第37話 終

『ゴギュ・・・ギュルギュル・・・』


 蛇の首と優しかいない場には、蛇が獲物を嚥下する音だけが響いていた。


 蛇は少しの間喉を鳴らしていたのだが、阿部を飲み込み終えたのだろう・・・音が鳴りやむ。

 蛇は爬虫類特有の感情が読み取れない瞳で、阿部を飲み込んだ上向きの体勢のまま動きを止めていた。


 しかし小さな声が聞こえた事により、止まっていた蛇は簡単に動き出してしまう。



「え・・・?な・・・?」



 優が状況を全く飲みこめず困惑の声を上げてしまったのだ。


 蛇はゆるゆると、視線を空から優へと移した。


「・・・!?」


 ジッ・・・とその瞳に見られただけで優は声が出せなくなり、動く事も出来ず、まるで蛇に睨まれた蛙状態になってしまった。


 固まった優を余所に、蛇は動き続けていた。



『ズルズル・・・ズルズル・・・』



 顔の位置を変えずに体を動かしている様で、蛇特有の移動音が境内に響く。



『ズルズル・・・ズルズル・・・』



「・・・!」


 優の視線は蛇の目に固定されてはいるが、視界の端にチラリと、拝殿の裏より現れた蛇の体をとらえた。



 その体は・・・



(着物・・・!?いや腰から下が!?あ・・・阿部さんと同じ!?)



 拝殿の裏より現れた体は阿部と同じく、蛇人間とでもいう様相をしていた。長く伸びた蛇の首は上半身などではなく、本当に首だった様だ。


 蛇人間が体をズルズルと動かし首の元へと進んでくると、どうなっているのかは解らないが首がドンドンと縮んでいた。



『ズルズル・・・ ズルズル・・・』



 やがて首の長さが人間の2,3倍ほどの長さになった時、蛇人間は移動を止めた。


 蛇人間は移動を止めても尚、優の目から視線を外さずジッと見ていた。


 やがて優の視線だけは動くようになったのだが、その視線はあるモノに釘付けになっていた。



『チロチロ・・・チロチロ・・・』



(ひっ・・・)


 蛇の口から除く、二股に分かれた真っ赤な舌・・・自身を探る様に動くそれに、優の視線は吸い寄せられていた。



『チロチロ・・・チロッチロッ・・・』



 舌は左右に動いたかと思うと、いきなり上下に成ったり・・・



『チロッチロッ・・・チロチロ・・・シュッ』



 近づいてきたと思ったらいきなり止まり、シュッと口の中へ引っ込んだりしていた。


 優はいつ自分の体へ舌が到達するかと気が気ではなくなり、唯一動く目が激しく動いてしまい目を回しかける。



『・・・』



(~~~~ぅぅ?)


 目を回しかけていた優だが、それが段々治まってくると舌が出ていないことに気付いた。


 それと同時に・・・強い視線にも気づく。


(また・・・見られている・・・)


 まるで蛇の視線が物理的な力で優の視線を引いているかの如く、優の視線は徐々に徐々に蛇の目へと視線が動いて行ってしまう。


(ぅ・・・ぅぅ・・・)


 抗おうとしてもそれは敵わず、遂に優の視線は蛇の目へと合わせられる。



『ジッ・・・・』



 その目は・・・瞳は・・・爬虫類の様なモノではなく・・・



『ジィッ・・・・』



 作り物の如く美しく、吸い込まれるような黒い瞳をしていた。



(綺麗・・・)


 優の心はその瞳に魅入られてしまったかの様に、今の状況に合わぬ場違いな思考で埋め尽くされた。


 蛇はそんな優の心を読んだのか、一瞬口の端が吊り上がると・・・口を開いた。



『グパァッ!』



(・・・?)



 最初に感じたのは舌の色の鮮やかさ。


 続いて感じたのは、全てを飲みこむような暗い暗い・・・唯々ひたすらに暗い穴。


 最後に感じたのは・・・



(暗い穴の底・・・あれは・・・あれらは・・・





 ・


 ・


 ・




 太陽が頭上に輝く真昼間、古びた神社の境内に複数の足音が響いた。


 現れたのは3人の男女で、全員が何かに警戒をしている様な様子だった。


「どう?何か感じる?」


「そうですね・・・霊的力場が近いので解りにくいですが、探している霊のタイプに近い力は感じられないので、恐らくいないかと」


「そう、ココも外れかしら?」


 3人の中で指揮を執っていた女が部下の男に問いかけるも、3人が探している物はここにいないと返って来た。

 この3人の男女は涼真が連絡をして派遣されてきた霊の対処屋達で、現在連絡の合った元人間の霊『阿部』と、霊を追うように行方が知れなくなった少女『佐十優』を捜索中であった。


「・・・あっ!待って下さい!あれを!」


 能力的に索敵に長けておらず、目視で境内を見ていた女がある方向を指差した。指揮官の女は指の示す方向を素早く確認すると、二人の部下に素早く指示を出す。


「二人共、近づくわよ!一級対霊具を構えなさい!」


「「了解!」」


 3人の対処屋達は一級対霊具・・・特級に次ぐ上から2番目に強力な対霊具を構えて、境内で見つけた何かに近づいて行く。


 今回連絡を受けた対処屋達なのだが、涼真から話を聞き取った所、相手は元人間の霊で頭も回り力もありそうだと判断した為、阿部を一級霊と仮定して動いていた。

 その為、阿部を見つけたかもしれないと思った3人は警戒を強め、最悪一人だけでも連絡役として逃がす覚悟を決めていた。


 3人はジリジリと見つけた2体のヒトガタに近づき、確認できる距離まで近づいたところで部下の女が走り、倒れた2体のヒトガタを中心に対面側に到着すると、指揮官の女と合わせて地面に杭を突き刺し励起文言を唱えた。

 それが終わると、2人の女と指揮官の後ろに着いたままの男はぐるりと時計回りに90度周り、そこにも杭を突き刺し励起文言を唱える。


「「「・・・」」」


 そのまま暫く様子を見ていた3人は、指揮官のハンドサインで次の行動を起こす。


 杭を突き刺した二人は持っていた鞄から更に杭を取り出し構え、後ろで様子を見ていた男は縄を取り出し地面に刺さった杭に結び付けると指揮官に声をかける。


「いきます」


「ええ、慎重にね」


「はい」


 男は杭に結んだ縄の逆側を口に加えると、両手を合わせ目を瞑った。


 5分程それは続き、男が目を開けて「大丈夫です」と報告すると、杭を構えていた部下の女が息を吐き出し気を緩める。


「まだ気を抜かない!一級は甘くないわよ!」


「す・・・すいません!」


 だが指揮官の女は一切気を緩めておらず、部下の女を叱咤して気を引き締めさせると、続いてハンドサインを出し対処を続ける。


 3人は持っていた鞄を置き、それぞれ決めた役割の道具を取り出し行動する。


 男は万が一の連絡役としてその場でいつでも動けるように待機し、指揮官と部下の女は倒れている2体のヒトガタへの対処の為に対霊具を構え近づいて行く。


 2人は後2,3歩進めば倒れている2体に触れられると言う位置へと着くと歩みを止め、目で会話を交わすと指揮官の女が倒れているヒトガタの内一方へと接触した。


「意識はある?名前は言える?」


 指揮官の女は慎重にヒトガタの肩を叩きながら声をかけた。数回同じように繰り返しても反応がなかったため、一度もう一方に声を掛けようとした時に、ヒトガタは漸く反応を見せた。


「ぅ・・・ぅう・・・」


「聞こえる?自分の名前は言える?」


 指揮官の女は再度声をかけた。すると小さな声だが、確かにそのヒトガタは自分の名前を喋った。



「・・・さと・・・う・・・ゆう・・・」




 ・

 ・

 ・




「もういい?用事は全部済ませた?忘れ物は無い?」


「はい、大丈夫です」


『佐十』と表札が掛かった家の玄関前にいるのは、二人の女。


 霊の対処屋でチームの指揮官を勤める女と・・・


「暫くは帰ってこれないからね?本当に大丈夫優ちゃん?」


「はい、本当に大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」


 霊が見える少女『佐十優』だった。




 優は古びた神社で発見された後、念の為封印用の対霊具でグルグル巻きにされて対処屋の事務所へと連れて行かれた。

 その時同時に、優の隣で倒れていたヒトガタ・・・九重の遺体も同じように運ばれ、霊がついている等の問題がなかった為、丁重に供養された。


 その後が色々問題で、先ず問題だったのは優の父親の事だった。

 九重と雄一、この二人はいずれも阿部が優の体を使って殺害された。

 九重の様な対処屋だったら何の問題もなく処置できるのだが、雄一の様な一般人だとそうもいかず、少し無茶な処置になってしまった。・・・まぁこの様な霊による被害は偶にあるそうなので、出来ない事は無いそうだ。


 続いては優の体質の問題だった。

 優は阿部に色々された影響で霊が再び見える様になってしまったのだが、所詮普通の対処屋だったらこれくらい・・・というモノだった。

 しかし何が原因なのか解らないが、優は霊にとても影響されやすい体質になってしまった。

 その為、霊の対処方法を完全に覚えないとかなり不味い状態になってしまい、普通に生活する事が難しくなってしまった。


 この様に、優には色々な問題が出てきてしまったのだが、これらの問題は優を助け出してくれた対処屋達が色々手を回してくれた。


 父の処置の事もそうだし、霊の対処方法も・・・




「本当に素直で良い子ね優ちゃんは。九重君もこんな弟子が持てたんだから、次は良い人生を送れるわね」


「そう・・・だといいです・・・」


「きっとそうよ。それに私がこれから教えて最強の対処屋にしてあげるわ。そうしたら最強の対処屋の最初の師匠ってことでお天道様もおまけしてくれるわよ」


「あはは・・・」


 この様に、霊の対処方法については指揮官の女が教えてくれることになっていた。


 そして現在、対処方法を学ぶために暫く遠くに行くのだが、その為の最後の準備をしていたところである。


「親しい人たちにも連絡しましたし・・・戸締りと荷物・・・家の様子も時々見てもらえますし・・・はい、やっぱり大丈夫ですね」


 優は改めて最後の確認をして玄関の扉に鍵を差し込む。


(ごめんなさい皆・・・結局私は離れることになりました・・・)


 鍵を差し込みながら別れることになった皆に心の中で謝罪をする。

 弘子に結、幸平おじさんに静さんに涼真。クラスメイトや先生たちにも・・・


(でもいつか必ず戻ります。そうしたらその時は・・・)


 玄関の鍵が『ガチャッ』と音を立てて締まると、優は振り向き天を仰ぐ。


「よし、行きましょう」


 優は指揮官に声をかけ歩き出す。


 指揮官は「わかったわ」と言い、自分の鞄を持ち上げると優の横へと並び歩き出すと、これからの事を話し出す。


「・・・ってことで、大分キツイモノになるかも知れないけど、大丈夫かしら?」


「もちろんです!任せてください!」


「あら・・・やる気十分ね?」


 指揮官が話した内容はかなり厳しいモノだった。優に並の対処屋と一緒の方法で教育すると、優は引き寄せる霊の影響で破滅しそうだったからだ。


 優は聞くだけでも厳しそうな内容にもやる気を見せ、逆に指揮官にもっと厳しくても大丈夫です!と自分からハードルを上げていく。


 だが流石に話した以上のプランは無理と指揮官は首を振り、そこまでやると潰れるわと諫めるのだが・・・


「いえ、大丈夫です・・・じゃないと安心して皆と再会できませんから!」


 指揮官は優の言葉を聞き、得心がいった。


「成程ね・・・親しい人達と再会した時に万が一が無いように・・・ね」



(ええ、そうです。私が皆の元へ戻る時は安心して・・・)



 優はニッコリ笑顔になり、大きな声で叫んだ。



「ええ・・・笑顔で再会したいですから!」



 優の明るい声は、まるで今の空模様の様に澄み渡って聞こえた。




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 作者より:読んでいただきありがとうございます。

      これにて終わりです。この後あとがきを1本上げます。

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