第3話 覚醒の夜

「ほら、夕食持って来たから冷めないうちに食べちゃってね」


 そう言って、朗らかな笑み向けてくる。

 ついさっきまで笑いものにされていたことなんか、欠片も見せることなく。


「……あ、ああ。ありがとう」


 力なく金づちを下ろしたルカに、トリーシャは口にくわえていたパンまでしっかり押し付ける。


「これが今日の仕事かぁ。相変わらず丁寧だね」


 並んだ鎧を見ながら、にこにこと笑顔を見せるトリーシャ。


「そりゃ……命を守るための物だからな」

「うんうん。好きだよ、そういうところ」

「……おばさんは、元気か?」

「うん」


 なんてことなく応えてみせるトリーシャ。

 その母に病が発覚したのは、研究者だった父が消息を絶った後。

 一人、無理を続けたのが原因だったらしい。

 病を治すには、とある魔物から取れるアイテムが必要になるが、それは非常に高価なものだ。

 その魔物自体も恐ろしい強さを誇る上に、めったに姿を現さないため、早々手になど入らない。

 トリーシャは常々、冒険者にはならないと言っていた。

 戦い方も知らないし、体の弱い母を一人残して冒険者稼業なんてできないと。

 そもそも冒険者でも、件のアイテム代を稼ごうとすれば何十年かかるか分からず、それまで母の身体がもつとは思えない。

 だから、かつてのルカは言った。

 鉄のバケツをかぶり、鉄板を首から下げて、鎧の騎士になりきって。



『いつか世界を救うような騎士になって、トリーシャの母さんを――――俺が助ける!』



 トリーシャはずっと覚えていたんだ。

 あの日から一度だってスキルの話をしないのは、気を使ってくれていたから。


「ほらほら、野菜もちゃんとたべないとダメですよ」


 ちょっと得意げに、怒ったふりをしてみせるトリーシャ。

 ルカは拳を握りしめる。

 騎士になってトリーシャの母さんを助けてやるって、俺はそう言った。

 そう、言ったのに。

 俺を心配したせいで、あんな風に笑われて。

 それでもこうして、何事もなかったかのように夕飯を持って来てくれて。

 そのうえ、スキルのことまで気にさせて……っ!

 トリーシャにだって抱えてる心配事があるのに、これじゃ俺が一方的に助けられてるだけじゃないかっ!

 それはトリーシャの優しさだ。

 長い間一緒だったから、ルカはよく知っている。

 自分のことを本気で心配してくれているのを、知っている。

 でも。だからこそ。



 ほどこされる優しさが――――何より痛い。



 それならいっそ皆と一緒にバカにして、笑ってくれた方がよっぽど楽だ。


「……あれ? これも、これも、これも修理終わってるの?」

「…………終わってるよ」


 恥ずかしさと不甲斐なさ。

 そして何より悔しさで、胸をかきむしりたくなる。

 だが、ルカにはどうしようもない。

 だから必死に平静を装う。

 あふれ出しそうになる思いを隠して、何も知らないかのように。


「この量をこんなに早く? すごいねぇ……」


 感心したように息をつくトリーシャ。


「あっとと、そろそろ帰らないと」


 向けられるのは、これまで何度も見てきた飾らない笑顔。


「明日もがんばろうね。おやすみなさい」


 ステップを踏むような歩き方で、トリーシャは帰途へ着く。

 ルカは知っている。

 この後、もう一度こっちを見て。


「……手を振るんだ」


 予想通り、トリーシャは振り返って大きく一度手を振った。

 やがてその姿が見えなくなると同時にルカは走り出し、あちこちに身体をぶつけながら鍛冶場へと戻る。

 放り投げた金属製の桶に水を雑にぶち込み、始めるのは水見式スキル確認法。

 澄んだ水に身体をひたして行うことで、誰にでも自身のスキル状況を確認することができる。

 アーデント大陸では当たり前となっている、ユミール神の御業によるものだ。

 仮に【鎧鍛冶】のレベルが上がっていようと、鍛冶仕事の速さや技術が向上するだけで現状が変わるわけではない。

 それでも。

 シャツの袖が濡れるのも気にせず、叩き込む様にして水に手を突っ込む。


「大地に流れる神の血脈よ、我が力を示せッ!!」


 ……どうしてトリーシャが、俺に気を使ってくれてる?

 ……どうしてトリーシャが、笑われなきゃいけなかった?

 そんなの決まってる! 俺が、俺がこんなだからだッ!!

 力が欲しい。

 もうトリーシャが、俺の代わりに笑われなくて済むような力が。

 優しい幼馴染に、無様に助けられなくて済むような……いや、助けてやれるくらい強い力が……ッ!!

 やがて水面に、文字が浮かび上がって来た。

 沸き立つかすかな希望と共に、水面に目を向ける。

 映し出された文字は、【鎧鍛冶】と【インベントリ】

 血がにじむほど強く唇を嚙んだ後、肩を落とす。


「……そりゃ、変わってるはずないよな。まったく、鎧鍛冶をやるのにうってつけのスキル構成だよ」


 得られるスキルは、儀式の際に多くても三つほど。

 以降レベルの上昇によってその関連スキルを覚えることはあっても、真新しいものが出てくるということはない。

 思わずついたため息――――しかし。


「…………え?」


 水面に浮かんだ見慣れぬ文字に、目が留まる。



【――――魔装鍛冶LEVELⅠ.耐衝撃】



 そこには確かに、見たことのない新スキルがハッキリと映し出されていた。


「魔装鍛冶って……なんだ?」


 揺れる水面に、釘付けになるルカ。

 彼はまだ知らない。

 ここに世界の常識を打ち破る、奇跡のスキルが誕生したこと。

 そして、恐るべき成長が今始まったのだということを。

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