第9話

 優に声をかけて来たのは、先日名を知ったばかりの男、九重だった。彼は優に対して「ここで何をしている?」と聞いてきたが、それは優も九重に対して聞きたい事だった。


 ココは普通なら誰も来ないような場所である。そんな場所に何故九重が居るのだろうと疑問に思うのだ。更に、何故か九重は優が行く場所行く場所にいる気がする。話をした感じでは悪い人という印象ではなかったのだが、こうまで出会うと少し怪しくなってくる。


 優は何時でも逃げ出せるように身構えながら、九重と会話をかわし始めた。


「私は少し調べものがあってここに・・・。あの九重さんはどうしてここに?」


「そうか。俺は人から頼まれごとがあってな、それでここにいる」


「そうですか・・・あの・・・」


「なんだ?」


 優は九重に質問しようとして緊張していた。聞いても本当の事は話さないだろうが、もしかしたら質問した瞬間豹変して襲い掛かってくるかもしれないと・・・。


「あの・・・ですね?もしかして何ですけど・・・私の事つけてたりします・・・?」


「は?」


 九重は優の質問を聞くと、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていた。


 流石にその表情を見て優は、これは無いなと思って安心した。そして直ぐに、とても失礼な事を言ってしまったと気づいて慌てて弁解しだした。


「す・・・すいません!あの、でもですね?あまりにも行く先々に九重さんがいるモノですから、その・・・」


「ふっ・・・ふふ・・・ははは」


「え・・・?あの・・・?」


「ああ・・・すまんすまん。確かに行く先々で出会っていたな俺達は。でもそれは全くの偶然だ」


 九重は優の失礼な質問を笑って流してくれた。優はホッとしたが、次の九重の言葉によってまた少し緊張することになった。


「いや、だがもしかすると偶然ではないのかもしれないがな」


「・・・え?」


 まさか一度油断させてから落とす算段か?そう怪しんだ優は、一度緩めた気を引き締め再び逃げ出せるように身構えた。そして恐る恐る九重に言葉の意味を問いかける。


「そ・・・それは一体どういう事なのでしょうか?」


「ああ・・・すまん。また誤解させたようだ。変な意味ではなく・・・いや変と言えば変なのだが・・・」


 九重は何やら唸りながら考えていた。変と言っているが・・・変人?いや、やはり変態なのであろうか?

 優がそんな事を考えていると、九重は何かを決めた様な顔をして優に話しかけて来た。


「佐十よ、今から少しおかしなことを言うが、最後まで聞いてほしい。いいか?」


「は・・・はあ?」


 すでにおかしい感じだが、これ以上におかしい話しなのだろうか?と優は訝しむ。だが九重があまりにも真剣な表情をしているので、これは聞かざるを得ないと、これを了承した。


 すると、少しこちらへと石段前から、少し境内よりの開けた場所へと誘導され、そこに付くと九重はおかしな話とやらを話し始めた。


「まず初めに聞くが、佐十、お前は霊の存在を信じるか?」


「はあ?霊ってあの霊か?お化けの霊?そんなの信じないでしょ!・・・あ、信じてません・・・」


 余りに素っ頓狂な質問だったので思わず素になって返してしまった。一応気づいて最後は取り繕ってみたが・・・。


「そうか、信じていないか」


 九重はあまり気にした様子もなく話を進めていた。優はホッとしながら、話を続ける九重の言葉を聞くことにした。


「霊は実のところ存在する。因みにだが霊というのは世間一般に聞く、妖怪、悪魔、天使等も含め霊と俺達は定義づけている」


「は・・・はぁ」


 九重は持っていた大きなカバンの中からある物を取り出し、優にそれを見せて来た。


「昨日見せたこの札を覚えているか?」


 九重が見せて来たのは、昨日の公園で見せられた、不思議な動物が書かれた紙だった。


「はい、覚えてますが。・・・それが何か?」


「この札には霊が封じ込めてある。この真ん中のがそうだ」


 優は言われた言葉が理解できなかった。いや、理解できているのだが、あまりにも馬鹿らしくて言葉が耳から耳に抜けるように言葉が脳に入ってこないのだ。


 九重はそんな優を見て、まあそうだろうなといった感じで見ていた。そして何故かスマホを取り出し、そのお札の写真を撮り、優に見せて来た。


「見てみろ。普通だと霊は写真等には写らない。まぁ例外はあるが、それは今はいい」


 九重の見せて来たスマホの画面を見ると、確かに紙の真ん中に書かれている動物は、スマホには写っていなかった。しかしそんな物は証拠にならない。もしかしたらそういうアプリなどで加工された物かもしれないからだ。


 優がそのことを九重に言うと、九重は難しい顔をしてから何やら鞄から物を取り出して設置し始めた。


「あまりしたくないのだが・・・。ココで信じないと後々危ないかもしれないからな」


 何かの準備が終わったのか、円状に設置された物の中心に、さっき見せてくれた札を置き、優に下がっているように言ってきた。


 優は訝しみながらも言う通りに少し離れ、九重のすることを見守る。


 九重は優が離れたことを確認し、何やらブツブツといい始めた。日本語ではあるのだが、何やら不思議な言い回しの言葉で、イマイチ何と言っているか解らなかった。


 九重は少しの間そうやって何かを言っていたのだが、ようやく終わったのか声を出すのを止めた。そして手を一度パァーンと打ち鳴らし、優に話しかけて来た。


「見ていろ」


 短くそれだけ言ってきた。優は、何なんだと思いながら地面に置かれた札を見ていた。しかし何も起こらず、九重の方に向き声をかける。


「・・・何も起こりませんが?」


「静かにしろ。・・・出るぞ」


 え?と札に目をやると、そこには奇怪な現象が起きていた。


 札の中心に書かれた絵、線で描かれた2次元的な物が立体感を持ち始めたのだ。目がおかしくなりそうな光景だったが、何故かそれから目が離せなかった。


 最初は手が立体感を持ち出し、札の上へと伸ばされる。やがてその手は上に伸ばした状態から、札の表面へと降りてきて、札の表面に手を乗せた状態になる。


 その手は、絵に描かれた状態だと解らなかったが、どうやら関節が普通の四足動物と違うらしく、奇妙に曲がっていた。


 やがてその手は、自分の体を札から引き抜く様な感じで、手の先の方から徐々に徐々に立体感が増していった。



 ウ ワ ァ ン



「・・・何か言いました?」


 奇怪な光景に見入っていると、ふと何か声が聞こえた様な気がして九重に問いかけた。


「俺は言っていない。あれが言っている」


 そんな馬鹿な・・・と思っていると・・・。



 ウ ワ ァ ン



 再び聞こえて来た。そして今回は音の出所がはっきりとわかってしまった。


 それは立体感を持ち始めた絵の・・・口からだった。


「ひっ・・・」


 優はそれを認識してしまうと、途端に怖気が背筋に走り情けない声を出してしまう。そして無意識のうちに九重へとより、九重の服の裾を握ってしまった。


「大丈夫だ、あれはあそこから出られない」


 九重は優に服の裾を握られてもそれを全く気にせず、札から染み出すように出てきているモノをジッと見ていた。


 優は九重に大丈夫と言われたものの安心はできず、ずっと怖気が続き、遂にはへたり込んでしまった。



 ウ ワ ァ ァ ン



 札から出て来たモノはそんな優の様子に気付いたのか、奇怪な顔に可笑しな笑みみたいな表情を浮かべながら笑うように鳴いた。


 はやがて完全に立体感を持ち、現実のものとなった。


 は一度優の姿を見てからは、ずっと目を離さずに優を見ていた。


 はやがて動き出し、優の元へと移動しようとしていた。



 ウ ワ ァ ァ ン



「ひぃぃ!」


 優はへたり込んだ状態で腰が抜けてしまったのか動く事が出来ず、情けない声を上げる事しかできなかった。そしてすぐ傍に九重の足があったので、それにすがりつき顔を伏せてしまう。


「ぁ・・・ぁ・・・・ぁぁ」


 口からは何故か声も出なくなってしまい、段々苦しくなってくる。


 殺される!と優が泣きそうになっていると、頭上から九重の声が聞こえて来た。


「大丈夫だ。だから息を吸うんだ。それ以上は息は吐きだせない」


 九重は落ち着いた声で優しく語り掛けて来た。その声に優の心は少しだけだが落ち着きを取り戻し、九重の言う通りに息を吸い始めた。

 すると苦しかったのが段々楽になってくる。どうやら恐慌状態に陥り呼吸が止まっていたらしい。優はその後暫くゼヒゼヒといいながら息をすることだけに集中していた。


 やがて呼吸がましになって来た頃、九重が声をかけて来た。


「少し落ち着いたか?」


「は・・・い・・・ありが・・・とう」


 優は立ち上がりながら九重へと返答する。すると九重はあるモノを指さす、優はそれにつられてに顔を向けてしまった。



 ウ ワ ァ ァ ン



「ぴっ・・・!」


 そいつはジッと優を見ていたようで、優が顔を向けるとうれしそうに鳴いてきた。


「あ・・・あの・・・あ・ああ・・あれ・・・」


「あれが霊だ。信じたか?」


 優が九重に助けを求める様に話しかけると、九重はそんな事を言ってきた。それに優は首を縦に振るしかなく、壊れた人形の様にカクカクと上下に首を振った。


 すると九重は手を不思議な形で組み、なにやら唱え始めた。例によってまた何を言っているのかは解らなかったが、その効果は一目瞭然だった。



 ウワァァァァァアアアアンンン



 突如霊が苦しみ始め、やがて燃え出した。優はあっけにとられてその光景を声も出せずに見ていた。



 ウワァァン ン ン



 やがて霊は灰も残さず消え失せた。まるで最初から何もなかったかのように。



 優は何もいなくなったその場所を、唯々ジーット見ていた。



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