第7話 マヨネーズ伯爵、万歳


 ツナマヨおにぎりを手に、レックはつぶやいた。


「キュー○ーに、謝れ」


 レックは、銅像を見上げていた。

 本日のランチは、ツナマヨおにぎりである。自作したのではない、屋台の一品なのだ。

 コンビニでもお気に入りの、一品だった。

 百円均一に見えて、消費税もあれば四捨五入で200円だろうというおにぎりもあった。

 おかかに、梅干に、もちろんシャケも外せない。だが、一つを選べと言われれば、何を選ぶだろう。


 ツナマヨだった。


 店の目の前には、半裸のおっさんが、両手を掲げている銅像があった。

『マヨネーズ伯爵』と、銅像の下の説明文にはあった。この世界でマヨネーズを広めた功績によって、作られたという。そして、ここの特産品は、マヨネーズである。

 ずっとこの町で過ごしていたレックには、疑問はなかった。しかし、転生した今ならば、分かる。

 というか、ツッコミを入れたくなる銅像なのだ。

 ポーズは、どう見ても『○ューピー・マヨネーズ』の、あの天使様だ。


「転生者が、領主様………か」


 もぐもぐと味わい、そして、飲み込んだ。

 名物として、大々的に販売している以上、庶民の懐にも優しいお値段であった。前世の記憶が戻る前のレックも、お気に入りだった。リボルバーを購入するため、ここしばらくは節約のため、我慢していたのだ。

 ようやく味わう事が出来たのだが………懐かしいと感じると同時に、ツッコミを入れたい気分で、微妙だった。


「まぁ、いいけど――」


 飲み込むと、レックは、相棒のバイク『エーセフ』にまたがった。

 向かうのは、武器ショップだ。レックの武器であるリボルバーが壊れてしまった。本来であれば、最初に武器ショップへと向かうべきだったのだ


 だが、大金に目がくらみ、ついつい、夢を追いかけてしまったのだ。

 そうしてバイク屋さんへと向かったのが、今朝のこと。草原でのレースの結果は、ケンタウロスのバイク屋さんと自分とのヒミツだ。


 遅い昼食は、名物のツナマヨおにぎりで済ませたレックは、今度こそまっすぐに――


「ちょっと、そこのライダーさん、仮面はしていないけど――」


 ふざけたような、ふざけた言葉が聞こえた。

 バイクを乗り回しているのは、確かに珍しい。それでも、馬を乗り回す人が入る程度には、見かける姿である。

 バイクは、売っているのだ。そして、馬よりは、安いのだ。なのに、わざわざ声をかける意味は、なんだろう。面倒ごとに違いない、無視すべきだ。

 相手は気にせず、レックへ向けて、声をかける。


「コンビに探してるんだけど、どこか知ってる?」


 しつこいのだと、振り返る


「この世界にあるわけ――」


 思わず反応して、失敗に気付く。

 確かに、転生者だと隠す意味は、ないのかもしれない。それでも、普通ではない身の上であれば、普通ではない厄介ごとが待ち受けるものだ。

 特別な力には、人には縁のない厄介ごとが、つき物なのだ。

 物語は、真実なのだ。


 にこやかな笑みを浮かべたゴリラが、笑っていた。


「転生者………ですな。しかも、日本人の」


 ゴリラは、にこやかに笑った。


 なお、ゴリラの獣人ではなく、ここの領主『マヨネーズ伯爵』と呼ばれる伯爵様の、お使いだと名乗った。

 限りなくゴリラの印象をもつ、上半身がたくましすぎる、おっさんだった。レックごとき小僧は、一撃で十分だ。いいや、小指でも十分に違いない。

 冒険者と紹介されれば納得なのに、伯爵の関係者だった。


 終わった――


 レックは、思った。

 貴族様を相手に、なにが出来よう。権限は平民の逆らえるものではない、逃げればいいのだが、面倒に違いはない。

 なぜ、声をかけたのか。

 転生者だからだ。


「な、ななん、なんで――」


 何で、分かったのですか――

 そういいたかったが、焦りと緊張で、レックの言葉は、続かなかった。とっさであり、敬語を使おうとしていても、ムリだった。

 転生者であっても、交渉の知恵や経験があるわけではない。これが天才少年が転生したのなら、別であろう。ただの浪人生である。

 まず、顔に出ていた。


「いえ、伯爵様の銅像を、びみょ~なお顔で見上げる方が珍しくて………つぶやいておられましたよね、『キュー○ーに謝れ』――と」


 はい、そうです。

 だらだらと汗をかくレックの顔が、まずいという顔であった。

 伯爵の使いが、どこから見つめていたのか。そうか、この偶然こそが、主人公が、主人公である定めなのか。

 ならば、もう少し優遇してほしい。


 伯爵の使いは、微笑んだ。


「昨夜、報告がございました。モンスターの討伐の折に、覚醒した少年がいると………よかった、間違いではないようですね、レック様」


 終わった、首、ちょんぱされちゃう――と、前世の自分と、今の自分が共通見解した。

 馬鹿にしていた顔を、見られていたに違いない。『キュー○ー』のポーズのおっさんを、バカにしていたのだ。

 そう思っていたことがばれては、とても大変だ。逃げ出したい気持ちと、逃げてはいけない気持ちは、考えを鈍らせた。


 気付けば相棒のバイクを宝石に戻し、ゴリラの使いの後ろをついて、歩き出していた。さすがは小市民、レックである。

 偉い人には、逆らえぬのだ。



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