第6話 初めての、バイク


 強烈な風が、レックの顔を殴りつけている。

 バイク、初体験だ。

 ご機嫌だった。


「ひゃっほぉおおおおおおっ」


 叫んだ。

 心の声を、解放した。

 いいや、たましいの叫びである。言葉など、意味を成すものか、感動をそのまま、叫んだのだ。


「いえぇ~いっ、分かってるじゃねぇかぁ~っ!」


 バイク屋の兄ちゃんも、叫んでいた。

 バイクののだ、レックの叫びに負けずと、大声だ。

 そう、バイクで草原を走るレックの、すぐ横を走っていたのだ。


 さすが、ケンタウロスだ。本当に、バイクなんて必要ないだろう、バイクと同じ速さで、走っていた。


 そして、5分後――


「どうだいっ、初めてバイクに乗った気分はっ!」


 ケンタウロスの兄さんは、ご機嫌だった。

 バイクの隣で走っていたのは、万が一に備えた、保険であろう。この世界のバイクが、ややSF側であっても、初めてバイクを走らせたのだ。

 例え、バイクが転倒しても、バリアが発生、衝撃を吸収すると分かっていてもだ。


「いやぁ、はははは――」


 レックは、いい笑顔だった。

 半分、調子に乗ったことへの、ごまかし笑いである。残る半分は、初めてバイクにまたがった、興奮だった。


「まったく、安全装置があるからって――まぁ、冒険者だから、とっさの事故でも大丈夫とは思うがな?慣れないうちは、あんまり飛ばすなよ?」


 兄さんは、遠回りに諭してくれている。ついでに、バイクという相棒のことも、少しは考えてやるようにという、忠告でもある。

 ありがたく受け取ったレックは、改めて、バイクの講習会を受けた。


 これも、サービスだ。

 地球においては、しっかりと教習所に通わなくてはならない。しかし、この世界においては、馬の訓練と同じく、先人から教わるしかない。

 そういった制度が、存在しないのだ。


 だが――


「安全装置か………ほんと、SFだな」


 レックは、相棒に改めて触れて、つぶやく。

 バイクがすっころんでも、バリアで守ってくれるのだ。地球でも聞いたことがない、やはり、この世界は、ややSFなのだ。

 ファンタジーの、クリスタルの力を使った技術である。それでも、どう見ても、SFよりの技術なのだ。

 とっても、ありがたかった。


「えーせふ?………あぁ、相棒の名前かっ、本当に気に入ったんだなっ!」


 SFと言う単語が、バイク屋さんの兄さんの耳に、届いてしまった。

 そして、ケンタウロスのバイク屋さんは、勘違いをした。SFと言う単語は耳慣れていないらしく、聞き違いをしたのだ。

 正直に答えようか、迷ったレックは愛想笑いでごまかす。それを、照れ笑いと判断したケンタウロスの兄さんは、いい笑顔だ。


 レックの相棒の名前は『エーセフ』に決定された。


「しかし、『テクノ師団』から流れる技術はすごいもんだ。おまえさんの相棒、『エーセフ』だって、少し古いタイプになるぜ、そのうち………」

「ははは、すごいですねぇ」


 バイクが今の形になったのは、最近であるという。おそらくは、異世界の知識を使っているのだろう。

 やはり、転生者がいるのだ。

 さぞ、もてはやされたに違いない。


 レックが考えにふけっていると、ケンタウロスの兄さんが、どこに入れていたのだろうか、宝石を取り出した。

 バイクを封印している宝石と、そっくりの文様が記されていた。


「それじゃ、おれもバイクにのるかな?」

「???」


 レックは、驚きに目を見開く。

 冗談として、脳内でイメージされた、ケンタウロスがバイクに乗る光景。それをまさか、現実にするというのか。

 宝石を持ったまま、いい笑顔の兄さんに、レックがやめろ――と、口を開こうとしたときだった。

 兄さんの体が、魔法の光で輝いた。


 そして――


「ち、縮んだ?」


 ケンタウロスの兄さんが、ただのバイク屋の兄さんになっていた。どういう仕組みなのか、Gパン姿だ。


「なんだ、知らなかったのか………って、客の大半は、こういう反応だがな」


 面白そうに、笑った。

 まるで、イタズラに成功した、悪ガキの笑みである。おそらく、こうなることを狙って、普段はケンタウロスの姿でいるのだろう。

 兄さんは、解説してくれた。


「俺たちのように、体の半分が獣って種族は、存在は知られていると思うが………」


 レックは、うなずく。

 人魚やケンタウロスなどが、有名だ。実物を見て、内心叫んだレックである。前世の記憶などは、サインをください――と、うるさかった。

 同時に、どのような生態なのかと疑問を抱き、大変だった。

 答えが、目の前にいた。


「獣人とかと一緒だな、魔法で、肉体の一部を変化させてるんだ。まぁ、種族によって変化の具合が違うわけだが………俺たちは、どちらかと言うと妖精側だ」


 ついでに、兄さんではなく、おっさんと言う年齢だった。どう見ても20歳を越えたあたりの兄さんに見えたが、60も半ばらしい。

 なるほどと、ファンタジーのなぞの解明を前に喜んでいると、兄さんは宝石を高らかに掲げた。


「さぁ、いくぜ、相棒っ!」


 そして、宝石を、勢いよく地面にたたきつけた。

 いや、魔力を流して、地面に置くだけでいいって言ったのは、兄さん………おっさん?なのだが………

 レックが見つめていると、おっさん兄さんは、ニヤリ――と笑った。


「いやぁ、ボウズはまねするなよ、だが………こういうほうが、かっこういだろ?」


 こじらせておいでのようだ。

 年に似合わず………いいや、似合っているのか、とても長生きで、兄さんと言う年齢は納得すべきだ。


 答える代わりに、レックも宝石を地面に投げた。

 ついでに、名前も叫んだ。


「来い、エーセフっ!」


 レックの相棒の名前は『エーセフ』に決定されたのだ。それを叫ばずに、どうするのだ。前世の日本人の影響は、絶大だ。

 宝石が輝き、先ほど封じられたバイクが、姿を現した。


 ケンタウロスが、バイクにまたがった。自分の足、馬?で走ったほうが早いと思うのだが、またがった。


「じゃぁ、さっそく――」


 バルルルン――と、バイク屋の兄さんは、エンジンをかけた。

 レックも負けずと、バルルンッ――と、相棒『エーセフ』に気合を入れる。

 二人、見詰め合う。


「「――勝負だっ」」


 草原は、レース場になった。



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