第36話

 夜の神社、その境内で二つの声が響き合う。


 暫くは二つの声が響いていたのだが、やがて片方だけが止まる。


「HAは   ハ ハは  は・・・ n  ん ?かぁ~、折角片付けたのにまだ出おるんか


「ぁぁ・・・・ぅ・・・おとうしゃん・・・?」


 まだ泣き叫んでいた優も、阿部の言葉に反応して叫ぶのを止めて辺りを見回す。


 父だ、父だ!父だ!!自分が泣いているのを察して来てくれたのだ!


 すっかり幼子の様な思考になっていた優は父を探した。


 どこ?私はここだよ?早く来て?


 優は心の中で願いながら父を探す。



 ・・・スッと月の光が翳り、優達のいる場所が暗くなった。



「おとうしゃん!?」


 きっと父だ!と優は上を見上げた。

 しかしそこには真っ暗な夜空しか見当たらなかった。


「おとうしゃ・・・ぴっ!」



 優が見上げている空に、突如一対の目が現れた。


 そして真っ暗だった空は徐々に徐々に小さくなり、やがて家程の高さの黒い影になった。

 その姿は何処かで見た事のある形で・・・


「雨の日に見た・・・霊・・・」


 それは雨の日に後ろから付いて来ていた霊だった。そして思い返すと他にも数度見かけたことがあった筈だ。

 何処で見たんだっけな・・・と思い出そうとしていると、阿部が『雄一』と呼んだ霊は優へと視線を向けて来た。


 優はその霊の視線を受けると、『本当にお父さんなんだ』と何故か理解でき、少し心が落ち着いた。


 霊は微かに頷くと、腕の様な物を伸ばし阿部の方へと向けた。恐らく叩きつけるつもりなのだろう。


「こ・・・これで助かる?」


 優は、お父さんが来てくれたからこれで助かる、そう思っていた。もし父だけでは何とかできなくても、自分も一緒動けば・・・と恐怖に支配され弱り切った心は、父の登場で少し回復を見せる。


「が・・・がんばってお父さん!」


 優が父と思わしき霊に声援を送ると、それが引き金になったのか腕が振り下ろされる。

 優は阿部に近い位置にいたので、巻き込まれない様に咄嗟に鞄を引っ掴み後ろに飛んだ。


 その直後、阿部に霊の腕が直撃する。


 自分も追い打ちを掛けるべきなのか!?と鞄の中をごそごそしていると、霊の腕の下から声が聞こえた。


「ゆゆゆ雄一ィィイイイ、こっこ コ今度コソ片付けたるでぇぇえ?」


 阿部のそんな声が聞こえた次の瞬間・・・



『ッパーン』



 そんな乾いた音が鳴ったかと思うと、父の霊は突然目の前から消え失せた。



「・・・え?」


「すスすすスッキリやぁぁあAAあ」


 優は消えた父の霊の姿を探す。先程いた場所を、周囲を、自分の後ろを、空を・・・。

 しかし何処にも姿は見当たらず、どうなったかを覚り再びへたり込んだ。


「あ・・・あぁ・・・お父さん・・・そんな・・・」


 嘘・・・嘘・・・と呟く優に阿部はゆっくりと近づいてきた。


「あ~・・・あぁ・・・そuヤな・・・そuヤ良い事考えたわあああ」


 ニコニコと笑いながら優の傍へとたどり着くと、見下ろす阿部の視線と見上げる優の視線が交わった。


「・・・」


 しかし、二度も父を失ったと茫然自失状態の優の目に力はなく、近くに何かが来たから無意識に見たという感じだった。


「なぁああ優ちゃん、俺ええ事考えたんやああ」


「・・・」



「優ちゃん中々死んでくれへんからな?・・・俺が殺すわ」



「ぐげぇっ!」



 阿部はいきなり優の首を掴み持ち上げた。



「がぁ・・はっ・・・」



「思たんや、説得するのは死んでからでええんちゃうか思てな?どうや、ええ考ええええやろおおおお?」



 阿部はおかしな理論を、さも良い事だと言って実行しようとしていた。しかし優には阿部の言葉は一切届いておらず、ただ「苦しい」という事だけしか頭にはなかった。


「かっ・・・はっ・・・」


 脳に酸素が行かず意識が朦朧としてきた優は、無意識にを忍ばせていた袖口から取り出し阿部に突き刺した。


「あがっ!?・・・なんっ・・・こここれええ」


 ただの刃物や弱い対霊具を使われただけならビクともしない阿部も、・・・九重が残した特別製の杭は効果があった。


 自分の力の源がギュッと締め付けられる感覚がして、たまらず両手で自分の体を抱き蹲った。


「げほっげほっ・・・はぁ~・・・はぁ~・・・」


 その結果、優の首は阿部の手から解放されて呼吸が出来る様になり一先ずの窮地を脱した。

 しかし今の優は全く頭が回っておらず、唯々呼吸を整える事しかできなかった。



「あ・・・が・・・ががが・・・あ・・・」



 優が必死に呼吸を整えている間、阿部に異変が起きていた。


 蹲った阿部の周りで霊力が激しく収縮膨張を繰り返し、体は激しく痙攣をしていた。

 それはしばらく続き、治まったのは優の呼吸が整うのと同時であった。


「はぁ・・・ふぅ・・・・・・!うぁ・・・!?」


 呼吸が整いようやく周りの状況に気付いた優は立ち上がり、近くにいた阿部から離れる様に後ずさる。


 そして何か対霊具が無いかと自分の体をあちこちと確認するのだが、そうしているうちに阿部が行動を起こした。


「・・・優・・・ちゃん・・・」


 と言っても、ただ顔を上げて名前を呼んだだけなのだが、すっかりと怯え切った優にはそれで充分で、腰が抜けて地面に尻を着けてしまう。


「あ・・・ぁぁ・・・こ・・・こないで・・・」


「優・・・ちゃん・・・すまん・・・俺はこないなことする気は・・・」


「ぅぁ・・・ぁ・・・え・・・?」


 怯えていた優なのだが阿部の言葉を聞き、怯えより疑念が強くなり困惑する。そうしていると阿部は続けてこんな事を喋り出す。


「すまん・・・俺は死んでから時間が経つほどおかしなっとる・・・自分でもわかっとるんや、今の俺はおかしいて」


「あ・・・阿部さん?」


 突然阿部が喋った言葉に優は困惑した。何故か今の阿部の言葉はまともに聞こえたのだ。

 今までもまともな事を喋っている時はあったのだが、先程の言葉はまるで阿部が生きている時のようで、困惑していた優の心は少しづつ元に戻ってくる。


 そうすると、阿部の首元に突き刺さったままの杭が目に入った。


「まさか・・・」


 もしやアレが刺さっているお陰で、阿部は生きているときの様な人間的な思考ができているのではないか?と優は思い、話しかけてみた。


「阿部さん・・・私に死んでほしいですか?」


 霊になった阿部ならこれに「勿論」と答える筈だが・・・


「そ・・・そんな訳あらへん・・・俺はおかしくなっとったんや・・・」


 今の阿部の答えは違った。

 だからと言って阿部が犯した事による怒りは無くならないが、これならばうまく話をもっていけば、阿部自身にも協力してもらい対処できるのではと優は考えた。


「阿部さん・・・それなら協力してくれませんか?」


「きょう・・・りょく?」


「はい・・・今の阿部さんは危険な霊なんです。だからどうにかしなければいけないんです」


「そう・・・・・・やな」


「ええ、それで阿部さん自身にも手伝ってもらってほしいんです。できませんか?」


「・・・・・・あぁ」


 どうにか・・・これはどうにかなりそうだと、優は絶望の中で一筋の希望を見つけた気持ちだった。


 最初は怒りを持って臨み、だが絶望を味わされて挫けたが、最後は希望を持って終わりを成す。

 一連の物語はこれで終わるんだ!と優は解放された気持ちでいた。


「それでは阿部さん、取り込んだ霊力になるんですか?霊の力を放出できませんか?それさえ弱くなれば何とかできるはずです」


 基本的に霊の強さは内包している力による、となっていた筈なので、自分で弱めてくれたのならば残った対霊具でどうにかなるのでは?と思った優は阿部にそう指示を出す。

 阿部は何かに耐えているのか、表情をコロコロと変えながら優の話を聞いていたが、指示された瞬間表情が消えた。


 優は阿部の無になった表情を見て再び怯えが鎌首をもたげそうになったが・・・


「・・・・・・あぁ、解った」


 と返事を聞いたので、怯えを押し殺して頷いた。


「・・・それでは、お願いします」


 優が始めてくれと言うと、阿部は優をジッと見たまま微かに頷き力を放出し始めた。


 嫌な感じの力が阿部から放出されるのを優は確かに感じ、これが収まったころに対霊具を使い消滅させると算段をつける。


 やがて放出される嫌な感じが弱くなり、阿部から感じていた霊力も全く感じなくなったので、そろそろ頃合いか?と阿部に声をかける。


「ありがとうございます・・・、ではそろそろ・・・」


『・・・・・・あぁ』


 優は対霊具を取りに行こうと、後方にあった鞄の傍へ行くために阿部に背を向けた。



『ガシッ』



「え・・・?」


 いきなり何かに足を掴まれた感触がしたので足を見ると、何やら半透明の物が足に絡みついていた。

 なんでしょうこれ?と半透明の物を自分の足から辿っていくと、それは自分の後ろへと続き・・・



 阿部の口へと繋がっていた。



 優がポカーンと口を開けていると、阿部の・・・九重の口からずるりと何かが出て来る。


 ズルズル・・・ズルズル・・・と、口から人の上半身の様な物が出て来る。


 それは半透明・・・いや、所々濁っていたり黒ずんでいたりしてマーブル模様の様になっている、不思議な物だった。


 上半身が出終わると次は下半身なのだが、それは人の形をしていなかった。


 それの下半身はまるで蛇の様で、ズルズルと口からは長い棒状の物が出て来た。


 やがて下半身が出終わると九重の体はどさりと倒れ、その前には蛇人間とでもいうべき物がいた。


「え・・・?え・・・?」


 今から弱った阿部を、対霊具を使い消滅させる所だったのに、これは一体何なんだ?

 蛇人間の長く伸びた腕に足を掴まれたままの優は状況が呑み込めていなかった。


 混乱状態の優を余所に、のっぺらぼう状態の蛇人間の顔に口の様な物が出来た。


 それは大きく息を吸うような様子を見せると、上半身が風船の様に膨らんでいく。


 優はそれをボーっと見ながら「あ、これって」と考えていた瞬間・・・



『スゥ~~~~~・・・・


    ×☒☒××××☒☒×××☒×××☒☒××××××☒×☒☒××!!!』



 蛇人間は叫び、再びあの音が聞こえた。



 ・

 ・

 ・



 こわい・・・こわい・・・こわい・・・


 恐怖に心を塗りつぶされ、唯々怖いという感情しか抱けなかった優を現実に引き戻したのは、皮肉にもその恐怖の感情を与えて来た相手であった。


「うぐっ・・・ぎゅぅ・・・」


 突然体に圧迫感と痛みを感じ現実に引き戻された優が見たのは、自分に巻き付く何かだった。


『ススススッギリジダァァァア!ソソソソウカイ゛ヤァァア゛ア゛!カイホウヤァァア゛ア゛!』


 優のすぐ傍で叫ぶ声が聞こえた。


 という事は、この自信に巻き付くものは・・・。優が痛みに耐えながら巻き付く何かを辿っていくと、それは九重の口から出て来たモノと繋がっていた。


「ぁ・・・ぁべ・・・さ・・・」


『ヒヒヒヒハハハ、ナンヤジランガァァエエエエカラダニナッダヤ゛ロロロオオオ?ヒヒヒハハハハ!・・・トコロデェェエキミィィィダレヤァァア?』


 蛇人間と化した阿部はそれまでと違い、優の事が認識できていなかった。


『ママママァァァエエワアアアア。オオオオマエヲクウテェェェツツツツギハァァァ・・・ツギハァ・・・ナナナナンデモエエカァァァアア!』


 これまでも突然の感情の爆発や言動が支離滅裂になる等おかしかったのだが、今は個人の認識すらなくなり完全に壊れていた。


 話しかけ油断を誘ったり等はもう通用しないと優は悟り、この状態からはもうどうにもならないと諦めが入ってしまう。


「ぐぅ・・・くやし・・・なぁ・・・」


 普通ならもうすぐ死ぬと解ったら恐怖しそうなものだが、阿部とのやり取りの中で恐怖の感覚がおかしくなったのか、結局自分の力で父や九重の敵は打てなかったと、優はそんな事を考えていた。


『イヒ・・・ギヒヒヒ、イイイイタダキマアアアスウウウウ!』


 いよいよ阿部は我慢できなくなったのか、そう言うと口がみるみる裂けてまさに蛇といった様相になり優に向けて口を開く。


(まぁでも、この後理性を完全になくした阿部はこれまでと違い、直ぐに対処屋の目に入り対処されるだろうから、それだけは安心かな・・・)


 締め付けられて声も出せない状態でそんな事を頭の中で考え、最後の時を優は目を瞑りながら待った。



『アァァァアアアア???アァァ??



 いよいよ食われたのか、微かに光りを通していた瞼が一層暗くなり、周りの音も聞こえなくなった。

 まだ意識はあるので、本当に蛇に喰われたかの如くゆっくりと消化され死んでいくのだろうかと考えていると、いきなり浮遊感を感じた。


「いたっ!」


 その後直ぐにお尻に衝撃を感じ、ひどく傷んだので声を出すのだが疑問を感じる。


「・・・なんでお尻が痛いんですか?・・・あれ?」


 そういえば声も普通に出る?と目を開けて見ると、理解不能な光景があった。



「・・・え?食べられて・・・?え?え?」



 恐らく蛇人間と化した阿部の尻尾だろうと思われるものは、別の蛇の様なものに喰われていた。


 その蛇の様なものをずーっと辿っていくと、それは拝殿の裏から伸びていた。



 何であんな所から・・・?と優が考えている内に阿部の下半身はすっかりと飲み込まれ・・・その場には蛇の顔と優だけが残った。



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 作者より:読んでいただきありがとうございます。

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