第10話

 古くなった神社の境内、静まり返ったその場には二人の人物が居た。


 一人は、何やら地面に置いてある物を回収して鞄へと収納している男。


 もう一人は、ある一点を見つめて座り込んでいる少女。


 収納が終わったのか鞄内の納まりを確認している男に、少女は問いかけた。


「九重さん・・・これって夢じゃないですよね・・・?」


 声をかけられた男・九重は少女の方を向きもせずに答える。


「俺は今が佐十の夢ではないと証明は出来ない。だがそれでも言っておく、現実だ」


 そう九重から返答された少女・佐十優は、未だ現実感が持てずにふわふわした気持ちでいた。

 だが段々と、九重の言葉や自分の目で見ていた事が頭に染み込み、これは現実なんだという事を理解し始めた。


「そっか・・・妖怪、いや霊って言ってたっけ。いるんだなぁ・・・」


 優はぽつりと呟く。その呟きが九重には聞こえたのか肯定し、やがて本題へとつなげて来た。


「ああ、いる。そして霊というモノがいると信じたところで話を戻す。俺は霊を実際に見せる前に言ったな?俺達が行く先々で出会うのは偶然ではないかも、と」


「は・・・はい」


 優にはその二つに関係性があるとは到底思えなかった。

 九重ならば、先に示したように霊と関わりのある人物なので解る。しかし優は17年間生きてきて霊と関わった事は一度もない。それどころか、存在すらも信じていなかったのだ。

 そんな優と九重、それに霊が何の関係があると言うのか?


 そんな思いを乗せて優が問うと、九重は予め「これは恐らくなのだが」と前置きをして、推論交じりだがその理由を話し出した。


「佐十、お前の家系の者に、俺と同じく霊対処屋をしている者がいた筈だ。昔に佐十という名前を聞いたことがある」


「え?そんな・・・」


「お前も霊を見る事が出来たからな、それもあって俺はそう思った」


「も・・・もしも居たとして、私に関係してくるんですか・・・?というか私今まで霊なんて見たこともなかったんですよ?」


「先程見えた事も含め、関係してくる。俺達霊対処屋は名前の通り、霊の対処をする仕事をしている。そして長くこの仕事をしていると、霊にしゅをかけられる事や霊の穢れを体に蓄積させる事がある。これは血によって子孫へも流れてくることがある。そしてそれは子孫によって流れると言っても様々で、お前の様に突然霊が見える様になるという事もある。」


 優は九重の言っている事を何とか理解しようとしていた。

 優は色々なジャンルの本を読んだりしてそういう事には理解がある方なのだが、実際現実に自分が巻き込まれてみると、すんなりとは受け入れられないものだった。


 九重は、そんな優へとお構いなしに話を続ける。


「そしてこれが一番の本題なのだが、受け継がれた呪や穢れによって霊に無意識に呼ばれることがある。俺は今回、この神社には仕事で来たんだが、前回出会った時はそうじゃなかった。佐十は全て無意識に呼ばれたのだろうがな」


「え・・・えっと・・・」


「つまり、俺やお前は無意識に霊に呼ばれ、偶然・・・いや必然的に出会っていたという訳だ」


「ちょ・・・ちょっと待ってください。少し考える時間をください」


 優は九重に考えを整理する時間がほしいと申し出た。それに九重は頷き、腕を組んで待つ体勢になった。


 優の頭の中は色々な考えがごちゃごちゃになっていた。霊の事や自分の知らない家系の事、そして・・・。


 優はそれに思い至った時、ゾッと寒気を覚える。九重の話によれば、最近優と九重がよく出会っていたのは霊に呼ばれたからだと言っていた。となると、二人が居た場所には必然的に霊もいたわけで・・・。


「あ・・・あの・・・九重さん?1つお聞きしたいのですが?」


「なんだ?」


「あのですね・・・?私たちが出会った場所ってその・・・霊がいたんですか?」


「ああ、いた」


 九重はあっさりと肯定した。そして、やっぱりと思いながら体を少し震わせていた優に追加で詳細を語ってくる。


「最初に出会ったのは喫茶店だったか?あそこには徘徊型の人型霊がいたな。これはよく見る霊のタイプで人の霊魂から変じたものだと言われている。これの危険度は低い。次は川だったな。あそこにいたのは人の怨念や負の意思が集まった霊だな。これは危険度が高く、人を殺しに来るタイプだ。佐十のあのままだったら危なかっただろうな」


 優は九重の話にゾッとする。川であった時、九重に止められていなければもしかしたら・・・。


 優が青くなっている横で、それに気付かない九重は更に続きを話す。


「古い公園でも会ったか。あそこにいたのは死んだ子供の霊の集合体だな。危険度はまちまちだが、下手をすると異次元に取り込まれてそこで延々と遊びをさせられる事がある。あとは・・・」


 そこで九重はチラッと優を見た。そしてアッと言うような感じになり、視線を少し明後日の方に向け、気持ち声を小さめにして話した。


「・・・ホームセンターでもあったか?」


「いえ・・・そこではあってません」


「そうか」


 九重なりのジョークだったのだろうか。だが心に余裕がない優は何とも返せなかった。

 そんな風に優があまりにも怯えていたのを察したのか、九重は大きなカバンから折り畳みの椅子と水筒を取り出し、ココに座ってこれを飲め、と気遣ってくれた。優は反応する元気もなく、九重に促されるままに行動した。


 注いでもらった水筒の中身を座りながらチビチビ飲んでいると、段々体が温まるにつれて心も安らいできた。そうすると、ようやく喋れるようになった。


「あ・・・九重さん。これ、ありがとうございます」


「ああ、気にするな。薬草を数種類混ぜてある・・・まぁ漢方みたいなものだ。味もそこそこだろう?」


「はい」


 九重は、そうだろうそうだろう、と機嫌よさそうに頷いていた。機嫌のいい九重が話してくれたのだが、九重はオリジナルの薬湯を作るのが趣味らしい。心身共に効果があり、優が落ち着いたのもその効能のおかげなのだとか。


 優はひとまず落ち着いたが、そういえばと思い九重に恐る恐る聞く。


「九重さん、そういえば・・・ここにも何かいたりするんですか?」


「安心しろ。神社等の神を祀る様な場所には悪いものは寄り付きづらい。まぁいない事は無いんだが、ここは今大丈夫だ」


「そうですか・・・」


 優はホッと人心地ついた。ここでも九重と出会ってしまったので、もしかしたらと思ったのだが大丈夫みたいだった。なら・・・と思い他にも聞きたいことがあったので聞いてみる事にする。


「あの・・・私の家系に霊対処屋がいるって話ですけど・・・佐十雄一ではないですよね?」


「違うはずだ。それに俺が聞いたのは女だったはずだ。まぁ家系にいると言っても、名前すら聞いたことが無い遠い親戚かもしれないからな」


 優は少し安心した。もし父親が霊対処屋だったりしたら、日常的にあんなモノ達に接していたかもしれないのだ。もしそうだったら家族会議で即有罪判決である。


「よかったです。父さんはホラー小説を書いている小説家なので、もしかしたらと思ったんです」


「ほう・・・?ちなみに親父さんの名前は何というんだ?」


「佐十雄一です。あ、小説を書くときのペンネームは、左人雄士です」


「あぁ・・・あの本の・・・」


「知ってるんですか?」


 優は、思わぬところで父親の本のファンを見つけたと思って嬉しくなったのだが、次の九重の話により衝撃の事実を知る。


「あぁ、知っている。あの人の書く本は、明らかに見えている者特有の目線で書かれていたからな、印象深くて覚えている」


「へ・・・へぇ・・・」


 優は、父親が返ってきたら家族会議を開こうと決心した。


 とまぁ、それは置いておき、最後に重要な事を聞こうと優は九重に問いかけた。


「あ・・・あの、九重さん!」


「なんだ?」


「あのですね・・・?その・・・わ・・・私に、霊への対処方法を教えて・・・くれたりしませんですかね・・・?」


 優は断られるかと不安になりながら九重に問いかけた。


「ふむ、何故だ?」


 九重はフラットな感じで返答して来た。これはどうなんだろうと、優は探り探り九重からの問いに答える。


「九重さんの話を聞く限り、私って結構危ない目に合ってる気がするんですよね・・・。それで、少しでも自分で知識を付けないとまた同じような事になるかもと思いまして・・・。それで・・・」


「ふむ・・・」


 優はドキドキしながら九重の返答を待つ。

 もしこれで断られるようなら、一度父親に連絡を取り、父親が本当に霊を見えているならどうしているかを聞き出さなくてはならなくなる。その方法は、父親に連絡が付きづらい事もありあまりとりたくない方法なのだ。

 その点、九重ならば、実演してくれたように確実に霊に対処できるので、教えを請えるのならば確実だ。


 優は九重が、教えてやる、そう言ってくれるのを心の中で願いながら待った。すると優の願いがかなったのか・・・。


「解った、教えよう」


「ほ・・・本当ですか!?」


「ああ」


 優は思わず片手を天に突き上げ、ヤッターと叫んでいた。しかし、直ぐに恥ずかしくなり手をソロソロと下ろして赤面してしまった。そして、そういえばと思い九重に話しかけた。


「あ・・・でも、お礼とかは・・・?」


 自分で言って、優は今更ながらどうしようと悩んでしまう。お金ならば父親から預かっているお金で少しなら払えるが、多額は無理だ。かと言って他に渡せるものもない。如何しようと思って九重の顔をチラチラ見ていると、九重が少しため息をつきながら答えた。


「いらん」


「え・・・?いいんですか?その・・・少しだけならお金も出せますけど・・・」


「大丈夫だ。それに報酬は、お前に教える事が報酬みたいなものだ」


「はい?どういうことですか?逆じゃないですか?」


「ふむ・・・。例えばだが、俺がお前に例の対処法を教えお前はそれを完璧に覚えたとする。そして暫くしてから、俺がお前に助けてくれと連絡したとしよう。どうする?」


「それは・・・お世話になったんだから出来るなら助けに行きますけど・・・。そういうことですか?」


「そうだ。縁というのは大事なものだ。特に霊の対処となるとな。それに、この仕事は才能が無くてはどうにもならない厳しい世界だ。だから見込みがありそうな後進を育てるのはとても重要な事になる」


「なるほど・・・」


 九重曰く、霊対処屋は才能が無ければ頑張っても無理、というとても厳しい世界であるらしい。それならば礼をもらわなくてもいいと九重が言ったのもなんとなく理解できた。


「ありがとうございます」


「ああ」


 優が改めて礼を言うと、九重は何でもないと言う風に返事をしてくる。


 いくら後進を育てるのが重要だとは言え、あったばかりの優にここまでしてくれる九重に優は嬉しくなり、頑張って霊の対処方法を覚えようと思った。そしていつか九重に恩返しをするとも・・・。


 そう思ったところで、なるほどこれが縁かと、そちらも理解した。確かに大事だなと、改めて九重を見た。


「師匠!よろしくお願いします!」


「あ・・・あぁ・・・」


 縁というならこういう事かなと思い九重を師匠と言ってみたが、微妙な返事をされた。まぁいいかと思い、早速教えてくれるのかと期待して聞いてみた。


「それで師匠、例の対処法は今から教えてくれるんですか?」


「いや、色々準備をする。そうだな・・・、来週の日曜日、あそこへ来れるか?」


 そう言って九重は神社の裏手へ回り、そこから見えるある一点を指さす。そこは、森の中にぽっかりとあいた穴の様になった場所だった。


「あそこですか?」


「ああ、この神社周辺や、あの場所辺りまでは霊もあまり近寄ってこないから安心しろ」


「解りました」


 九重は、場所の指定、そして大体の時間の指定をすると、優へと顔を向けて話しかけて来た。


「俺はまだやることがあるから帰るが、佐十はどうする?」


「あ、そういえば私の名前は佐十優といいます。これからは優と呼んでください」


「解った。それで、どうするんだ優?」


「私はもう少しだけここにいます。・・・ここは大丈夫なんですよね・・・?」


「ああ。そうだ、これを渡しておく」


 不安そうな優を見て思い出したのか、九重は鞄を開きあるモノを優へと渡してきた。


「お守り・・・ですか?」


「ああ、来週まではこれで大丈夫なはずだ」


 優は渡されたお守りをしげしげと眺める。九重が言うには、中に入っている符が本体で、書いてある文字が消えるまでは霊から干渉されづらくなるらしい。


「ありがとうございます師匠」


「ああ、それでは俺は行く。またな」


 そう言って九重は神社の石段へ向けて歩いて行った。



 優はもらったお守りを握りしめながら、九重の姿が見えなくなるまで見送った。



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