第18話

 今、座り込んだ優の目の前には九重がいた。



 上半身だけとなって。



「はぇ・・・?」


 優の思考は真っ白になった。


 その時風に吹かれたのか、後方で何かがカサカサと音をたてると、考える事を止めていた優は音のした方へと無意識に振り向いてしまった。



 そして転んだ原因であるを再び見てしまった。



「あれは・・・足・・・?誰の・・・?」


 落ちていた・・・人の下半身を見て、優の真っ白だった思考に少しだけ色を生じさせた。


 それは疑問の色だった。


 逆側に上半身がある、ならば目の前の下半身はその人の・・・。


「足・・・師匠の・・・足?」


 優は再び逆を向き、師匠であったモノを見た。


 すると段々と優の思考が動き出し、現実を伝えて来る。


「あ・・・あぁ・・・」



 師匠が死んでいる。何故。殺された。誰に。殺人鬼。森。まだいるかも。殺される。師匠の死。異常な死に方。まさか?



 優の頭の中で色々な事が巡った。



 その時。



『・・・』



 優は何かを感じそちらへと顔を向けた。


「・・・っ!」


 そこには・・・がいた・・・。



『・・・』



 は優の方を見ている気がした。


 優もの方を見た。


 そして優は漸く気づく・・・。


「・・・霊?」



『コココ・・・』



 その時、優には霊が笑ったように思えた。


「あ・・・あぁ・・・」



『コ・・・クコココ・・・』



 実際は違うかもしれない、だが優にはそう思えたのだ。



『クコ・・・クコココ・・・』



「ああああぁぁぁぁああああ!!!」


 優は地面に座った状態から跳ねる様に立ち上がり、とにかく霊から逃げる様にと反対側へ走りだした。


 走る。走る。走る。


「ひいぃぃいい!」


 とにかく走る。


 走って逃げられるものだとか、今の優には関係がなかった。


「ひぃ・・・ひぃぃいいい!」


 九重の死と霊、二つの事柄がもたらす恐怖に『この場から逃げたい』その一心で走ったのだ。



 暫く走った後、優の体力に限界が訪れ、足をもつれさせて転んでしまう。


「うわぁぁあ!ああぁぁああ!?」


 なんとか受け身を取ることが出来て怪我などは無かったのだが、今の優にはそんな事はどうでもよく、唯々霊が追ってきていないかどうかだけが心配だった。


 優は叫びながら後ろを確認し、次に左右、その後周囲をぐるりと見回す。


「はぁ・・・はぁ・・・い・・・いない?・・・撒けたのか・・・?」


 優はまだ少しビクビクとしながらも、取りあえず近くに霊がいないことに安心し立ち上がった。


「ふぅ・・・ふぅ・・・。・・・?ここは何処だろう・・・?」


 少しだけ冷静さを取り戻した優は、自分が方向も気にせず逃げ出したことに気が付いた。


 どうしよう・・・迷ったかも、そう思ったがふと思いつき携帯を取り出した。

 そしてアンテナが立っているのを確認して地図アプリを開いた。


「良かった・・・帰れそうだ」


 現在位置と九重と約束していた場所から帰る方向を導き出した優は、周囲を警戒しながら歩き出した。


 ・

 ・

 ・


 優は日の当たる場所へとたどり着き、そのまま森の外へとでた。そして森を出ると、止まることなくそのまましばらくは歩き続けた。


 やがて森との距離が十分に開いた頃、優は歩みを止め立ち止まり、恐る恐る振り返り森の上部へと目を向けた。


「・・・」


 何を見たのか、優は声には出さなかったが、瞳孔は開き顔は青白を通り越し土気色にまでなり、明らかに怯えていた。


 優は突如何かに気付いたようにハッとなり、ゆっくりと両手を上にあげてをした。そしてそのままゆっくりと両手を下ろして森へ背を向け、町の方へ歩き出した。


「本当に・・・なんでこんなことに・・・」


 優は泣きそうな顔でそう呟き、徒歩で家路へと向かった。



 家に着いた頃にはすっかりと日も落ちていて真っ暗だった。


 優は家に入ると真っ直ぐに自室へと向かい、自室に入るや否やベッドへと倒れ込み、着替えもせずに眠りについた。


 ・

 ・

 ・


『ピピッピピッピピッピピッ』


 翌朝、そんなアラームの音で優は目覚めた。


「・・・」


 目覚めてベッドの上で座っていると、一晩寝て記憶と感情の整理がついたのか、段々と昨日の事を思い返してしまう。


「ぁ・・・。し・・・ししょ・・・う・・・」


 その中で一番思い出したくないが思い出さなくてはいけない記憶、九重の死を思い出した。


「ぁ・・・ぁう・・・うぅ・・・」


 九重とは数度会っただけで、師匠師匠と優が一方的に言っていた、そんな仲だ。特に何か思い出があったという事もなかった。

 だが言葉を交わし一方的にだが慕っていたのだ、悲しくないわけがなかった。


『ピロン』


 暫く九重の事を思い出して泣いていると、携帯がメッセージの着信を知らせる。優がのろのろとした動きで携帯を取り出し確認をすると、それは結からのメッセージであった。


『もうHR始まるけどまだ寝てるのかな?』


「あ・・・学校・・・」


 優はそこで初めて時間を確認した。すると時刻は8時35分、HR前の予鈴が鳴っている時間だった。

 今から登校すると確実に遅刻だが、休むよりは・・・と思った優だが。


「・・・っ!」


 妙な感じがしてそちらを向くと、開いていたカーテンから見えた空に妙な影が見えた・・・霊だ。


「ぁ・・・ぁぅ・・・」


 優の頭の中にはまだ昨日の出来事、九重の死と直後に見た霊の事が強く残っていた。そしてそれを思い出してしまったらもう無理だった。


 優は急いで窓に近づきカーテンを閉めた。そして携帯にメッセージを打ち込む。


『体調を崩しました。今日は休みます』


 優は続いて学校へと休みの連絡を入れた。学校側は優の弱弱しい声を聞いて体調が悪いと感じたのか、直ぐにお大事にと言われ休みが受理された。


 その後も少しだけ結や弘子からメッセージが来たが、早々にそれを終わらせて優はベッドにこもって布団を頭からかぶり、隠れる様に過ごした。


 ・

 ・

 ・


 それから2日間同じ様に学校を休み、ベッドにこもって隠れるように過ごしていたが、水曜日の夕方に来客があった。


『ピンポーン』


「ひっ・・・!・・・チャイムか・・・」


 優は突然鳴った音に驚いたが、直ぐにそれがチャイムだと気づいた。しかし、もしかしたら霊が押してるのかもしれないと思うと出るに出られなかった。


『ピコン』


「ひっ・・・!」


 どうしようどうしようと思っていると、携帯がメッセージの着信を知らせた。


 優はその着信音にも驚き悲鳴を上げてしまう。また弘子か結かと思っていたが、涼真からだった。


『今チャイム鳴らしてるんだけど、寝てる?』


 どうやらチャイムを鳴らしていたのは涼真だった様だ。相手が解り恐怖心が少し薄らいだ優は玄関へと向かいカギを開けた。


「あ、起きてたんだ」


「う・・・うん。と・・・取りあえず中へ」


 優はキョロキョロと外を見回しながら涼真を家の中へと招いた。とりあえずそのまま上がってもらい、リビングへと案内しソファーに座ってもらう。


「飲み物出しますね。コーヒーでいいですか?」


「悪いね?お願いするよ」


 涼真へとコーヒーを出し、優も自分用に入れたコーヒーを持ち涼真と対面側のソファーへと座った。


 二人は一先ずコーヒーを飲み、その後、涼真の方から話しかけた。


「大分やつれてる感じがするんだけど・・・大丈夫なの?」


「だ・・・大丈夫ですよ?そんなに酷く見えます?」


「大分?ちゃんとご飯食べてる?」


「お・・・お昼に一回だけ・・・」


「え!?」


 ここ2,3日はずっとベッドにこもっていて、昼の明るい時間に一度だけご飯を食べる様にしていた優がその事を涼真に言うと、涼真は凄く驚き立ち上がった。


「そんなに体調悪かったら言ってくれたらいいのに!今は起きてても大丈夫なの?」


「はい、大丈夫ですけど・・・」


「ならちょっと待ってて」


「え・・・?あの?」


 涼真は待っててと言った後家を出ていった。

 取り残された優はポカーンとしていたが、涼真がいなくなって少しするとソワソワとしだした。

 一人になるとやはり霊の事が頭によぎり、どうも落ち着かないのだ。


 そのまま暫く待っていると玄関が開いた音がした。

 優はその音にもビクリと反応したが、直ぐに涼真の声がしたので落ち着いた。


「お待たせ優、これ店に行ってもらってきたんだ。食べれるなら一緒に食べよう」


 涼真はそう言って手に持った袋からタッパーを取り出し、ソファー前の机に並べ始めた。

 どうやら涼真は両親の店に行き、何種類かの料理を貰ってきた様だった。


「一応消化の良さそうなのも貰ってきたけど、どうする?」


「あ、普通のでも大丈夫です・・・。ありがとうございます」


 涼真は優の言葉にニコリと笑顔で返してきた。そして食べようと促してきたので、二人は食事を始めた。


 食事の最中、優は涼真にジッと見られているのに気づいた。


「な、何ですか?」


「いや、それだけご飯が食べられるなら大丈夫かなって?」


 どうやら思ったよりご飯が食べれているので、見た目よりは大丈夫そうだと思ったらしい。


「う、うん」


 涼真はまたニコリと笑顔になったが、直ぐに真面目な顔になり優に問いかけて来た。


「それで・・・何かあったの?」


「え!?な・・・何でですか?」


 涼真の問いかけに、優はドキッとした。何と返そうか考えていると、その前に涼真が続けて話してきた。


「いや・・・長年幼馴染やってるんだから流石に分かるよ?いや、今の優なら幼馴染とかやってなくても何かあったっていうのは一目瞭然だと思うけど・・・」


 そんなに分かりやすかったかな?と思いつつも、優は何と答えていいか困ってしまった。

 事情を話すか、話すまいか。そして話すにしてもどこまで話すか。


「ご・・・ご飯を食べるまでちょっと待って下さい・・・」


 優はそう言って取りあえず時間を稼ぐことにした。涼真はそんな優の葛藤も解っているのか素直に頷き、二人は無言で食事を再開させた。


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