第17話

『ワンワン!ワン!ワンワン!』


「んぁ・・・うるさ・・・」


 優は騒々しい犬の鳴き声に目を覚ます。


『ワンワン!ワンワン!』


 その犬は家の前で鳴いているのか随分と五月蠅く、優は窓に近づきカーテンを開けて外を見た。


 すると家の前で犬が鳴いていた。


『ワンワン!ワン!ワンワン!』


『こらっ!何時まで鳴いてるんだ!行くぞタロウ!』


 やがて飼い主がリードを引っ張り、延々と鳴き続けていた犬は優の家の前から去っていった。


「ようやく居なくなった・・・勘弁してくれよなぁ・・・」


 優は欠伸を出しながら体を伸ばして寝起きの体をほぐす。そして今は何時だと時計を見た。


「え・・・?まじでっ!?寝過ぎた!」


 時計が差す時刻は14時を回っていた。九重との約束は13時くらいとなっていたので確実に遅刻だ。


 優は急いで洗面所へと駆け込み身だしなみを整える。最低限だけ整えると自室へ戻り、昨日決めておいた服へと着替え始めた。


「あぁ~もう、こんな事なら変な事考えずにすぐ寝ていればよかった!まだいてくれるといいなぁ~。怒って帰ってないかなぁ~」


 優は着替えながら寝過ぎた原因について愚痴った。流石にちょっと悪戯心が芽生えたとはいえ、待ち合わせに遅刻はよろしくなさすぎる。


 なんとか着替えを終えた優はバッグを引っ掴みキッチンへと行き、簡単に食べられる菓子パンとお茶のペットボトルをバッグへと入れて玄関へと行く。

 玄関の全身鏡で一応自身の姿を確認し、問題なさそうなのでシューズボックスから動きやすそうな靴を取り出す。

 服装とはややミスマッチだが、森の中を急いでいくつもりなので仕方ないと思いその靴を履くが・・・。


「グッ・・・ちょっと汚れ気味っ!でもいいか、どうせ汚れるだろっ!」


 靴は前回使った時から洗っていなかったのか、少し汚れていた。しかし全然イケルレベルの汚れだし、森の中を歩くなら汚れるだろうと思い気にしないことにした。


 優は出発だと外に出る。すると若干曇り気味だったので鞄の中を一応チェック。


「ちゃんと折り畳み入ってるな、よし」


 念のために入れておいた折り畳み傘がある事を確認したら玄関に鍵をかけた。そして自転車へと乗り、ペダルを力強く踏み出した。


 ・

 ・

 ・


「ひぃ~・・・ひぃ~・・・、過去一スピード出した気がする・・・うひぃ~・・・」


 優は無事神社の石段の前まで来ていたが、そこでへたり込んでいた。全力を出して自転車を漕いできたので、流石にばてたのだ。


「お・・・お茶・・・」


 優は流石にこのままだと歩くことも厳しいので少しだけ休憩を取ることにして、バッグから持ってきたお茶のペットボトルを取り出した。

 それを少しづつ飲んで行き、続いて持ってきた菓子パンを取り出し少しづつ千切って口に入れていく。


 パンを半分ほど食べた所でもう一度お茶を飲み、残り半分のパンはバッグの中へと入れた。


「残りは後で食べるとして・・・よし、行くか!」


 少し休憩を取って息が整った優は出発する事にした。携帯を取り出し時間を確認すると予定の時間より大分経っていた。


「ひぃぃ~・・・すいません師匠!待っててくださいよ~!」


 優は情けない声を出しながら待ち合わせ場所へと歩き出した。


 ・

 ・

 ・


「ひぃ・・・ひぃ・・・全力自転車漕ぎの後の上り下りはツライィ・・・」


 前回九重に待ち合わせ場所を指定された時に、予め集合場所への行き方を聞いていたのでその通りに向かっているわけだが・・・。


「ふひぃ・・・。やっと下りきった」


 その行き方は一度神社へと上り、そして裏手の道を下りるという道だった為、全力で自転車を漕いで来た優にはなかなかのツライ道となっていた。


 取りあえずのキツイポイントを越えた優は前方の森へと顔を向けた。


「これ・・・かな?薄っすらとあるって言ってた道」


 九重は、神社を下りきると薄っすらと道の名残があるからそれを辿って来い、そう言っていたのだが、道の名残が薄っすら過ぎて本当にあっているのか優は不安になった。


 だがこれを辿っていくしかないと思い、恐る恐る道らしきものを進んで行く。暫く進むと更に道の痕跡は薄くなり、ただの森となってくる。


「本当にこっちで合ってるかな・・・。不安になって来た・・・」


 優がそんな事を呟きながら進んでいると、いきなり森が途切れ開けた場所に出た。


「・・・!着いた!」


 どうやら目的地へと無事に到着できたらしい。優は胸を撫で下ろし一安心したが、直ぐに安心している場合じゃないと思い出し九重の姿を探した。


「し・・・師匠・・・どこに・・・?」


 優が開けた場所を見回すと、中心辺りに何かがあるのに気づいた。優はとりあえずそれが何かを確認しに近寄った。


「これは・・・紙袋?」


 そこにはポツンと紙袋が落ちていた。その紙袋を手に取り、裏を確認すると「佐十」という名前と、何やら文字みたいなものが書いてあった。


 優はその文字みたいなものに既視感を覚え、どこで見たのか思い出してみる。


「あ、これ師匠の持っていた札のと同じ文字かな・・・?」


 確か九重が持っていた霊を封じた札、あれに書かれていた文字とよく似ていた。優の名字も書かれているので、恐らくこの紙袋は優に渡す予定の物で、一応封印的な事がしてあるのだろうかと推察してみた。


「これがあるってことは居たってことだけど・・・やっぱりもう帰っちゃったかなぁ・・・」


 優はションボリしながらもう一度辺りを見回す、すると森のある一点に何かがあるのを見つけた。


 何だと思いよく見てみると、そこには九重が持っていた鞄らしきものが見えた。


「・・・!師匠!」


 優は持っていた紙袋を自分のバッグへと入れ、鞄が見えた方へ走っていった。


「師匠!居ますか!?佐十優です!遅れてすいませんでした!師匠!?」


 鞄が置いてある付近に着くと優は森の方へとそう叫んだ。どうやら鞄の近くには居ないようだが、鞄があるという事はまだ近くには居るのだろうと思ったのだ。


 しかし九重からの返事はなく、もう少し奥にいるのかと思い、九重の鞄がある場所を起点に周囲を探すことにした。


「師匠ぉー!佐十優でーす!遅れてすいませんー!」


 そんな風に叫びながら九重を探していく。


 だが九重は中々見つからず、優の声が森の中に響くだけだった。


「待ち疲れて爆睡とかしてて気づかないのかな・・・おーい!師匠ぉー!遅れてすいませんー!今来ましたー!」


 とりあえず探すしかないと思い、優は尚も叫びながら九重を探す。



 すると・・・。



「あっ・・・!」


 遠くの木の向こうに九重らしき人が居た。


 九重は待ちくたびれて眠っていたのだろうか、木にもたれかかり寝ている様な後ろ姿だけが見えた。


 優は、やっと見つけた!と思いそちらへと走り、近づいてきたところで声を出す。


「師匠!すいません!寝過ぎてしまい遅刻してしまいました!でもやる気がないという訳ではなく、やる気がありすぎたからこそ眠れなくて!とにかく申し訳ありませんでしたっ!」


 優は取りあえず九重に謝罪をした。微妙に言い訳も混じっていたが、とりあえず謝罪するという事しか頭になかった優はそんな風にいってしまったのだ。


 そんな優に怒っているのか、確実に声が聞こえる距離なのに九重はピクリと反応してくれない。


 優は今更ながら、言い訳じみた謝罪に気付きハッとして俯いた。だがとりあえず今は謝罪をして許しを請うしかないと思い、謝りながら九重へと近づいて行った。


「言い訳して申し訳ありません師匠!寝坊は寝坊です。私が全て悪いです。謝りますのでどうかお許しいただけませんか・・・?」


 そうやって謝りながら近づいて行くと、優は違和感を感じた。


 そして最近違和感を感じる時に限って良くない事があった事を思い出し、少し警戒する。


「し・・・師匠?何か変な感じがするのですが・・・まさか近くに霊がいたりしますか・・・?」


 周囲をキョロキョロと見回し、九重に質問をしながら近づいて行く。



「ししょ・・・?・・・・・・」



 そこで優は違和感を感じた場所に気付いた。


 違和感の発生元は・・・九重だ。


 しかしあれは九重に違いないと思う。何故なら、見えている九重は肘を地面に着け手の平を投げ出す様な感じになっており、そこにはあの謎文字が書いてある手袋をしていたからだ。

 あの謎文字は恐らく霊を封じたりするものなので、あれは霊ではないと思うのだ。


 となると・・・寝かた?


 肘を地面に着けて手を投げ出す様な寝かたは確かに不自然だ。あのような寝かたはかなり無理があり、下半身が地面に埋まっているとかでもない限りつらいだろう。


 恐らく感じた違和感はそれだろうと優は思い、師匠って寝相悪いんだなと思い、少し安心した。


 こんな寝相の人ならば声をかけてもなかなか起きないのかも、そう思いながら更に近寄り肩でも揺すろうかと思っていると。


「あでっ・・・!」


 優は何かに躓き転んでしまう。九重に大分近い位置だったのだが、何とかぶつからず手前で転んだ。


「あたた・・・、あっ!すいません師匠・・・更にお見苦しいところを・・・木の根に躓いたようです・・・」


 優は転んだままの体勢で九重に一言謝り、後ろを振り向いて躓いた物を見た。




「え・・・?」




 そこにあったのは足・・・いや、人の下半身だった。



 マネキンか・・・?と思っていると


『ドサッ』


 後ろから音がした。


 何だ!?と思い振り向くと




「はぇ・・・?」





 そこには九重の上半身だけが倒れていた。




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