険者ではない。ここで見つかったら色々と面倒だ。

 かといって冒険者登録をしようにも、次の試験までかなりの時間がある。

 そして何より。


「今さら俺が冒険者登録なんてしようとした日には、何を言われるか……」


 警備員たちの視線を潜り抜け、正面玄関を回り込むようにして進む。

 するとそこには、小さな鉄扉があった。

 ギルド職員などが稀に使うもので、ここからでもダンジョン内部へ入ることができるようになっている。

 普段ほとんど使われないカギを持って来るくらいなら、ルカでも容易だ。


「ああ、緊張した」


 ダンジョンに入る前に警備に止められてたのではしょうがない。

 無事に侵入できたことに安堵しながら、階段を下りて行く。

 当然、ダンジョン攻略なんて初めてのことだ。

 単騎での突入という難易度の高さもあって、否が応でも緊張する。


「……憧れてた冒険とは、まるで違うなぁ」


 夜の闇に紛れながらのダンジョン潜入には、華々しさなどまるでない。

 仲間もなく、ただ一人きり。

 それでもルカにとっては、初めての命を賭けた冒険だ。


「装着」


 長い階段が終わる。

 インベントリを発動し、【魔装鍛冶】で製作した鉄鎧を身にまとうと――。


「よし……行くぞ!」


 ルカはダンジョンへと踏み込んだ。

 王国ダンジョンの中は基本、一定以上の明度が保たれている区間が多い。

 大きな魔石の鉱脈が走っていて、それが光っているからだ。

 ダンジョン内に埋まっている無数の魔石片が、燐光を放っていることも大きいと言えるだろう。


「……さあ、最初の敵はどいつだ」


 目標のお宝へ向けて、ダンジョンを滑走していくルカ。

 すでに人気はなく、冒険者たちが一日かけて掃討しただけあって魔物の数も減っている。

 浅い層は魔物がダンジョン外に出てくるのを防ぐため、念入りに掃討されるのだ。

 それでも、ルカの目が留まる。

 ……いた!

 五階層を降りて行く途中で、ついに最初の魔物が姿を現した。

 ブラックドッグ。

 黒塗りにした狼の様なその魔物は、早い動きと高い攻撃力を持つ。

 気を抜けば中級者ですら食い殺されてしまう、初心者には荷が重いモンスターだ。

 数は九頭。

 それは不運としか言いようがない。

 一個人で相手にするには、明らかに厳しい数。

 これぞまさに、顔をしかめるような状況だ。

 不幸で間抜けな獲物を発見したブラックドッグたちは、雄たけびをあげながら襲い掛かってくる。

 そして、接敵。


「インベントリ! 鉄の兜と……あとなんかデカい剣!」


 頭部装備がラミニウムから鉄兜に切り替わり、伸ばした手にキングオーガの剣が握られる。


「くらえーっ!」


 たったひと振りで約半数。なんと四頭のブラックドッグが『消し飛んだ』

 続けて一呼吸遅れて飛び掛かった二匹も、返す刃に地を転がる。

 まさかの強敵に、生き残った三頭のブラックドッグは慌てて足を止めた。

 そして同時に放つは、火炎の魔法ファイアボルト。

 三頭が放った炎の銛は、鈍い銀色の鎧に着弾し炎上を巻き起こす。

 ごうごうと上がる炎に、ブラックドッグたちは勝利を確信した。

 しかし、それは失敗。

 その程度の魔法は、鉄鎧に届かない。

 次の瞬間、炎と煙で敵の位置を見失ったブラックドッグたちの上空から振り下ろされる巨剣。

 狙いの一頭を両断し、残った二頭を薙ぎ払いで消し飛ばす。

 圧勝。十秒にも満たない戦闘が終了する。


「行ける……行けるぞっ!」


 始まったばかりの冒険。

 感じる確かな手ごたえ。

 かつてない凄まじい速度で、ルカはダンジョンを降りて行く。

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