第2話 雑用は笑われる

 ギルドでは、飲食はもちろん宿泊も可能となっている。

 夜も更け、かすかに聞こえてくる酒場の盛り上がりの中。ルカは鍛冶場で一人仕事を続けていた。

 それは本来二人組で行っていたものだ。

 しかし相棒だった中年の職員が田舎に帰ってから、増員は行われていない。


「インベントリ」


 置かれた肩当てを前に、スキルを発動。

 すると右手の平頭ハンマーが、一瞬で丸頭のものに切り替わる。

 肩当ての形を迅速に整え、さらに丸頭ハンマーをヤスリに切り替える。

 最後に細かな傷を消して、修理完了。


「よし、こんなところかな」


 ヤスリを戻すと、今度は修理したばかりの防具もインベントリに収めて外へ出る。

 このスキルこそ、ルカが『倉庫くん』と呼ばれる理由だ。

 皆は物の出し入れができる【アイテムボックス】だと思っているが、その実態は収めたものを自在に着脱することのできるスキル。

 ルカは防具の製造修理が早くなるだけの【鎧鍛冶】スキルと、【インベントリ】による素早い道具交換を組み合わせることで、どうにか仕事を早めてみせた。

 そんな努力によって生まれた技で、「一人でも鍛冶は回る」と受け取られてしまったのは皮肉でしかないが。


「装着」


 インベントリを起動して、直した鎧一式を身にまとう。


「よっ、はっ」


 手にした模造の剣を振り、動きに干渉する箇所等がないかを確認。


「よし、問題なさそうだ」


 ある程度パーツの多い鎧は、実際に使ってみないと分からないことも多い。

 だからこうして自ら装着して、確認するのがルカのやり方だった。

 命を預ける装備。

 だから今もこういった確認作業を怠らないし、剣や槍などの練習も欠かしたことはない。


「……こうやって鎧を着て剣を振ってると、やっぱりワクワクしちゃうなぁ」


 ルカは、王国騎士になるのが夢だった。

 ただ少し変わっていたのは、フルプレートのカッコよさに魅せられていたことだ。

 もちろん剣は戦の華だが、ルカは全身鎧の重厚さが大好きだ。

 あんな鎧を身にまとい、前線で戦うことを夢見ていたほどに。

 直した鎧をインベントリに戻し、再び鍛冶場へと帰って来る。

 部屋の片隅に並んでいるのは、ルカの作った1/8サイズの甲冑たち。

 その中から一体手に取って、眺める。


「ま、今時全身鎧なんて使われないけど」


 その難点は、なんと言っても重量。

 装着者の機動性を大きく下げるのはもちろん、持ち運びにも向かない。

 さらに、上位の魔物などが放つ攻撃は平気で鎧を貫いてくる。

 それなら急所だけを守り、あとは支援系スキルに任せて戦う方が効率もいい。

 それでも堅い守りが必要な場合は、盾を使うのが定番だ。

 よって今、ルカが憧れるような甲冑をまとう者など見かけない。


「……なんか食べておくか」


 腹が鳴ってようやく気付く。

 夕食の時間はとっくに過ぎ去っていた。

 鍛冶場を片付けて、ルカはギルド備え付けの酒場へと向かう。すると。

 ……なんだ?

 聞こえて来る声。

 そこではトリーシャとギルド職員、一部の冒険者たちが歓談に興じていた。


「早く鍛冶師を増やしてあげてください」


 そう、真面目な顔で職員に告げるトリーシャ。

 ルカは何となく、酒場へと続く廊下でその足を止めた。


「まーたその話か」


 しかし職員たちは、トリーシャの訴えを一笑に付す。


「一人でも鍛冶場は回ってんだから問題ないだろ」

「それはルカが無理をしてるからですよ。毎日夜遅くまで働きっぱなしじゃないですか」

「嫌ならそれまでって話だ。防具を作って直すだけの人間なんて、いくらでも代わりがいるからな」


 にべもないことを言い放つ職員。

 さらに一人の冒険者が、ニヤリと口端に笑みを浮かべる。


「そうだ、それならお前さんのスキルを分けてやれよ」

「え……っ」


 もちろんそんなことは不可能。

 よってこれは悪い冗談だ。

 それでも『スキル』という言葉が出た途端に、トリーシャは言葉を失った。


「そうしたらあいつも鎧鍛冶なんかじゃなく、ダンジョンで稼げるようになんぞ」

「そいつはちげえねえ! はっはっは!」

「もともとあいつは騎士が志望だったんだろ? 泣いて喜ぶんじゃないか?」

「鎧鍛冶と倉庫のスキルだけじゃ、どうあがいたって戦いには出られねえもんなぁ」

「い、今はそんな話――」


 ――――やめろ。


「いい加減諦めろって。鎧鍛冶なんかを増やすくらいなら、魔剣鍛冶に高給を払って一本でも多く剣を打ってもらった方がいい。冒険者たちだってそう思ってる」

「で、でも……」

「せめて指先から飲み水の一つも出せるガントレットでも作ってくれれば、話は変わってくるんだけどなぁ」

「ハハハハ! そいつは助かるな。で、あんのかい? そんなガントレットは」

「…………」


 ――――やめろ。


 いよいよ言葉を返せなくなってしまったトリーシャに、再び声を上げて笑い出す冒険者とギルド職員たち。

 当然、鎧に特殊効果なんて乗らないことは誰もが知っている。


「ほらほら、どうなんだぁ?」

「ないんだったら、お前さんがスキルを分けてやるしかないよなぁ」


 笑い続ける職員たちに、トリーシャはついに肩を落とした。

 悲しそうに、その目を伏せる。


 ――――頼むからもうやめてくれっ!!


 踵を返し、ルカは走り出す。

 耐えられない。こんなの、耐えられない……っ!

 そのまま全力で走って、逃げ込むように鍛冶場へと戻って来る。


「どうしてトリーシャが、俺のために笑われなきゃいけないんだ……っ!!」


 全身がカーッと熱くなり、鼓動が爆音を鳴り響かせる。

 だが、それだけじゃない。

 ルカは知ってしまった。


「やっぱり……トリーシャはスキルのことを気にしてる。今も俺に『悪い』と思ってるんだ……っ」


 それは、数年前のこと。

 15歳になると行われる【御業の授与】というユミール神教の儀式。

 それは集まった少年少女たちに、一人ずつスキルが与えられるというものだ。


『――――騎士になる』


 幼馴染のトリーシャに、ルカは幼い頃からそう言い続けてきた。

 しかし得たのは【鎧鍛冶】と【インベントリ】の二つ。

 夢をかなえるためのスキルは、与えられなかった。

 そして。よりによってそんなルカの目前で、戦線に出ることのできるスキルを得たのが……トリーシャだった。


「あああああああああああああああ――――――ッ!!」


 フラッシュバックする過去。

 手にした金づちを、ルカは思わず全力で振り上げて――。



「ルカ、いるー?」



 聞こえてきた声に、手を止める。

 そこには、いつもと変わらない様子でやってくるトリーシャの姿。

 両手には数々の料理を盛った皿、口にはパンを一つくわえていた。

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